第228話 帰還

 転送魔法陣の前に立ちMP回復ポーションをあおる。

これでMPは満タンだ。

先ほど魔王は直接手を下してこなかった。

嘘をつかれている可能性もあるが、いまだ動けないという言葉は信じてもよさそうだ。

だったら今のうちに魔王を滅ぼすべきだと思う。

だが踏み出そうとした足が震えて、うまく歩けなくなっていた。

「(マスター、心拍数が上がっております。大丈夫ですか?)」

ゴブはまだ俺のことをモニタリングしていたのか。

「(大丈夫だよ。これから転送魔法陣に乗るよ。ゴブ、アンジェラ、後は頼んだよ)」

急がなければならなかった。

魔王は直接手を下してこなかったが、配下の魔族に連絡を送った可能背はある。

増援が来る前にさっさと突入して、サクッとケリをつけなければ。

アサルトライフルを構え、俺は第十階層へと再突入した。


「まさか、また来るとは思わなかったぞ」

魔王の声に僅かな驚きの色が滲む。

普通なら戻ってこないよな。

「貴様……伝説の勇者なのか?」

質問には何も答えずにいきなりF20000をぶっ放す。

ゴブのアンチマテリアルライフルを凌ぐ威力を誇る銃だが、その銃弾は高い金属音と共に弾かれた。

「いきなりの御挨拶ではないか。なかなかの威力のようだが我を包む殻は厚さ30センチのオリハルコン。物理攻撃で破ることは不可能よ」

すげー! 

目の前に宝の山だよ。

これだけのオリハルコンがあったら国が買えるかもしれない。

 とはいえF20000で破壊できる代物じゃないな。

それに跳弾が怖くて射撃なんてとてもできない。

「さあ、どうする勇者よ。早くしなければお前のMPはどんどん失われてMP切れを起こすことになるぞ」

こちらの焦りを誘うための挑発だろうが、MPにはまだまだ余裕がある。

「どうした? 次は魔法攻撃を仕掛けてみるか? だがMP残量に気をつけてな」

当代の魔王は随分とお喋りのようだ。

「……ああ、次は魔法でいかせてもらおう」

「ようやく喋ったか勇者よ。だが最初に言っておくがオリハルコンには魔法攻撃も効きにくいぞ。スーパー・ノヴァ(極大火炎魔法)かアブソリュート・ゼロ(極限氷冷魔法)でもこの殻は打ち破れん」

オリハルコンの特性くらい知ってるさ。

それに、そんなとんでもない魔法は俺には使えないよ。

「なるほどな。厚さ30センチのオリハルコンじゃそうかもしれないね。だけど、俺の得意な系統の魔法はそんなんじゃないんだ」

「ほう、ではどうする」

「こうするさ」

俺はいつもの錬成魔法を展開していく。

「貴様! 錬成魔法使いか! だがこの質量のオリハルコン、果たして貴様の魔力はもつかな?」

へっ、魔王の声に少しだけ動揺が混じっていやがる。

びびれ、びびれってんだ。

「悪いが俺はMP量だけは豊富でね」

だが、実は言ってる程余裕はない。

この空間ではMPがどんどん吸い取られるし、オリハルコンなんて物質を変形させるには莫大な魔力が必要になってくるからだ。

以前、ボニーの刀を作るのにシャーロット婆ちゃんの指輪を芯に使ったが、あんな小さな指輪を変形させるのにもものすごく苦労した。

あの時ほど精密な仕事は必要ないが、扱わなければならない量が違いすぎる。

俺がこの殻を破るのが先か、はたまた俺のMPが尽きるのが先かの勝負だ。



「ほう、10センチか……。よくも魔力が続くものだ。だが先は長いぞ」

こちらの気持を乱すつもりなのだろう。相変わらず魔王が話しかけてくる。

それに対して俺は何の情報も与えない。

奴だって内心はかなりびくついているはずなんだ。

 MPが80万を切ったので念のためにMP回復ポーションに手を伸ばした。

だが、一口飲んで異変に気が付く。

ポーションを飲んでも魔力が回復しないのだ。

「くくくっ、当てが外れたようだな。この部屋では魔力が抜けていくのは人の体だけではない。物質に蓄えられた魔力も等しく抜けていくのだ」

くそっ。

十分予想出来たことなのに失念していた。

だが、まだ魔力には余裕がある。

とにかく集中して殻に穴を開けるだけだ。

奴の本体に届きさえすれば……。


「勇者よ貴様はどこの生まれだ? ボトルズ王国か? いやその顔はかの国の民ではないな」

「……なんでそんなことを聞く?」

「しれたこと。我が完全体になった折には真っ先に貴様の国を滅ぼしてやるためよ。貴様の親、兄弟、親族全てを根絶やしにしてくれるわ」

やれるもんならやってみろ。

親父のタケオもお袋のハルコも全員異世界じゃボケっ! 

心の中で毒つきながら淡々と作業を進めていく。

「それに先程の女たち。どれもいい女だったな。勇者よ、貴様の女か?」

「無駄口叩いてないで、最期の言葉でも考えていろよ。もう半分は穴が空いたぜ」

「……」

深く息を吸って、再び作業に没頭する。


暫く黙っていた魔王が再び口を開いた。

「貴様、本当に人間か? それだけの魔力、儂をも超える保有量があるのではないのか?」

「……」

コイツには何も教えてやるもんか。

「貴様もしや……本物の勇者だというのか?」

俺のMP残量は3万を切ったが、残り1ミリで殻に穴が空く。

どうやら間に合ったようだ。

「で、魔王よ」

「?」

「最期の言葉は考えついたかい?」

「貴様!」

そして最後の1ミリに穴が穿たれた。

「さあ、魔王よ聞かせてくれ。お前の最期だ」

「勇者ぁああああああ!」

「違うな。……俺はポーターだ」

錬成魔法で魔王の本体から水分を全て分離してみる。

「かはっ」

魔王はあっけなく息絶えた。

最後の言葉は「かはっ」かな? 

などとくだらないことを考えていると突然部屋全体がひずんだような、空間がねじ曲がったような感覚に襲われた。

そして突如床に亀裂が走り、その裂け目から光が溢れ出した。

一瞬の浮遊感があり、俺はその光の中に吸い込まれながら意識を失うのだった。



 気が付くと、俺は地面に寝そべっていた。

霞む視界の中で何かが赤く光っている。

意識は朦朧としていたが、少しずつ覚醒してくると今度は強烈な痛みに全身を襲われた。

ここはどこだ? 

回らない頭で状況を確認しようとする。

手に伝わってくるザラっとした感触は確か記憶にある。

これは………………アスファルト? 

やがて視界が少しだけはっきりしてくると、それまで赤く光っていたものの正体が分かった。

トラックのテールランプだ。

あれは……かつて俺を轢いたトラック? 

戻ってきたのか? 

俺は元いた世界に戻ってきたというのかよ!? 

全身の痛みと共に恐怖の感情が沸き上がってくる。

改めて自分の姿を見てみると、血の滲んだ白いシャツにスラックス姿だ。

足には革靴をつけている。

おいおい「不死鳥の団」標準装備はどこに行ったんだよ?

どうなってるんだ、いったい。

……。

ひょっとして俺は夢を見ていたというのか? 

パティーもボニーもゴブも、あの世界も、すべては俺が気を失っていた僅かの間にみた幻影だったというのか? 

…………

………

……

邯鄲かんたんの夢か……。

本当にそうなのか?

だが、その答えは永遠に謎のままになりそうだ。

もう間もなく俺は死んでしまうだろう。

救急車が到着しても助かるとはとても思えない。

今こうしている間にも自分の身体からどんどん血液が流れだしているのが分かる。

骨や内臓もかなりやられていると思う。

ほら、やっぱりな。

スキャンで確認したがかなりひどい状態だ。

え?

スキャン?

まじかよ!!

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