第226話 最後の180メートルへ
冒険者になってどれくらいの距離を歩いてきただろうか。
車両や飛空船などを開発したので他の冒険者よりは歩く量は少なかったと思う。
それでもたくさんの道を移動し、地球にいた頃より歩くことが当たり前のことになっていたはずだ。
だけど、山道というのは他の場所を歩くこととはまるで違うものだった。
本日の目標はキャンプ1となる6087メートル地点まで登って、降りてくることだ。
せっかく登っても、身体を少しずつ高度に順応させるために降りてこなくてはならない。
そう、しばらくの間は、この登って下りてを繰り返すことになる。
最初はマジックシールドで階段でも作って、ひょいひょいと登ればいいと考えていた。
例えば、東京タワーの大展望台は150メートルの高さにある。
階段の数は600段で大人なら10分程度で登れてしまう。
これを基準に考えれば、今日はその4倍に当たる600メートルくらいを登るのだから、単純計算では2400段の階段を40分かけて登ればいいだけになるはずだ。
だけど実際はそう簡単にはいかない。
時間をかけて身体を動かしながらでないと、うまく順応させられないのだ。
それに、希薄な魔素濃度のことも考えて魔力を温存する練習も必要となってくる。
というわけで、
もっとも俺の場合はシールドを使わない代わりに回復魔法を使いまくっているので、ちっとも魔力温存になっていない。
だって、そうでもしないと、とても皆についていくことが出来ないんだもん。
「イッペイ、また回復魔法を使ったでしょう」
後ろを歩いていたパティーに突っ込まれた。
「あ、わかった?」
「わかるわよ。イッペイの心拍数が一気に下がったから」
パティーは魔力の波動よりも、人間の呼吸や身体の状態変化を敏感に読み取ることに優れている。
「もう少し、魔力を温存するようにしてね」
「わかってるけど、まだポーションは一回も使ってないよ。それに、そろそろ今日の目標地点に到着しそうだ」
地図を広げて、現在位置を確認するとキャンプ1まではあと僅かだった。
「みんな、もう少しだ。頑張ろう!」
それにしても全員タフだ。
薄い酸素の中を全く問題のない顔をしてホイヘンス山を登っていく。
「(ゴブ、全員のバイタルはどうだ?)」
一応、装備に簡単なバイタルチェックの出来るセンサーを搭載しており、ゴブを中心としたジロー班がモニタリングしている。
「(マスター以外の方は全く問題ありません。それにしてもマスターの回復魔法は見事でございますな。先程から表面筋電図でマスターの筋疲労を眺めておりましたが、回復魔法を使われる度に、出発時とまるっきり同じ値に戻っております。実に見事!)」
魔法が凄いと褒められているというよりも、体力がないと貶されているように聞こえるぞ。
「(そ、そうか……。後10分程で到着する予定だ。昼食の準備を頼む)」
「(はい。既にほぼ整っております、後は仕上げをすれば完成でございますよ。ちなみに本日のメインディッシュは骨付きのレッドボアのマスタード・クルミ焼きでございます)」
「(了解。楽しみにしているよ)」
マスタード・クルミ焼きは俺の好物だ。
グリルしたレッドボアの肉にマスタードを塗って、ローストしたクルミをつける。
それを更にバーナーでさっと炙った料理だ。
香ばしいクルミとレッドボアの肉がよく合うのだ。
そういえば凄くお腹が空いた。
これだけ体力を使うとカロリー消費量もかなりのものになるのだろう。
こんな山の上でも美味しい料理が食べられるのはとてもありがたいことだ。
キャンプ1では歩いてきたメンバー全員が物凄い食欲を見せた。
かなり多めに用意された食事がどんどんと消えていく。
「マスター、追加のパンを出した方がよさそうですな」
「頼むよゴブ。夜の分を出してくれ」
俺も食事にのびる手が止まらない。
本日四個目になるブドウとナッツの丸パンを千切りながらゴブに頼んだ。
今夜はいつもより多めにパンを焼くことにしよう。
「セシリーさん、MP回復量はどうですか?」
「今のところ問題ありません。戦闘になれば厳しいとは思いますが、まだ余裕はありますよ」
やはり本格的に辛くなってくるのはキャンプ3(7500m)辺りからだろうか。
丸パンをかじりながら遥かホイヘンスの頂を睨む。
「心配……するな。全員生きて……あそこにたどり着く」
この人は昔からそうだ。
俺が不安にさいなまれる時は、必ず横にボニーさんがいた。
思えば、初心者講習会の時からそうだったな。
「大丈夫。私がいるんだから」
そして、ずっとその背中を追っていたパティーが、今では俺の横を歩いている。
いつか一緒に冒険をしようと誓った彼女と、ついに肩を並べてこの山に挑めるのだ。
幸せじゃないか!
「ああ、二人が一緒ならどこだっていけるさ」
これは偽らざる本心だ。
最後の転送魔法陣まで直線距離で4キロ弱だ。
俺たちはこの近くて遠い山頂を一歩ずつ詰めていくのだった。
数日後、俺たちは頂上直下のキャンプ4(8152m)まで来ていた。
ここで、改めて山頂にある洞窟を探りに各種偵察ゴーレムを出した。
ところが山頂にある洞窟を探りに行ったスパイ君が帰って来ない事態が起きた。
洞窟に入ってすぐに反応が消えたから、何らかの事故が起きたと思われる。
考えられるのは、敵かトラップ、はたまた他の現象……。
「ゴブ、スパイ君が動かなくなる直前の映像をモニターに出してくれ」
「はい」
「そこ! そこから再生して」
モニターにはスパイ君が岸壁をよじ登り洞窟に入ろうとしている様子が映し出されている。
この時点でスパイ君には何の問題もなく正常に動いていた。
スパイ君の目を通して見る洞窟内部は暗くて、奥の方はよく見えないが、かなり深いところまで続いている感じだ。
そしてスパイ君がそろそろと洞窟に侵入して15メートル程進んだところで突然モニターは暗転した。
まるでテレビのプラグを誤って抜いてしまったようにプツっと切れてしまったのだ。
反応がなくなる前の一瞬、衝撃音が聞こえてきたから攻撃を受けたのだと思う。
「どういうことだこれ?」
「死角から攻撃を受けた様ですな」
ゴブも考え込んでいる。
「外にいた……ドロシーの映像」
ボニーに言われて、ドロシーの映像も確認することにした。
「ゴブ、タイムラインを合わせてスパイ君とドロシーの映像を並べて映してくれ」
「了解いたしました」
画面の左側に先程と同じスパイ君からの視点、右側にドロシーの視点が並ぶ。
ドロシーの映像は拡大してある。
スパイ君はゆっくりと洞窟内部を確認しながら進んでいる。
そして……。
「え??? 何が起こった?」
俺の動体視力では何も捉えられなかったぞ。
「上からの攻撃です。スローで確認してくださいませ」
ゴブが攻撃の瞬間をスロー再生してくれた。
画面には高速飛来した石つぶてがスパイ君を貫く様子が映し出されていた。
天井の方から飛んできたのはわかったが、トラップなのか敵がいたのかは確認できない。
「いかがいたしますか?」
「……スパイ君とドロシーを複数投入するしかないよね」
むやみに洞窟に突っ込むのはぞっとしない。
至急準備にかかろう。
スパイ君2台、スパイ君ミニ3台、ドロシー2台を投入して何とか敵の正体を突き止めることに成功したぞ。
そのために全機破壊されてしまうという大損害を出してしまったが。
急きょ、本部テントでミーティングが開かれる。
いつものように分析はゴブが担当した。
「映像の解析が終わりました。こちらをご覧ください」
モニターには洞窟の壁が映っている。
特徴もない岩壁だ。
だが突然、岩壁から握りこぶし程の石が剥がれ飛んだ。
「なにあれ?」
「洞窟内部にあった石がスパイ君達に向かって飛んだのです」
「どういうこと?」
「どうやら魔力に反応して飛んでくるようです」
鉄の塊が磁石に吸い寄せられるように、岩がゴーレムたちに向かっていったのか。
「あれを全部かわすのは……」
「私でも……無理」
ボニーで無理なら全員無理だろう。
石は大きなものでも人の頭を一回り小さくしたくらいの大きさなので、攻撃力自体はそれほどない。
急所を守っていれば一つくらい当たっても命に別状はないだろう。
だが、洞窟の奥へ進めば進むほどたくさんの岩が飛んでくるようだ。
数千もの石が降り注げばさすがに負傷くらいじゃ済まないだろう。
「面倒なトラップだよな。何も知らずに洞窟に入ってたら大変な目にあってたぞ」
「で、どうするつもり? 私はイッペイの出番だと思うけど」
パティーが俺を見て微笑む。
うん、ここは俺とマモル君の出番だ。
マジックシールドを全開にして駆け抜けるしかない。
「任せてもらおうか」
「でも気をつけてね。今の装備はアイゼンや酸素ボンベ、回復用のポーションなんかでかなり重くなってるのよ。しかも最終階層へ持っていく荷物も合わせると……」
「洞窟の広さは充分あるからT-muttに乗って全速力で魔法陣までいくのはどうかな?」
と提案してみたが、ゴブが即座に否定した。
「路面からの攻撃を受けてしまうでしょう。クローラーが接地する部分にシールドは張れませんから」
やはり自分の足で走るしかないか。
入口から魔法陣までの距離はスパイ君達の活躍で約180メートルということが判明している。
30キロの装備を身につけて、薄い酸素の中を俺は何秒で走ることが出来るのだろう。
アンジェラ、ジローさん以外のゴーレムたちすべてを休眠状態にした。
俺が一度に動かせるゴーレムは10体までなのでこれで8個のマモル君を装備できる。
ゴブは既に俺から独立しているので関係ない。
ついにアタック班はホイヘンス山へ登頂を果たし洞窟の真上に来ていた。
「さあ、やってみようか」
俺はパティー、ボニー、セシリーさん、アンジェラのアタック班と共にワイヤーで崖を下るのだった。
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