第227話 魔王
洞窟の入口は
「あ~、いやな雰囲気だな」
「いまさらなに言ってるのよ」
パティーに鼻で笑われてしまうが、彼女も目は笑っていない。
それだけ今までにない独特なヤバさが、洞窟の奥にあるような気がするのだ。
「それじゃあ……始めようか!」
遂に突入開始だ。
先ずセシリーさんが最大出力で氷魔法を洞窟内部に放つ。
気休めかもしれないが洞窟内の表面を全て凍り付かせることによって岩が飛んでくるのを阻むためだ。
「アブソリュート・ゼロ(極限氷冷魔法)とはいきませんが、私の最大値で魔法を放ちますわ!」
セシリーさんの前でどんどん術式が展開され、魔力が膨れ上がっていく。
本来この人は火炎魔法の使い手であって、氷冷魔法は決して得意ではないと聞いている。
だが目の前で放たれんとしている魔法はとても苦手な魔法とは思えない。
「はっ!」
短い気合と共に放たれた魔法は岩壁を凍り付かせ、このデスゾーンを青く飾り立てていく。
だがその幻想的な美しさに見とれている暇はない。
間髪を入れずに俺はマジックシールドを8枚重ねて全員を覆う。
「突入する!」
正面をアンジェラ、左右にボニーとパティー、背後にセシリーさんというフォーメーションで侵入を開始した。
サーチライトに照らされた洞窟内部が水色に輝いている。
10メートルくらい進んだが、未だに石つぶては飛んでこない。
魔法が効いているようだ。
その代わりビシビシと氷に亀裂が入る不吉な音が鳴り響いている。
やがて背後から氷の砕ける音がして石がマジックシールドに当たる感触がした。
氷の薄い部分が破られたのだろう。
振り返って確認する時間ももどかしい。
まだ25メートルくらいしか走っていないが飛んでくる石の量は多くない。
30キロの装備が重く体にのしかかるが必死で走り続ける。
ボニーとパティーも苦戦している。
いつもの二人ならばとっくに走り抜けているだろうが、俺以上に重たい50キロの荷物を持っており、薄い酸素の中なので普段通りというわけにはいかないのだ。
1枚目のシールドが破られ、2枚目も破損していく。
「マスター、前方に何らかの装置が見えます。アレがこのトラップを制御しているのではないですか?」
最前列にいたアンジェラが報告してくる。
きっとそうに違いない。
魔王がこの場所を通るのならば、通過する時にこのトラップを止める必要があるのだから。
装置のある場所まであと100メートル。
もつれる足を動かし続けた。
5枚目のシールドを破られたところで装置の前に到着した。
岩は相変わらず飛んでくるがシールドにはまだ余裕がある。
それでもさっさとトラップを解除してしまおう。
「イッペイ……待て」
どうしたボニーさん?
「スキャンで装置を……チェック」
ん?
たしかにこれがダブルトラップの可能性はある。
そもそも制御装置のところまで岩が飛んでくるのはおかしいよな。
「うわお! ボニーさんビンゴだ」
これは制御装置に見せかけた起爆装置だよ。
じゃあ本物の制御装置は……?
「制御装置を探すより第十階層に飛び込んだ方が早いわ!」
パティーの言うことも一理ある。
「よし、魔法陣へ乗ろう!」
陣形を組んだまま俺たちは転送魔法陣の上に飛び乗った。
耳をつんざく地鳴りの音が消え、今は
揺れる炎が暗灰色をした石畳を波立たせていた。
「ここが最終階層……」
パティーの呟きが広い空間に吸い込まれていく。
今いる場所はかなり広い部屋のようでその端は目視できない。
「何者ぞ……」
突然、部屋に声が響いた。
大きな声ではない。
だが、心にずしりとのしかかるような、それでいて氷よりも冷たい酷薄な声だった。
「ふん、人間か……。よくぞここまでたどり着いたものだ」
俺は闇が支配する虚空に向けて何とか声を絞り出す。
「魔王……なのか?」
「いかにも」
ここまで来たら開き直るしかない。
俺たちはサーチライトを声のする方向へと向けた。
五筋の光の帯が照らし出したのは巨大な卵のようなものだった。
卵の大きさは横5メートル・縦3メートル程の楕円形で、表面の質感は金属のように見える。
「そう怯えるでない。我は未だ完全体にあらず。この殻から出ることも出来ぬ身よ」
声は卵から響いてくる。
嘘か真か知らないがこうしていても埒は明かない。
「全員、少しずつ距離を詰めるぞ」
マイクに小声で指令を送り、ゆっくりと一歩を踏み出した。
「くくく、慎重なことよな」
魔王の声は嘲笑を含んで黒い。
実はこの時、密かに別ルートでスパイ君ミニを放っていた。
先に卵の周辺にトラップがないかを探らせようとしたのだ。
だが、スパイ君は数メートルも進まない内に動かなくなってしまう。
どういうことだ?
攻撃を受けたわけではない。
まだ俺たちから数メートルも離れていない場所だ。
まるで電池が切れた玩具のようだ。
電池が切れた?
っ!
突如、ボニーが膝をついた。
「ボニー!」
ややあってパティーも倒れる。
「イッペイさん! MPがすごい勢いで減っています!」
青ざめた表情のセシリーさんが叫ぶ。
「退却!」
アンジェラが腕を伸ばしてボニーとパティーを両脇に抱える。
「魔法陣まで走れ!」
どうやらこの空間ではMPがどんどん吸い取られていくようだ。
だから俺から離れて内臓MPを使用したスパイ君がすぐに動かなくなってしまったのだ。
アンジェラは俺からMP供給を受けているし、もともと保有魔力量が多いセシリーさんはMP切れを起こさずに済んだのだ。
だがパティーとボニーはMP切れを起こしている。
撤退以外の選択肢はなかった。
第九階層に戻れば岩のトラップが待っているがここに留まることはできない。
「おや、もう帰るのか? お主らのこと覚えておくぞ。再びまみえた時は……楽しみにしておれ」
粘着質な悪意ある声に聞こえた。
奴はきっと俺たちを探そうとするだろう、そう確信させる声だ。
慌てて逃げ去る俺たちの背後で魔王の呵々(かか)とした
シールドを張って岩の飛来に備えたが、予想に反して何も飛んでは来なかった。
どうやら向こう側から転送されてくることがトラップ解除のトリガーになっていたようだ。
「セシリーさん、MPは大丈夫ですか?」
「はい。でもギリギリでした。残り23です」
自分のMPを確認すると987829/999999になっている。
魔王の間にいたのは5分程度。
その間に1万近くのMPを持っていかれたようだ。
「ご……めん、イ……ペイ」
「パティー喋るな」
セシリーさんの前だが口移しでボニーとパティーにMP回復ポーションを飲ませていく。
「(ゴブ、聞こえるか?)」
「(はい、マスター)」
「(緊急事態だ。パティーとボニーがMP切れを起こしている。ジローさんを洞窟入口近くに寄せて、バックアップ班を突入させてくれ。二人をジローさんに回収するんだ。洞窟内部のトラップは既に解除されている)」
「(了解いたしました)」
MP切れはMP回復ポーションを飲ませてもすぐに症状がよくなるわけではない。
後方の魔法陣から追撃が来ないことを警戒しながら、入口へ向かって移動した。
幸い床がセシリーさんの魔法で凍っていたせいで、スムーズに二人の身体を引っ張っていけた。
入口から担架を持ってユージェニーさん率いるバックアップ班が到着する。
「イッペイさん。一体何が?」
「説明は後で。二人の引き上げを急いでください」
ワイヤーで船体と洞窟を繋いで、二人の身体を引き上げてもらう。魔王からの追撃を恐れたがそれはなく、どうにか二人を収容することができた。
「マスター、この後いかがなさいますか?」
一段落したところでゴブが次の指示を仰いできた。
「うん、みんなは一時安全地帯まで離脱してくれ。俺は再突入を試みる」
「マスター……なりません!」
そうはいってもなぁ、魔王はやる気だよ。
あいつは粘着系の嗜虐主義者だ。
完全体になったら絶対に俺たちを探し出して危害を加えると思う。
偏見かもしれないけど、俺の偏見はよく当たるのだ。
だいたい相手は魔王だぜ。
そいつが俺たちのことを憶えておくって言ったんだよ。
必ず後で何かする気だ。
「なぁゴブ。奴を倒すには今しかないと思うんだ。完全体になられたら俺には手も足も出ない。だけど今なら奴は自分から手を出してこられない。これは最初で最後のチャンスなんだよ」
「でしたらゴブもお連れ下さい」
ゴブの気持は嬉しい。
こいつはいつだって、どんな場所だって俺と一緒に来てくれるだろう。
だけど……。
「ゴブ。俺はこの世界に絶対の信頼を寄せる者が三人いる」
「マスター、何を……」
「その三人とはパティーとボニー、そしてゴブ、お前だ」
「……」
「ゴブ以外には誰にも託せないんだよ。パティーとボニーを、そして他の皆のことを頼む」
「マスターはずるうございます。ゴブはマスターの命令を拒否することが出来ません。なのに……」
本当にごめん。
俺はゴブの肩にそっと手を置いた。
マジックシールドとワイヤーを駆使して洞窟入口に飛び降りる。
着地でバランスを崩してよろけたけど、恰好悪いのはいつものことだ。
決まりきらないのが俺のアイデンティティーってもんさ。
……。
いってて悲しくなってきた。
だがいいさ。
待ってろよ魔王め!
今度こそ引導を渡してやる。
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