第221話 あの山の上に

 氷河を頂く山々が遥か遠くまで連なっている。

この辺りの土地は痩せているようで緑は少ない。

くすんだような低木がまばらに生えているだけだ。

裏門の町は山岳地帯にある砦のような場所だった。

この世界に来る前にテレビでみたエベレスト街道の風景によく似ている。

谷あいの斜面の最上部に城が建ち、その下に僅かな畑が耕作されていた。

荒涼という単語がこれほど似合う風景を俺は他に知らない。


 囚われていた人々の治療と食事を終えた後、観測ロケットを飛ばすために外へ出た。

七・八層では高度4500メートルで見えない壁にロケットは激突している。

今回はどうなるのだろう。

護衛としてアンジェラとオジーについてきてもらった。

ロケットや発射台の材料を運ぶのはFP部隊だ。


「リーダー、こいつは月まで飛んでいけるのかい?」

オジーがロケットをつついている。

こちらの世界にも月はある。

大きさも地球の衛星と同じくらいだ。

地球で見る月よりも大きく見える。

「それは無理だよ。せいぜい地上から50キロくらいかな」

月までの距離は約32万キロ。

気軽にフライ・ミー・トゥー・ザ・ムーンというわけにはいかない。

このロケットが飛べるのは成層圏の一つ上、中間圏がギリギリだ。

「なあリーダー……」

オジーの表情が優れない。

「どうした?」

「第九階層のことだがな、人々が虐げられている現状を報告しても、ボトルズ王国は何も動かないと思う……」

そのことについては俺も同意見だ。

ボトルズ王国としては領土に侵攻されたわけではなく、虐げられているのも自国民ではないのだ。

よほど国益にかなうことがなければ第九階層の人々を救うための措置がとられるとは思えない。

「俺も同意見だよ。おそらく帰還命令か隠密裏に第九階層を調査せよくらいの命令が出されて終わりだよね」

しかも俺たちが窮地に陥っても救援は来ないだろう。

「オジー、仮に103人をボトルズ王国に運んだとして、難民として受け入れてくれるものかな?」

「それは大丈夫だと思う。中央や地方都市は安定しているが、人手不足の場所はあちこちにある。どこの開拓団に放り込まれても、ここの生活よりはマシさ。植民地に入植という手もあるしな」

入植というのは最近よく聞く。

仕事は大変らしいが、自分の土地を持てるということで貧しい人達から投機目的の金持ちまでかなりの人々が海を越えているらしい。

だが、現実問題としてどうやって103人もの人々を安全地帯まで運ぶかがある。

「ジャンは……おそらく独立解放戦線を組織する気だ」

作業の手を休めてオジーがぽつりと漏らした。

そういえば二人は同じ班で行動していたな。

なにか聞いているのだろう。

「それって、囚われていた人々に武器を持たせて戦わせるってこと?」

「ああ。ある意味……現実的な策ではある」

現実的? 

オジーがどういう意味で現実的と言っているかはわからなかったが、今はスルーしておこう。

「……わかった。ジャンともよく話し合ってみるよ」

 発射台を組み立てて、燃料としての魔力を注いだ。

今回は亜空間では無い気がするのでロケットにスパイ君を乗せてカメラ代わりにする。

後で映像を解析すれば、色々とわかることも多いだろう。

ロケットの一部がパラシュートで帰還した場合、スパイ君ならどこにいるかわかるし、距離によっては自力で帰ってくることも可能だ。

 轟音を響かせながら飛び立ったロケットは、予想通り見えない壁に激突することもなく空の彼方へと飛び去った。


 夕食後、全員が揃ってブリーフィングを開始する。

司会進行は情報分析を担当したゴブだ。

「以上、スパイ君が持ち帰った映像、城の中に残されていた地図を含む資料、ババロスの尋問結果から、第九階層は南大陸の奥地であると決定づけた次第です」

予想はしていたが、皆の顔は複雑だ。

もはやダンジョンではない。

そして、そもそもダンジョンとは何なのかという疑問もゴブの分析によって判明した。

ゴブの説明によるとダンジョンとは人間の魂を集める場所らしい。

第一階層から第六階層までは魔石という餌に釣られてやってきた人間の魂を効率よく集めるための装置だというのだ。

ではなぜ人間の魂を集めているのかと言えば、これは魔王誕生のためのエネルギーに欠かせないからということだった。

膨大な量の魂が魔王を降誕させる糧となるわけだ。

「ゴブ、なんとなくはわかるんだけどさ、じゃあ第七階層や第八階層の亜空間は何なの?」

「あれは魔王側の失敗作です」

事も無げにゴブは言う。

そもそも亜空間は魔力を持たない人間、つまり魔族に抵抗する力を持たない人族を家畜として繁殖させるための実験場だったようだ。

だが、亜空間の構築は難しい。

結果は七層、八層共に極地のような環境が出来てしまい、魔族はそこを放棄した。

放棄するさい、人族はほとんど虐殺されたのだが、魔族の手から逃れた人々の中から環境に適応した者たちが現れ少しずつ人口を増やしていったというのが真実らしい。

魔族も砂漠や氷原の民たちのことは知っていたが、彼らを連れてくるよりは南大陸沿岸部の町を襲う方が余程楽なので放置していたようだ。

「ということはさ……俺たちの冒険はこれで……終わりってことか」

「さて、どうお答えすればいいのか分かりませんが、この場所が迷宮最深部というご質問であるならば、それは違うと思われます」

まだ奥があるの?

「今回私はギルドカードを調べてみました。ギルドカードは階層を踏破するたびに位階が書き換わりますよね」

今は第九階層に到達して第2位階になっている。

「どういう仕組みで書き換えが行われているかを調べたところ、各階層の転送魔法陣にはナンバリングがされていました。そのナンバーを読み取ることでカードは書き換えられるのです」

意外と単純な仕組みだったな。

「そしてこの裏門の町の転送魔法陣のナンバーは09/10です」

「つまり? 転送魔法陣の数は全部で10個あるはずだとゴブは言いたいの?」

「その通りでございます」

なるほど、転送魔法陣はもう一個あり、それが第十階層へと続いているわけか。

「それで、魔法陣の場所については目星はついているのかい?」

「はい。ババロスへの尋問により判明しております」

ゴブは城にあった南大陸の地図の中央部を指した。

等高線などはひかれていないが、絵を見た感じではひときわ高い山の中にあるようだ。

「その山に最後の転送魔法陣があるんだね」

「はい。南大陸最高峰、ホイヘンス山です」

ホイヘンス山は標高9024メートル、冷たい岩肌と氷河に囲まれたこの世界有数の巨峰だそうな。

「この山の頂上に最後の転送魔法陣がございます」

魔物や魔族の襲撃に加えて、天然の要害に守られた鉄壁の場所だな。

例えるなら敵の攻撃に対処しながらチョモランマの頂上を目指すようなものだ。

普通ならどうやっても登頂は無理だ。

だけど俺たちには飛空船があるので場所さえわかっていれば大した苦労なく行けてしまう。

一つの技術がそれまでの常識をコロッと変えてしまう極端な例だ。

「なあ、もしかして第十階層って……」

「第十階層……魔族たちは魔王の神殿と呼んでいるようです」

やっぱりそういうことか。

「迷宮の最深部には魔王がいると……そういうこと?」

「はい。ただし未だ完全体ではないそうです」

先代の魔王が倒されてから300年くらい経つ。

魔王はたとえ滅ぼされたとしても数百年周期で新たな魔王が誕生すると古い文献にはある。

今度の魔王が活動を始めるにはもう少し時間が必要なのかもしれないな。

「それにしても魔王か……どうしたもんかね?」

ここにいるのはネピアでも最強の冒険者ばかりだが、魔王が相手となると即座に口を開ける者はいない。あまりにも相手の力が未知数なのだ。

だってSランクの魔石を落とす輩だぜ。

Aランクでさえまだお目にかかったことはないのだ。

「まあ、復活までもう少し時間があるだろう。それまでに各パーティーから――」

「マスター」

ゴブが俺の話を遮ることは滅多にない。

何か悪い予感がする。

「どうした?」

「魔王の誕生ですが、あと4ヶ月だそうです」

「4ヶ月?」

「はい。降誕祭に向けて魔族は祝賀の準備をしているそうです」

魔王降誕を祝うなんて魔族にとってはクリスマスみたいな感じなのかな。

へぇ……。

…………どうしよう!? 

これって結構ヤバい状況なんじゃないの?

「いずれにせよボトルズ王国への報告が必要じゃな。儂が行けば話が早いだろう」

グローブナー公爵が名乗り出てくれたのはありがたい。

閣下が使者なら、話がかなりスムーズになる。

直接国王に報告できるくらいの身分のお人だ。

だがここは第九階層だ。

簡単に帰還できるものではない。

最低でも一パーティーが一緒に随行しなければ帰還は難しい。

それにしても103人の難民に加えて魔王の誕生か。

頭が痛くなるような問題ばかりが持ち上がる。

この日の会議は深夜にまで及んだ。

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