ジョゼの店 序章 


 フォートレスト。


 この街は人口約一万人程度の中規模な集落である。王室制でもなければ民衆政治でもない。特定の人物が治める土地ではないのが特徴であろう。なぜならば、この土地にはわけ有り者しか居ないからだ。勿論、そのわけ有り者の子供達は純粋なフォートレストの民である。しかし、その親達は祖国を奪われた者、逃げた者、希望を見出し故郷を離れた者。様々な理由を経てフォートレストに辿り着いたのだ。


 移民の集いし土地。あらゆる文化が入り混じり、人種や言語、思想が混沌とした雰囲気がそこにあった。政治犯やお尋ね者、居場所を失った宗教家。没落した貴族などのいわく因縁の者しかいない。

 そして、この街には一つだけ掟がある。掟と言うよりは精神のような皆が持っている気持ちだ。


―――何人たりとも自由を侵害する事は赦されない―――


 ある男はそんな街で育ち店を開いていた。年齢は二十代後半だろう。彼の名前はジョゼ。フルネームは彼も知らない。ある時はジョゼ・スタンフィールドだったりフォグレストだったりと、その場の思い付きで名を名乗るのだ。彼にとって名前は意味の無いものなのだ。それは名前を付ける側に意味があるのであって、本人にまるで意味がない事象である。


 彼は言った。

「名前は記号であって実際の能力には比例しない」


 その小言を小間使いの少女に話していると一人の老人が店に入ってきた。


 ジョゼは老人の外見から依頼だと思い席を勧めた。老人はロイドと名乗るとジョゼはこう尋ねる。

「錬金術士がうちに来るとは、いささか物騒なご依頼ですかね」


 ロイドは目を見開き、不気味な笑みをしながらジョゼを褒め千切った。ジョゼはそれを気にも止めずに淡々と解説を始める。


「ローブから覗く服は薬品の染みがあるし、爪にはすずが詰まっている。何よりも錬金術士独特の匂いがそう確信させる」


 隣りにいた少女は「何も匂いはしませんよ?」と不思議そうな顔でジョゼを見た。

「鼻は鍛えた方がいいぞセロ」

 自慢気に言うジョゼを尻目にセロと呼ばれた少女はむくれた。


「煙草ばかり吸うジョゼ様には言われたくありませんよーっ」

 無論、そんな事は気にせずジョゼは老人の目的を聞きだす。


「では、ご老人。簡潔に依頼を言ってもらいましょうか」

 少し渋る様子をみせたロイドが口にした依頼。


「私が創った蝋人形を捜してほしい」




――ジョゼの店 序章 完

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