第222話 三叉路

 ボトルズ王国への帰還組の準備が急ピッチで進められていた。

帰還組の代表はグローブナー公爵が勤め、護衛としてウォルターさんと『エンジェル・ウィング』が同行することとなった。

俺自身も飛空船で第七階層の入口まで閣下達を送っていくことになっている。

護衛はゴブとアンジェラ、ハリハミそしてボニーが同行してくれる。

だがジャン、マリア、アルヴィン、シェリー、オジーは裏門の町に残ることになった。

昨日の会議の中でジャンたちは囚われている人々を開放すべく、南大陸人族解放戦線を組織することになったのだ……。


「おっさん……すまねぇ……俺は『不死鳥の団』を抜ける」

ジャンにとっても苦渋の決断だっただろう。だから俺も、

「そうか」

としか言いようがなかった。

南大陸で人々は家畜以下の扱いを受けている。

ジャンにはとても見過ごすことはできなかったのだろう。

ジャンだけではない。

優しいマリアも虐げられた人々を見捨てて冒険を続けることなど決してできなかった。

「私がここへやってきたのは、神の導きなのかもしれません」

静かに微笑む元シスターの表情には強い決意が溢れていた。

そして二人の決定にアルヴィン、シェリー、オジーが同調する形となった。

俺も悩んだんだよ。

このまま人々を見捨てていいのかって。

でもなぁ……。

おそらくこの戦いは数年で終結するようなものじゃないと思うんだ。

戦いに明け暮れる人生というのはどうしても何かが違うような気がした。

いや、違うというよりも俺には耐えられないと思うんだ。

結局俺はこの世界に来て豊かなスキルを授かったわけだが、根っこの部分は弱いままなのだろう。

「ジャン……食い物の確保はしっかりするんだぞ。戦争で一番大切なのは金と食料なんだからね」

「ああ……そうだな。……いつだっておっさんの言うことは正しいもんな……」

今この瞬間に俺とジャンたちの人生の道は外れていく。

二度と交わることのない道を俺たちはそれぞれ歩み出そうとしていた。

「おサルさんのくせに……いつの間にか男の顔になりやがって……」

言いながら目に涙が溢れるのを感じた。

だが、ジャンは泣かなかった。

そこに俺たちの生き方が象徴されている気がした。

ジャンは泣きたくても涙をこらえる、俺は泣きたいときに泣く人生を選択したのだ。

この先たくさんの人間がジャンの指揮のもとに死ぬだろう。

でもジャンは決して涙を見せてはならない立場になるのだ。

「マリア、オジー、若い奴等を支えてやってくれ」

神殿の祓魔師部隊にいたマリアと海軍にいたオジーは幾度となく親しい仲間の死に直面した経験を持っている。

そしてそこを乗り越えて今に至っているのだ。

「もちろんだリーダー」

「イッペイさん……お世話になりました」

不死鳥の団は言葉少なに、あっけなく、それぞれが望む方向へと歩み始めた。




 飛空船での移動は、吹雪も砂嵐にも遭わず順調に進むことが出来た。

お陰で往復に要した日数は僅かに5日間で済んだ。

魔物との遭遇も第七階層でワイバーンの群れに襲撃されたくらいで大物との遭遇はなかった。

帰還組を送り届けて裏門の町に帰った時、ジャンたちの姿はなかった。

留守番の人の話では、戦う意思を持った人たちのレベルを上げに出かけているようだ。

『アバランチ』はロットさんがジャンの手助けをすることに決めたので、メンバー全員がロットさんと共に解放戦線に参加することとなった。

ロットさんは無理に参加する必要はないと言ったが、別の人生を選択する人はいなかった。

それだけ強い絆で結びついているということか。

だけど……俺にはそれがいびつなことに思えた。

もちろん口に出して言わなかったけどね。

彼らは俺なんかには想像もできない程の過程を経て、そういう選択をしているのだ。

そこは尊重しなければならないと思う。


 ゴブとアンジェラを伴って砦近くの広場にやってきた。

これから無人偵察機型ゴーレム「ミエル君」を飛ばすのだ。

この無人偵察機は飛空船での移動中にゴブと二人で作り上げた。

全長8.8m、巡航速度は275-318km/h、航続飛行距離は8012kmに及ぶ。

小型浮遊装置を取り付けた中継器を複数ばらまくことで、遠く離れていてもリンクが切れることなくやり取りができるようになった。

武装は空対地ミサイルを搭載している。

このミサイルにはDランク魔石4個、Eランク魔石21個、Fランク魔石36個分をつぎ込んで無理矢理威力を上げている。

計算上では第八階層のカイジンですら容易く木端微塵に出来る武器だ。

なんでこんなものを作ったのかと聞かれると、正直なところ返答に困ってしまう。

不死鳥の団の解体やら、魔族と人族の問題やらでヤケクソになっていたというのが正解かもしれない。

まあ、自暴自棄的な気分で個人所有の魔石を全て費やして作ってしまったわけだが、俺たちの切り札にはなると思う。

使わずに済むのなら当然その方がいいんだけどね。

「ミエル君、運用高度7600mに到達しました。このまま時速290kmでホイヘンス山へと向かいます」

現在、ミエル君とのリンクはアンジェラに任せてある。

「わかっているとは思うけど、魔族の集落上空はなるべく避けて飛んでね」

「はい、マスター」

「到着までおよそ13時間といったところですか?」

ここから最後の転送魔法陣があるホイヘンス山まではおよそ3600キロ離れている。

「そんなところかな。ミエル君の運用はアンジェラに任せて、俺たちはジローさんの解体を急ごう」

いろいろ考えたが、現在第八階層に置いてあるジローさんをいったん解体して、こちらで再度組み立て直すことにした。

ここは第九階層と言っても亜空間でもなければダンジョンの中でもない。

地上でジローさんを運用できればこの先いろいろ都合がいいだろう。

考えてみると、ここからネピアまで直接飛んで帰れば魔石の持ち出しがし放題だ。

バレたらヤバそうだが、ここは外国でもありボトルズ王国の法律の及ばない場所でもある……。

どこか未発見の無人島でも探して拠点を作るのもいいな。

後でパティーとボニーに相談してみよう。

そんなことを考えながらジローさんの移動を急いだ。


 砦の居間に俺とボニー、ハリハミ、ゴブジェラの6人が集まってブリーフィングを開始することにした。

ジャンやマリアのいない部屋を一瞬だけ広く感じてしまったが、気にせずに俺は説明を続ける。

正面の机に据えられたモニターにはミエル君が撮影した映像が映し出されていた。


「はい注目! 画面の前面に見える山がホイヘンス山です」

一時停止された映像には8000メートル級の山々が連なる山脈が映し出されている。

その中でも中央にある一際大きな山がホイヘンス山だった。

「標高は9024メートル。例え魔族であってもまともに生きていける環境じゃないから、周りには人影はないね」

麓には集落もあるのだが、それでも標高2200メートル付近の話だ。

空から接近すればあっけない程簡単に近づけてしまうだろう。

見咎める魔族もいない。

「付近に飛行可能な魔物などはいないんですか?」

おずおずとハリーが質問してくる。

「ミエル君がこの周囲を飛んでいたのは1時間だけなので詳しいことは不明だが、現在のところ竜種のような飛行物体は確認されていない」

短い観測時間ではあるが、この山の頂上付近で生物は一切確認されなかったのだ。

「だとしたら……話は簡単。ぱっと行って……ぱっと突入」

ボニーらしいシンプルな考え方だが、今回は俺も同じように考えている。

だけど問題が一つあるんだよな。

今度はハーミーが手を上げてきた。

「はい、ハーミー」

「あの、魔王は……魔王は既にある程度動ける状態にあるのでしょうか?」

それなんだよね。

この砦の司令官であるババロスを尋問した結果、魔王が未だ復活していないことはわかっている。

だが詳細については何とも言えないのだ。

ババロスは所詮下っ端なので詳しい知識はなかったのだ。

「その辺も不明なんだよね。まあ、魔王がどういう状態にあるのか確かめるという意味でも最終階層にたどり着く意味はあるんじゃないかと思うんだ……」

完全に復活してしまってからだったら絶対に会いたくないのが魔王だ。

でも不完全体だったら……。

まだ動けない状態だったら……。

あわよく討伐できるのなら……。

魔王がこの世界の脅威になるというのなら、パティーやボニーをはじめとする大切な人たちに害をなす存在になるだろう。

倒せるのならば倒しておきたい……気もする。

「とりあえずそぉーっと行って、そぉーっと様子を見てみようぜ」

締まらないながらも、ボニーの案を少し俺風に修正した行動方針を提案した。

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