ジョゼの店 第二章 長寿の末

 大量に隙間無く落ちる水音。


 降りしきる雨は重たい黒雲を伴って真昼のフォートレストを薄暗く包んでいた。付近にあるミューゼフ山脈の影響で雨雲が停滞する時期。この時期をルドゥー・フォンと呼んでいた。一週間前後ではあるが雨が続くので休業する者も多く、外に出る事も極端に少なくなる。住人の大半が住まいでゆっくりと過ごす季節の分かれ目の時期なのだ。


 ジョゼとセロも例外ではない。町のほぼ中心に彼等は住んでいる。住宅と小さな商店が入り交ざる区画。本来ならば街で一番賑わう区画であるが、ルドゥー・フォンが訪れると人気ひとけはなくなる。


 彼はそんな街並みを眺めながら本を読みふけっていた。窓際に椅子を寄せ、狭い窓枠のふちにコーヒーカップと灰皿が器用に置いてある。胸ポケットから煙草たばこを取り出し一服しようとした時、生き生きとし声が彼を襲う。


「ジョゼ様 見て下さいっ!」

 セロは勢い良くジョゼの前に現われた。手には最近流行しているイケメン騎士団写真集があった。


「セロ……騎士団なんてゲイしかいないぞ」

「それがいいんじゃないですか?!」

 こともなげに言い捨てるジョゼに対抗し声を張り上げる。そんな少女にジョゼは溜め息混じりに視線を窓へと向けた。薄暗い路地を歩く人影はまっすぐこちらへ向かってきている。


「今日のお客様はセロが歓喜するな」

 呟くジョゼをセロは不思議そうに見ていると、呼び鈴が鳴った。


「セロ。客人だ。案内を。あと大声を出すなよ」

 振り向きピシャリと言い放つジョゼに、大声なんて出すはずないのにと小首を傾げる。てってってっ、と玄関に向かい……ギャーと悲鳴に近い感動が聞こえ、ジョゼは煙草に火を点けた。




 ジョゼの前に座るのは古い甲冑に身を包んだ美男子だった。真っ白な甲冑は汚れているものの立派な仕立て。それを纏う男性は更に立派な顔つきであった。セロは大層興奮しているようで、そわそわと紅茶を運んで来た。震える手で美男子の前に食器を置くのを流し見しながら、ジョゼは訊ねた。


「さて、由緒正しき、名声高き騎士様が何用ですか」

「私はジェクト・フォン・レンネンカンプ」

「偽名だな」


 即座に切り返されて騎士は黙った。しばし互いに沈黙したが口火を切ったのはジョゼだった。


「甲冑は二百年前に活躍したヴェルテ騎士団のせいジョージが特別に造らせたもの。材料に竜の鱗とあったが実際には鯨の髭で造られていた。その甲冑が古傷から覗かせているのは鯨の髭。そもそも鯨の髭を縫い合わせるような甲冑は非効率的過ぎて製造はされていない。もし製造されていてもレプリカ程度のコレクションとしての代物だ。しかし甲冑の傷跡は古いものから新しいものまである。つまり多くの実戦を乗り越えてきたと想像させる。ヴェルテ騎士団は英雄、聖ジョージを筆頭に行方不明。ヴァルハラに仕える騎士団として伝説になったのだ。そう、貴方は何者なのだ?」


 騎士は表情一つ変えずに答えた。

「私がそのジョージだ」


「なんだ本人か」

 ジョゼも変わらぬ表情で納得する。


 そんな二人の会話にセロが割って入ってきた。当然の如く手にしていたお盆は床に滑り落ちている。

「ジョゼ様! 何言ってるのですか? この方がヴェルテ騎士団のジョージ様なら二百歳ですよっ! こんなイケメンのはず……イケメンのはず……」


「セロ。常識で考えるな。イケメンはいつまで経ってもイケメンなんだ」

 頭を抱え困惑するセロに大真面目な顔でよくわからない理論を展開する。


「あ、あのう。私の依頼は聞いてもらえるのだろうか?」

 さすがに表情を崩した騎士ジョージに、ジョゼは向き直り言った。


「勿論だ。歴史上の英雄から依頼がきたとあれば鼻が高い」

 円満に会話する二人の横で「え? いいのこれで?」という顔のセロ。


「ジョゼ殿の寛容さを見込んでの話です。この街で一番の顔利きと酒場で伺いました」

「ペテンのヴァグダッシュ酒場に行ったな」

「ペテンなのですか?!」

 不吉な呟きに、驚き不安げに声を上げた騎士にしかし、ジョゼは至って平静に言う。


「いえ、私が優秀であるという事実は揺るぎません」

 セロは誰も優秀だなんて言ってないと心から思った。


「で、騎士殿は誰を捜しているのですか」


 その問いに騎士は驚き、たしかな信頼を確信し言葉を続けた。


「盗賊団の残党がこの街に逃げ込んだのです。彼らを探しています」


 ジョゼは口を尖らせ深い溜め息をつく。


「もし、それだけなら断ってしまいそうだな」

 まじまじと騎士の青みがかった瞳を見るジョゼ。その視線は真意を明かす勇気を与えた。彼は諦めたように打ち明ける。


「その盗賊とは私の仲間であり…私も盗賊のようなものなのです」

「そうですか。仲間に合流したいが、まったく見つからない。そんな所でよろしいか」

「……はい」


 ジョゼは遠くを見た。

「調べるのに時間が欲しい。明日には宿に使いを出す」





 降りしきる雨の中、騎士は帰った。セロは煙草ばかりふかすジョゼを見ると

 不安そうに尋ねた。


「何をしましょうか?」

 対してジョゼは静かな声で質問する。


「歴史の英雄が盗賊業に鞍替えした理由は何だと思う」


「……わかりません。きっとジョージ様には色んな理由がおありなんですよぉ。長生きされてますし」


「そうだね。……必要が無くなった英雄は死んで真の英雄になるらしい。残酷な話だ。彼は英雄に成りたくてなったのだろうか。私には仲間の為に長寿を得たのではないだろうかと。そう思えた。権力争いや政治抗争に追われる歴史の英雄か……」


 手にしていた煙草を軽く上下に動かすと煙は天使の輪のような形へ姿を変える。輪っかの煙は天井を手前にして消滅した。ジョゼはそれを眺めていた。


「盗賊団の皆さんは探さないんですか?」

 心配そうにセロが言った。


「数日前に盗賊団は全滅したよ」


 ジョゼはそう返すと、立ち上がりセロに命令する。


「ヴァグダッシュを叩き起こせ。飲みに行くぞ。騎士様も誘ってな」

「そんな事してどーするんですか?」


「簡単な事だ。騎士様のフォートレスト永住の歓迎会だ」




――ジョゼの店 第二章 長寿の末 完

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