第217話 第九階層
精霊の祠発見の第一報は38エリアを探索中のオジー達よりもたらされた。
「リーダー、どうやら俺たちが当りを引いたらしい。今マリアさんと閣下が調べているが、祠の中は転送魔法陣で間違いないようだ」
「了解した。各パーティーが揃うまでは魔法陣を起動させないよう気をつけてくれ。特に閣下にはよく釘をさしといてくれよ」
「了解」
オジーの苦笑と共に通信は終了した。
第八階層にパーティーが集結してから3週間。
エリアが絞られていたとはいえ、かなり早い発見となった。
これだけのスピード踏破の要因としては、やはり飛空船やドロシーなど空からの探索ができたことが大きいだろう。
はやる気持ちを抑えながら北の祠へと向かった。
北の祠は南の祠と同様に、緩い丘の上に建つ石造りの小さな建物だった。
何の変哲もない建物ではあるのだが、石自体がじんわりと暖かく氷に埋もれないような仕様になっている。
全員が集合したところで各パーティーの代表で作戦会議を開いた。
『不死鳥の団』からは俺とボニー、『エンジェル・ウィング』からはパティーとジェニーさん、『アバランチ』からはロットさん一人が出席した。
最初に偵察部隊を送り込み、次に後続部隊が突入して安全を確保し、最後に物資の搬入をすることとなった。
まあ、いつも通りのやり方だ。
問題は誰が最初に突入するかだった。
これまで第九階層に入った人間は一人もいない。
はっきり言って、突入組は歴史に名を残すだろう。
「基本的に誰を送っても腕利きばかりですから大丈夫とは思います。ただ、連携のことを考えると即席チームよりは既存のパーティーメンバーで行ったほうがいいですね」
俺としてはくじ引きでもして決めればいいかと軽く考えていた。
だがロットさんもパティーも『不死鳥の団』が行くべきだと言ってくれた。
「イッペイがいなけりゃ、ここまでスムーズに来ることなんてできなかったんだ。遠慮することはねえ。イッペイが先に行け」
「私もロットさんと同じ気持ちよ。ただ、本音を言えばリーダーである貴方が先遣隊に参加するのは反対だわ」
歴史に名を刻まなくてもいいのだが、俺のマジックバリアは偵察部隊にとって有用だ。
パーティー内でも話し合いを重ね、偵察部隊のメンバーは俺、ボニー、ゴブ、ジャン、マリアの五人になった。
一番連携を取りやすいメンバーでもある。
魔法陣へと向かいながらジャンがニヤニヤしている。
「どうしたジャン?」
「へへっ、なんか懐かしい感覚だと思ってさ」
確かにこのメンバーでの探索が一番長かったからな。
「ついにこの瞬間が来ましたね。私は皆さんを誇りに思います」
マリアが双剣を抜きながら言う。
「ゴブはどこまでもマスターと共に」
ありがとうゴブ。
「いこう……か」
ボニーの言葉に促されるように全員が魔法陣の上に乗った。
俺はタッ君に騎乗してドエム2機銃を構える。
魔法陣が眩く光り、一瞬の浮遊感を感じた後、俺たちは第九階層にいた。
転送された場所は石壁の部屋だった。
部屋の広さは8メートル四方ほどの正方形で、魔法陣の他には何もない。
壁には窓もなく、正面に扉が一つあるだけだ。
薄っすら光る魔法陣が唯一の光源だった。
かび臭く、床には埃が積もっている。
長らく使われた形跡もない。
一言も発せず、ジャンとマリアが正面ドアの左右に張り付いた。
外の様子を窺っていたジャンが頷く。
人の気配はないようだ。
扉には鍵が掛けられていたので錬成魔法を駆使して鍵自体を無効にしてしまう。
それから僅かに扉を開けてスパイ君ミニを2機出動させた。
扉の外はすぐに階段になっていた。
スパイ君たちは天井に張り付きながら階段を上へと上がっていく。
階段の上はまた扉があり、そこまでは誰もいない。
俺たちは静かに階上まで移動した。階段の上まで来ると今度は人の気配がした。
何やら怒鳴り声が聞こえるのだが扉が分厚いせいで何を言っているかまではわからなかった。
鉄製の扉は開くと大きな音がしそうだったので、また錬成魔法で小さな穴を開けてスパイ君達を送り込んだ。
スパイ君からの映像を見ると、今俺たちがいるのは小さな城のようであることがわかった。
城と言っても豪華な宮殿のような場所ではない。
山間の出城とか砦のような石造りの簡素なものだ。
スパイ君を先程から声が聞こえる方向へ向かわせる。
そいつらは大きな広間の様な場所にいた。
部屋の中にいるのは全部で3人。
一番目立つ男は大きな椅子にどっかりと腰を掛けていた。
この男はかなり横幅がある。
弛み切ったような腹回りは軽く成人男子三人分はあろう。
とは言え、それだけならただの太ったおっさんだ。
だがこの男の耳が異様に長かった。
ロバを思わせる耳が油っこい髪の間から生えている。
そしてそのロバ耳男の斜め後ろに痩身で長身の男がふんぞり返って立っている。
眼の下の隈が陰湿そうな雰囲気を醸し出していた。
酷薄そうな目つきも印象的なのだが、一際目を引くのはその男の手が爬虫類のような鱗と爪を持っていることだった。
「魔族です」
ヘッドセットからマリアの囁き声が聞こえた。
第九階層は魔族の住む場所ということか?
友好的な種族ならありがたいが、とてもそうは思えない。
なぜなら二人の魔族の前に跪かされ、その頭をロバ耳男に足蹴にされているのは間違いなく人族の少女だった。
「まったく下等生物は何一つ覚えることができんな、ゴメス」
デブロバが痩せ夫に話しかける。
「まったくでございますババロス様」
ロバ耳は薄汚い踵で少女の頭を小突いた。
靴は履いておらず、足には蹄がある。
「城は常に清潔を保つように申し付けたはずだよなぁ?」
「はい……」
怯える少女は蚊の鳴くようなか細い声で答えている。
年の頃は十五歳くらいだろうか。
粗末な服に身を包む身体はかなり痩せている。
ネピアのスラムでさえ滅多にいない程、悲惨な姿だ。
少女を苛むババロスの顔は怒りというよりも愉悦の表情が滲んでいた。
「では、なんで廊下に水がこぼれていた? うん? 答えてみよっ!」
「そ、それはゴブリンたちが水遊びをしていて――」
「ちがうっ! ちがう、ちがう、ちがうぞぉ! それは……お前が掃除をさぼっていたからだ」
「……」
「それとなぁ、ゴブリンではない。貴様のような下等生物にゴブリンを呼び捨てにする資格はない! ゴブリン様と呼べ」
不条理なことを言いながらババロスと呼ばれた魔族は足の裏を少女の顔に擦り付けた。
怒りで震えているジャンの肩に手を置きながら事の成り行きを見つめる。
「まったく、貴様らのせいで足が汚れてしまったのだ。いいか、本来なら死を持って償うべき失態だぞ。こんな辺境故に奴隷の替えも効かないから、特別な温情で許してやるのだ。ほれ、舐めて綺麗にせよ」
泥だらけの薄汚い足に少女の舌がのびる。
眼を背けたくなる光景だった。
「落ち着けジャン。城の中に何人いるかわからん」
「わかってる……」
「マリア、いったん戻って状況を報告してきてくれ。ついでにドロシーと残りのスパイ君も運んで欲しい。それからアンジェラも連れてきてくれ。俺たちは建物内を確認する」
「わかりました」
マリアだけを第八階層へ戻し、俺たちは引き続き建物内の様子を窺った。
スパイ君で調べただけだが、城の中には20人を超す魔族と、魔物も何体か散見された。
そして人族の奴隷も確認できただけで3人いた。
「マスター、第九階層の状況を知るためにも、先ほどの少女に接触するのはいかがでしょうか」
いずれにせよ、あんなひどい虐待現場を見て放っておくわけにもいくまい。
「そうだな。……ボニー、頼めるか?」
「まか……せて」
こと隠密行動にかけて、ボニーは連合パーティー随一のスキルを持っている。
静かに廊下に滑り出したボニーは瞬く間に影となった。
まさに影鬼の二つ名に恥じない面目躍如の動きだった。
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