第223話 似たもの夫婦
第十階層突入作戦の話し合いは続いていた。
「続いてこちらの映像を見て欲しい」
俺の合図でゴブが画面を切り替え、モニターにはホイヘンス山頂の拡大写真が現れた。
山頂付近は巨大な一枚岩になっており、その中心部に洞窟がある。
付近は切り立った断崖絶壁で、通常そこから出入りされている形跡はない。
だが、洞窟入口には人の手による意匠が掘られ、自然に作られたものではないことをよく示していた。
「恐らくだけど、最後の転送魔法陣はこの洞窟の中にあると思う。他にそれらしいところもないしね」
「見たところ敵はいなさそうですね。ゴーレム等のゲートキーパーなどが見当たらないのがかえって不自然です。ひょっとしてトラップがあるのかしら……?」
生真面目そうに画面を見つめながらハーミーが呟く。
「ミエル君では洞窟内部の詳細まではわからないからなぁ。後は現地まで飛んでスパイ君に頑張ってもらうしかないだろう」
予断の許される状況ではないが、敵はまさかこんな場所にやってくる人間などいないと思ってる気がする。
だから目立った防衛設備が見当たらないんだと思う。
そもそも身体能力の高い魔族であっても近づくのは難しい場所なのだ。
標高9000メートル越えか……。
想像もつかない場所だ。
「それで……いつ……行くの?」
ボニー、ワクワクした顔はやめてくれよ。
魔王の本拠に乗り込むんだぜ。
「風のない日だよ。ジローさんが着陸できる場所は頂上にはないから、700メートル下の平地になる予定。もしくは空中から懸垂下降するかだね。その場合は気流の激しい場所だから新たな制御装置を組み込まないと……。すぐにというわけにはいかないね」
700メートルって地上では大した距離じゃないけど、高所ではすごく大変だ。
その700メートルを登るのに普通なら何時間もかかるはずだ。
幸い俺たちには空間にマジックバリアを固定できる装置とワイヤーフックがあるので楽に登れてしまう。
雪をラッセルしたり、危険なクレパスを気にする必要もないのだ。
考えてみればジローさんだってかなりチートだ。
高度9000メートル以上と言えば、酸素濃度は地上の30%くらいしかない。
普通のヘリコプターじゃ飛べない高さだもんな。
ジローさんは魔力を使用した浮遊装置で浮かぶので関係ないけど……。
ちなみに船内の酸素はコンプレッサーで圧縮して濃度を上げた空気を取り込んでいる。
「マスター、ホイヘンス山中に活動拠点を設けるべきと具申します」
敵の懐にか?
「どういうことだいゴブ?」
「私とアンジェラには関係ありませんが、海抜9000メートルと言えばかなり空気が薄い場所。皆様は少しずつ身体を慣らす必要がございますでしょう」
忘れてた!
いきなり高地にいったら高山病で活動不能になってしまう恐れがある。
高度順応と言って少しずつ身体を標高の高い場所に慣らす必要があるのだ。
「ありがとうゴブ。失念してたよ。地図とミエル君からの情報を精査して場所の選定をしよう。ハリーとハーミーに任せるけどいいかな?」
「は、はひっ!」
「任せていただき嬉しいです! きっとご期待に沿えるように頑張ります」
ハリーは緊張しすぎ。
ハーミーは気負いすぎだな。
でも、こうやって少しずつ経験値を高めていってほしい。
「身体をホイヘンス山に慣らさなければいけないから、山中で潜入できそうな場所を探してくれ。標高は3000メートル付近で頼むね。それからボニー」
「ん?」
「空いた時間でハリーとハーミー、アンジェラの戦闘訓練を頼む。少しでもボトムアップをしてやってくれ」
うわっ、ボニーさんニンマリしてます。
ごめんねハリーとハーミー。
これも君たちを思えばこそなんだよ。
だからそんな目をして俺を見ないでくれ。
「イッペイの……訓練は?」
「お、俺は制御装置とか小型酸素ボンベとか気象観測装置を作らないといけないから……」
「お命じ下さればゴブが一人で作成いたしますぞ!」
余計なことを言うなゴブ。
「パティーたちを迎えに第七階層にもいかなきゃいけないし、時間が惜しい。ここは二人で作業しようよゴブ」
「一番訓練が必要なのは……イッペイ」
自分が最弱なのはわかってるって。
「時間を作って……
うーん。
美人と
「それでマスター、何から手を付けていきますか?」
「そうだね……ジローさんの解体と組み立ては『エンジェル・ウィング』が帰ってきてからだから、携帯酸素ボンベセットの設計図と登山用の装備かな。高度順応をするためにも500メートルくらいずつ登って下りてを繰り返すことになると思う」
「了解しました。大きさや酸素量などを変えて何種類か考えてみましょう。そこから一番使いやすいものを選んで改良していけばいいでしょう」
「うん。戦闘のことを考えるとあまり重くない方がいいね」
「確かに。しかし高所での戦闘は基本的に私とアンジェラにお任せください」
ゴブとアンジェラはゴーレムだから活動に酸素は必要ないもんね。
「頼りにしてるよ」
「いざとなったら私がマスターをおんぶして差し上げますわ!」
美少女に背負われるオッサンの図か。まさにダメ人間だな。
数日間で情報収集を一旦切り上げ、第七階層へ移動した。
新装備を作るための素材や食料の買い付けは第七階層の方が便利だったからだ。
そして今はワルザドへ滞在してパティーたちの到着を待ちながら新たな制御装置、山岳用の新装備、酸素マスクセット、船内に訓練用の低酸素室なんかを作った。
こうして新たな目標に向けて具体的に何をすべきかが見えてくると気持ちが楽になる。
やるべきことは山積だが、何をしていいかが分からないよりもずっと過ごしやすい。
時に悲しいことも起こるけれど俺にできるのは、もつれる足で前に進むことだけだ。
方向さへ見えていれば僅かでも進むことはできるものだ。
今日は朝からジローさんに掛けるカモフラージュシートを作成していた。
ガラは無人偵察機のミエル君が撮ってきたホイヘンスの山肌の写真を利用している。
これをかければ遠目には目立たないと思う。
氷河に着陸した時用の白いシートも用意した。
「マスター、パティー様たちが戻ってらっしゃいましたわよ」
シートが完成した頃アンジェラが『エンジェル・ウィング』の帰還を知らせてくれた。
久しぶりに会うパティーは少し疲れた顔をしていた。
僅かな期間で第七階層と地上を強行に往復したのだ。
疲労も溜まって当然だろう。
「お疲れさんパティー」
「本当に疲れたわ。特に偉いさん方との話し合いがね」
確かにダンジョンとは違った疲労がありそうだ。
「それで、ボトルズ王国はなんて言ってきた?」
「指令書を預かってきたわ」
「指令書ねぇ……」
従う義務があるのかな?
まあ、書いた方は当然俺が従うと思っているんだろうけど。
俺は油紙に蝋の封印のされた御大層な手紙を開いた。
「……! へえ……」
内容はほぼ予想通りで、俺たちには南大陸の情報を密かに集めるようにとの指示がボトルズ王国とギルドマスターの連名で指示されてきている。
ただし予想外だったのがジャンの組織した南大陸解放戦線をボトルズ王国が非公式ながら支援するという話だった。
「どういうことだいこれは?」
「ボトルズ王国としては植民地政策の一環と捉えているようよ。支援とは言ってもタダじゃないわ」
なるほど。
現地民に武器や食料を供与して、その結果として人間の支配地域が広がればボトルズ王国にも恩恵があると考えたわけか。
これで鉱山の一つでも見つかれば支援は拡大しそうだな。
解放戦線がうまくいったとして、その後は独立戦争か?
ジャンと南大陸の未来を考えると、どんよりとした気分になった。
それでも魔族の支配よりはマシなのかもしれない。
いずれにせよジャンに伝えるしかないだろう。
窓口を開くためにも解放戦線は沿岸部に拠点を作る必要がありそうだ。
「まあ、これはジャンがボトルズ王国と話し合うことで、俺に口を挟む余地はないさ」
「それで、私の旦那様はどうしたいのかしら?」
パティーがいたずらっぽく俺を見つめる。
「もうわかってるんだろ? もちろん最終階層を目指すさ。そのための準備も進んでるぜ。倒せるようなら魔王も倒しておきたいしね」
魔王を倒しただけで人間と魔族の戦争は終わらない。
だけど、倒せればそれだけ有利に戦いを進められるはずだ。
完全体になる前ならチャンスはあると信じたいところだ。
「そう言うと思ってた」
ボニーもそうだったけど、パティーまでワクワクした顔をしている。
俺たち3人は本当に似た者夫婦なのかもしれないな。
さあ、いよいよ最終階層に向けて攻略開始だ。
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