第216話 セシリーママと13人のパパ
第八階層、精霊の祠付近に野太い男たちのはしゃぎ声が響いている。
「なんだこりゃ!!!! 本当に氷じゃねえか!!!」
「滑る! 滑るぞここ!! うわははははっ!!」
「うひゃーーーーーッ!!!! さむっ!!!」
遂にアバランチの面々が第八階層に到達したのだ。
別行動を始めてから23日が経っている。
勝手気ままに興奮するメンバーを叱りつける女の声が響くいた。
「ほらっ、まだ荷物の搬入が終わってませんよ!! それと少しは周囲を警戒してください!! ロットさんもぼさっとしてないで皆に指示をお願いします!」
『アバランチ』を叱りつけているのはパン屋の魔女ことセシリーさんだ。
「お、おう。おい、お前ら!! さっさと片付けろ。ママがお怒りだぞ!!」
「おう、すまねえママ!」
「初めての光景だから興奮しちまったんだよママ!」
「ママ、飯は何時だ?」
うわあ、セシリーさんが皆にママって呼ばれてる。
しかも、なんとなく似合ってるよ。
パン屋の魔女よりママの方がしっくりくるな。
セシリーさんって生活感があるっていうか、一見きつそうに見えるんだが、よく知るととても家庭的な人なんだよね。
料理とかお裁縫も上手だし。
「パーティーが合流したらその呼び方は止めなさいって言ったでしょう!!」
「だって、ママはママじゃねえか……」
筋肉ダルマのパイルさんが身を小さくして呟く。
「貴方は私より年上でしょうがっ!? こんな姿をクロ君に見られたら……」
すっかりいじられキャラになっているようだ。
ロットさんが笑いをかみ殺しながらセシリーさんを宥めている。
「まあそう言うなって。アンタみたいに頼りがいのある美人なんざ皆初めてで、野郎どもは嬉しくて仕方ないのさ。実際のところ、戦闘、料理、行動計画、調査記録と何をやらせてもママは優秀だったからな! 本気でヘッドハンティングしたいぜ」
これって多分、ロットさんの偽らざる本音だと思う。
それくらいセシリーさんって優秀なんだよね。
「お誘いはありがたいですが、私はまだ母親になる気はありませんから」
セシリーさんも能力を買われていることは理解しているので悪い気はしていないのだろう。
苦笑しながらであったが表情はまんざらでもないようだった。
久しぶりに会ったハリーとハーミーにはびっくりさせられた。
第一印象は二人とも逞しくなったというか、表情に自信が溢れてた。
かなりの特訓を受けてきたのだろう。
初戦を生き抜いた新兵のような感じだった。
「とりあえず簡単にはくたばらねえように鍛えといた」
とはロットさん。
「魔力の底上げや基本の魔法展開は理解できていると思います。後は自分で工夫していくのが魔法使いの在り方ですから。彼らには今後の課題も伝えてあります」
これはセシリーさんの言だ。
二人の弟子たちには随分と心を砕いてくれたようだ。
俺からもよく礼を言っておいた。
「二人ともおかえり。よく無事で帰ってきてくれたね」
「ただいま戻りました」
「今回の修行でセシリー姉さまに沢山のことを教えていただきました。本当に貴重な体験をさせていただきました」
ハーミーにはお姉さまと呼ばれていたんだね。
「ハリーもセシリーさんのことをママって呼んでたの?」
「恐ろしくてそんなことできませんよ! 僕は……化け物の檻に放り込まれた普通の魔法使いでした。その日その日を精いっぱい死なないようにしていただけですよ……」
よしよし、頑張ったんだな。
「まったくあの人たちは、私のことをママだなんて呼んでふざけて。私ってそんなに所帯じみてますか?」
いや、そんなことを俺に振られても困っちゃうよ。
「あ~、その……なんだ……。あつ! そういえば前にクロが言ってましたよ。セシリーさんの家庭的なところが好きだって」
この一言でセシリーさんは顔を真っ赤にしながら、泣きそうな笑顔でどこかへ行ってしまった。
ホームシックにならなければよいが。
それにしても所帯じみていると家庭的、物はいいようだなとつくづく思った。
全パーティーが合流した翌日から探索の旅が始まった。
『不死鳥の団』はジローさん、残りの2パーティーは新型雪上トレーラー「ユキト君」で移動する。
事前の打ち合わせ通り、北の祠の発見を最優先することとし、第八階層全体の調査は今後の課題とした。
先ずは『不死鳥の団』が先行し、北の祠の位置を知っている人物に接触に成功した。
最初は空から現れた俺たちに怯えていたが、シャムニクの名前を出し、シャムニクによく似た俺の顔を見て落ち着いたようだ。
平たい顔は第八階層では役に立つ。
男に聞いて北の祠のだいたいの位置が判明した。
本当は飛空船に乗ってもらい、北の祠まで案内してもらいたかったのだが、それだけはダメだと拒否されてしまった。
やっぱり空を飛ぶのは怖いようだ。
肉や道具などの条件を提示してみたが、泣いて嫌がられてしまったので、諦めざるを得なかった。
ごめんね、無理なお願いして。
情報のお礼として鹿角の柄で出来たナイフをプレゼントしたら大喜びして仲間たちに自慢していた。
本当に「今泣いていた烏がもう笑う」って慣用句がぴったりな人だった。
大まかな場所がわかったので通信機を使い『エンジェル・ウィング』と『アバランチ』に連絡をいれた。
合流地点を決めて、一度落ち合うことにする。
今後の予定としては『不死鳥の団』が先行して祠の正確な位置を調査することになるだろう。
ジローさんとユキト君ではどうしても移動速度に差があるからだ。
雪上トレーラーではあまりスピードが出せない。
氷には深い裂け目や薄い部分もあるので大変危険なのだ。
探索型ゴーレムのススム君を先行させて安全を確認しながら進んでいるが、ユキト君の出せるスピードは最高で30キロくらいになってしまう。
時間的ロスをなくすためにも、俺たちが先行部隊として祠の正確な位置を特定するべきだろう。
俺たちが合流地点に到着した時、『エンジェル・ウィング』も『アバランチ』もまだ来ていなかった。今晩はここで野営の予定なので、先に準備をしておく。
「周辺の見回りはボニーを中心にオジー、ジャン、アルヴィン、シェリーで頼む」
「りょう……かい」
「閣下とウォルターさんはジローさんのチェックと整備をお願いします」
「任せてもらおう」
「マリアは積み荷のチェック、それが終わったら今晩の食材を出しておいてくれ。FP部隊をつけるから荷物の搬入は彼らを使ってね」
「わかりました」
「ハリーとハーミーは風よけの壁を作るのを手伝ってもらうよ」
それぞれに仕事を割り振って、ハリハミを伴って外へ出た。
幾分風が強くなってきている。
ジローさんとユキト君2台を囲める氷の壁を作っておいたほうが何かと便利であろう。
「それじゃあ修行の成果を見せてもらおうかな」
二人にそう告げると、ハーミーが早速、水魔法で氷の壁を作り出した。
高さは4メートル程、厚さ50センチくらいの壁がどんどんできていく。
なかなかのスピードだ。
「たいしたもんだハーミー。休憩なしで全部作るとは思わなかったよ」
多少息を切らしながらも、ハーミーは一気に壁を作ってしまった。
「魔力効率を意識して魔法を展開しなさいと、いつもお姉さまに注意されてますから」
成長したのはハーミーだけではなかった。
ハリーも保有MP量が大幅に上がり、MP量だけならハーミーやマリアを上回っていた。
これなら新型アサルトライフル・F20000を装備させることも可能だな。
ただ、マガジン一つ分の30発を撃ち尽くすと2400MPを消費してMP切れを起こしてしまうので、ハリー専用の15発入りマガジンを作った。
「一発撃つごとに力が抜けていくような感覚がします」
なんてハリーは言っていたが、射撃の方は中々の腕前だった。
セシリーママと13人のパパたちはしっかりと子どもたちを育て上げてくれていた。
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