第212話 可愛い子には旅をさせよ
早朝に第五階層を出発し、第六階層である死者の街を抜けて、第七階層に到達したのは夕方のことだった。
死者の街では高い位置にマジックシールドを固定して、その上から邪魔になるゾンビやケルベロスを狙撃という作戦をとった。
飛行系の魔物は居ないので、安全な場所からほぼ一方的な攻撃を仕掛けることが出来たわけだ。
狙撃は例のごとく、MP回復薬をばんばん流し込んだ新人組が担当した。
今回の戦闘で閣下、ハリー、ハーミーのレベルもアルヴィン達に追いついたみたいだ。
MP回復薬の原材料は第四階層で取れるソムニフェの花だが、来る途中で大量に採集しておいた。
群生地を迷宮妖精のオットーとディナシーに聞いておいてよかった。
予定していたよりも大量のソムニフェを入手できたのだ。
当分MP回復ポーションには困らないだろう。
情報の対価としてウィスキーの逸品を迷宮妖精たちに渡すことになったが安いものだ。
ウォルターさんやオジーも射撃訓練として戦闘に参加して大分レベルを上げた。
アサルトライフルの使い方も上手くなったぞ。
これなら砂漠での戦闘に支障をきたすこともないだろう。
初めて砂漠を見る閣下、ウォルターさん、オジー、ハリー、ハーミー、アルヴィン、シェリーが言葉をなくして立ち尽くしている。
地平線に沈む夕日が世界を真っ赤に染めていた。
アルヴィン殿下の目の端に涙が光る。
わかるよその気持ち!
俺もこの光景に涙したものだ。
「イッペイ……ありがとう」
絞り出すような声で殿下が礼を言ってくる。
「突然お礼なんてどうしました?」
「私は長らく王宮の中だけで生活してきた。王都の街中さえもよく知らないのだ」
数か月前まで、アルヴィン殿下はほぼ軟禁状態だったもんな。
ごく稀に王宮を抜け出して街へ出ていたようだが。
「こんな景色に出合えるとは思わなかったよ」
「殿下」
「うん?」
「第七階層へようこそ。今日から第4位階の冒険者ですよ」
自分のギルドカードを確認しながら殿下が照れたような笑いを浮かべる。
「うん。もう少し強くならなければならないな。第4位階の冒険者の名に恥じない実力を身につけなくては」
いや、殿下は充分強い。
俺が新婚旅行に行っている間に、ボニーたちの特訓を受けているのだから。
しかも人の考えを読み取れる『読心』の魔法があるので、対人ではとんでもないアドバンテージがあるのだ。
「頼りにしてますよ殿下」
「任せてくれ」
殿下はまた照れたような笑いを見せた。
冒険をするにあたって閣下や殿下に敬称をつけることを禁じられたがいつの間にかまた戻っている。
なかなかうまくいかないものだ。
ボニーのこともたまにボニーさんって呼んじゃうもんな。
面倒なので一々気にしないことにした。
閣下と殿下にもそう伝えてある。
一度習慣がつくと中々抜けないんだよね。
砂漠の入口であるワルザドの街で『不死鳥の団』は定宿である「ランプの明かり亭」に宿をとった。
宿屋の主人ハサンと娘のノエミが再会を喜んでくれた。
特にノエミはゴブと仲が良かったので今も嬉しそうに話をしている。
「ノエミ様、少し身長が伸びましたね。また美しくなられました」
ゴブに褒められて年頃の娘らしく顔を赤らめるノエミが可愛い。
彼女ももう13歳だ。
今が一番の成長期だろう。
ネピアの若者に人気のアクセサリーをお土産にもらってはしゃいでいた。
ハサンにはネピア名産のウィスキーを渡す。
「こいつは飲むのが楽しみだ。お礼に今夜の料理は腕によりをかけるからね。久しぶりのワルザド料理を楽しんでくれ」
喜んでもらえた様で何よりだ。
「ランプの明かり亭」は小さな宿なので連合の全員は泊まる部屋がない。
俺たちは各パーティーごとに分宿している。
そして明日の探索からは別行動になる。
ロットさん達『アバランチ』は
迷宮に潜る前に俺たちはこんな会話をしていた。
「なんつうかよぉ……いきなり空を飛んで行ったらありがたみがないだろう。お前んとこや『エンジェル・ウィング』と同じように、砂丘を越えて西の果て、デザル神殿に到達したいんだ」
ロットさんは俺たちと同じ条件で第七階層を踏破したいのだろう。
「わかりました。俺たちは先に行って氷雪地帯での拠点確保と、食料資材の搬入を開始してます」
「我がまま言ってすまねぇ」
ロットさんは申し訳なさそうにしていたが、立場が逆なら俺だって同じことをお願いしていただろう。
その代わりと言ってはなんだが、俺もロットさんに願い事をしている。
ハリーとハーミーを『アバランチ』に同行させてもらうことにしたのだ。
彼らはあまりにも簡単に第四位階の冒険者になってしまった。
このまま行けば、実戦の乏しさがいつか
『アバランチ』に出向して彼らの冒険を経験すれば更なる成長を遂げるはずだ。
しかも今回はセシリーさんがハリハミと一緒に『アバランチ』に行ってくれると申し出てくれた。
ネピア最強のパーティーに、ネピア最強の魔法使いを伴って勉強に行ける機会など普通はないだろう。
「二人のことは任せてもらおう。バッチリ鍛えてやるさ」
あんまり厳しくしすぎないで欲しい。
この人達の常識は一般の人とは少しズレているのだ。
「お手柔らかに頼みますよ」
「何を怯えてるんだ。初心者講習を忘れたのか? ちゃんと面倒みてやっただろうが」
そういえば、俺とジャンとメグはロットさんの教え子だ。
あの時俺はロットさんに命を救われている。
「そうでしたね。よろしくお願いしますよ、指導教官殿」
俺の呼びかけにロットさんは苦笑を漏らした。
荷物を受け取るハリーの手が少しだけ震えている。
『不死鳥の団』を離れ『アバランチ』に同行するので、かなり緊張しているようだ。
それに対してハーミーは引率役をしてくれるセシリーさんとにこやかに喋っている。
彼女の方が肝が据わっているようだ。
ハリーと一緒に荷物の最終チェックをする。
「こっちが回復ポーションな。怪我だけじゃなくて病気にも効くはずだから」
「はい」
「MP回復ポーションは箱で荷台に置いてあるから、ポーチのを消費したらすぐに補充するんだぞ」
「はい」
気分は子どもを送り出すお父さんだ。
『アバランチ』に預けることを決めたのは俺だが、心配でたまらない。
「それからおやつがあっちの袋にあるから」
「はい……」
ハリーは相変わらず不安そうだ。
当たり前だな。
彼はこの迷宮に入ってたった3日でこの地まで来てしまったのだ。
普通ならあり得ない話だ。
その間にレベルは数十上がりステータスも大幅に上がったようだが、如何せん経験が不足している。
『不死鳥の団』でも冒険者としての技能や戦闘経験を積ませてやることは出来るが、ハリハミは魔法使いだ。
肝心の攻撃魔法の使い方を教えてやれる者がいない。
その点、『アバランチ』には魔法攻撃に長けた人が多い。
「……ロットさんはネピア最強の冒険者で、俺やジャンの指導教官をしてくれた人だ。顔は怖いが面倒見はいい。セシリーさんも優しい人だ。心配しなくて大丈夫」
「そ、そうですよね。わかってるんです。ただ、僕がロットさんやセシリーさんに見合う人間じゃないと思うんです。僕なんか……」
ネピア冒険界のビッグネームに完全に気後れしてるわけだ。
「ハリー、ステータスだけで言えば、君はもう第七階層で充分活躍できる能力を持ってるよ。たぶんジャンが七層にたどり着いた時よりもパラメーターの値は高い」
言わずもがなだが、当然俺よりもずーーっと高い。
「そうなんですか?」
「ああ。だからその能力を活かす方法を学んできて欲しいんだ」
「……わかりました。頑張ります」
そう、ステータス的には何の問題もないのだ。
だが実戦は応用であり、工夫と反復が必要なことは否めない。
ハリーよ準備万端整えて氷雪地帯で待つ。
たどり着いて見せてくれ。
砂煙を上げて進む車両をしばらく見送った。
かつて俺たちがこの砂漠を渡るのに1ヶ月程の時間を要した。
ロットさん達もそれくらいかかるだろう。
その間にやらなければならないことはたくさんある。
まずは資材集めと食料集めだ。
氷雪地帯では新たに雪上トレーラーを作製する予定だからその材料が必要となる。
飛空船は俺しか運用ができないので『アバランチ』と『エンジェル・ウィング』用に雪上トレーラーを作るのだ。
動力用のエネルギーはラーサ砂漠でロットさんが魔石を集めてくれる予定だ。
E~Dランクが出るはずだから問題ないだろう。
これによって空と陸の両方から情報を集められるはずだ。
目指すは第九階層へと続く北の祠だ。
暫くは砂漠と氷雪地帯を行ったり来たりだな。
俺によく似たシャムニクは元気だろうか?
はやく爺ちゃんにも会いたいな。
低体温症で死にかけていた俺を温めてくれたイヌーティはどうしているだろうか。
未知の領域への旅がいよいよ始まる。
俺は気持ちを新たにジローさんの再起動の準備を始めるのだった。
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