ジョゼの店 第一章 蝋人形の心得

 ロイド・ジェスセス・バーンズ。


 今回の依頼人は錬金術士だ。老人とは言わないがしわが深く、やせ細った男性だが瞳の奥底には何か力強さを感じる。


 小間使いのセロはロイドの様子を見ながら質問した。

「その蝋人形の特徴を教えて頂けますか?」


 ロイドが口を開きかけるとすかさずジョゼの横槍が入った。

「そんな事よりも何の目的でその蝋人形を創ったんだ」


 彼は即答せず考え込むように黙る。ジョゼは腕を組み前髪の銀メッシュをいじりながら続けた。

「ご老人。先に言っておくが早急さっきゅうに見つけたいなら、早急に答えたほうが良いと思うが?」


 しばし沈黙したあとにロイドは亡き息子に似せて、魂を込めたと口にした。

「息子ともう一度暮らしたかった」

 沈痛な面持ちでロイドは床を見る。


「その蝋人形は機能したのか?」

 問うジョゼに少しだけ表情を和らげ視線を上げた。


「あぁ、息子そのものだった」



 ジョゼは席を立ち、背の高いハンガーポールへ向かった。膝下まであるコートを纏いセロに指示を出す。

「いつもの方法で契約と会計手続きを」


 そのまま玄関へ向かうジョゼ。扉を開けてから横目でロイドを見た。

「ご老人。事件は解決も同然です。しばしお待ちを」


 立ち去ったジョゼを呆然と見送るセロとロイドだったが、彼から指示を受けていた少女は棚の上段から書類を出した。大人の身長であれば苦労なく届く場所なのだがセロはとても小柄だ。顔立ちに合った体格の為、椅子を台代わりに使用し書類を取る。


「まったく。私は別に秘書じゃないんだからね」

 ぶつくさ言いながらもロイドに席を勧めた。依頼書を作るにあたって依頼主であるロイドにも確認してもらう。金額面についてジョゼは関与しないのだ。彼は謎が解ければそれで良い。下手な儲け心が無いのは良いところなのかもしれないし、それがジョゼの魅力で周囲の信頼を得ているのは彼女も分かっていた。


 しかし、生活して行くためにはある程度の資金が必要だ。一体どこから捻出しているのか不明だが不自由なく彼は生活していた。セロは算盤そろばんを弾き、相場よりも格安な額面を出す。一応ではあるが年間の儲け等の収支を付けている。まぁ、あまり意味のある物ではない。結局のところ大金を突然持ってきたり、使途不明な支出があったりとセロを悩ませるのだ。




 ジョゼが向かった場所は街の墓地だった。彼の普段着は全体的に黒色で統一されている。墓地に立つ彼の姿は自然と喪服を着ているように見えた。黒髪から覗かせる銀メッシュが異様に目立つ。


 様々な墓石が立ち並んでいた。多文化性を持つフォートレストらしい光景である。街並みや建造物も様々であるが、墓地ほど個性的な場所はないだろう。彼は献花けんかが捧げられた墓所を一通り見てまわった。


 そのあとにひつぎを用意する白壁しらかべの四角い無機質な建物へ足を運んだ。墓地で唯一の建物は葬儀屋だ。とは言っても棺桶かんおけを作ったり、墓地の割り当て等の管理が仕事で埋葬の代行ではない。稀に身元が知れない遺体を埋葬する事はあっても基本的な仕事は敷地の管理なのだ。


 ジョゼは葬儀屋の前で立ち尽くす少年の後ろ姿を発見した。身丈みたけはセロと同じぐらいだろう。働きに出る年頃ではないが出来ても小間使いだ。ジョゼは自信に満ちた口調で少年に声を掛けた。


「失礼。蝋人形のかたですか?」


 振り向いた少年は驚いていた。そしてジョゼの事を上から下までしっかり観察する。そこで冷静さを取り戻してから少年は頷いた。


「貴方に捜索願が出ています。ご同行を」

「お、俺。やらなくちゃいけない事があるんだ」


 少年は勇気を振り絞り発言した。少年はこの黒ずくめの銀メッシュが何者なのか気付いたのだ。人から聞いた噂程度の知識だが、少年は確信を持っていた。彼になら、彼ならば何とかしてくれるのではと。


「よろしい。では早速作りましょう。棺桶を」



 ジョゼは少年の返答を聞かずに、つかつかと葬儀屋に入った。引き寄せられるように後を付いて行く少年。棺桶を発注する手続きはものの数分で終わった。葬儀屋の女主人はジョゼと懇意こんいの間柄で事情は詮索せず、淡々と手続きをしてくれた。ジョゼとはたまに酒場で酌み交わす。その時にでも酒のさかなにしてやろうと思っていたのだ。



「さあ、帰ろうか父親のもとに」

 する事は済んだと言わんばかりに葬儀屋を後にするジョゼ。


「何故、俺がやろうとした事がわかったんですか?」

 彼はたしかに棺桶を作ろうとしていた。父親の体格に合わせた棺だ。しかし、それをどう説明し作ってもらうか悩んでいた。


 ジョゼは煙草に火を点けそれに答える。


「蝋人形君。君は息子に模して創られている事にすぐに気付いた。あるいは……。まぁ、そんな事はどちらでも構わない。どちらにせよ君は父親に愛されている事を知った。間違いなく彼より長い寿命であろう君が、思案するのは……父親の死に方ではないだろか。 と思考した次第。もし、逆であっても用意するものは同じ物なのだ」


 それを聞いた少年は地面を凝視し言葉した。ジョゼの視界からでは彼がどんな顔をしているのか判らなかった。


「ジュード。俺はそう父親に呼ばれる」

「そうか、間違いなく息子の名前なんだろうな」

 ジョゼは空を見上げそれに答えた。雲高く空気が澄んでいる。


「その名前を呼ばれるのが辛かったんだ」

 ジュードは苦しそうに声を出した。ジョゼはやはり空を見上げたままであるがまぶたを閉じ返答した。


「名前は記号でしかない。気にするな」


「気にするさっ!」


「自分のアイデンティティを名前に頼るな。君は君だ」


 ジョゼはうつむいたジュードの頭に手を置き優しく撫でてやった。


 太陽は天頂に位置し穏やかな空気が墓地を覆う。草木は風に寄せられ静かに音をたて、鳥は自由に空を詠った。この場所は墓地でありながら生命の息吹を十分に感じる事が出来る空間だ。




 ジュードは生みの親であるロイドと再会し依頼は完了した。蝋人形と言われた少年はロイドがどれほど心配していたかを思い知る。錬金術師は涙を堪える事が出来ず彼を抱きしめ嗚咽おえつを漏らした。血のかよった温かな腕はそんな彼をそっと抱き返す。



 セロは二人を見送った後にジョゼに話しかける。


「ジュードさん、なんか可哀想ですね」

 彼女の瞳は潤んでいた。ジョゼはその瞳を眺めながら優しい声色で返した。


「セロ。お前はもう少し鼻を鍛えなさい」

「え? なんの話ですか?」


 ジョゼは振り返り本がぎっしり詰まった戸棚へ向かいながら言った。


「蝋人形と人間の差の話さ」




――ジョゼの店 第一章 蝋人形の心得 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る