第211話 ミラクル マン

 俺の目の前に六人の選ばれし精鋭が並んでいる。

これから始まる戦いを前に緊張した面持ちではあるが、臆した表情を晒すものは一人もいない。


影鬼の弟子・ジャン。

言わずと知れた『不死鳥の団』の切り込み隊長だ。


パン屋の魔女・セシリー。

『エンジェル・ウィング』に所属するネピア屈指の魔法使い。

火炎系の使い手としては各国随一とも評される。


ハーミー。

水魔法と無属性魔法を使える優等生。

俺が密かに委員長と呼んでいる少女。


ゴブ。

最強のゴーレム、知識の探究者、万能執事。女好き。


アンジェラ。

流体多結晶金属で構成されたゴーレム。好奇心旺盛。ちょっと小悪魔?


おぼろのパイル

『アバランチ』所属。二メートルを超える長身にスキンヘッドな筋肉ダルマ。

それなのに高速移動が得意なスピード・スター。

フランクフルトのようなぶっとい指をしているのに、たいそう器用だとか……。

俺のことを「イッペイちゃん」と呼ぶ。

甘いものが好き。


「えーと、パイルさん……」

「おう! どうしたイッペイちゃん?」

「手伝っていただけるのはありがたいのですが、料理の経験はありますか?」

「安心しろって、俺は『アバランチ』の料理番だぜ!」

ナイフを空中でピュンピュン回しながら分厚い胸を張ってみせる。

器用そうではある。

「えーと……得意料理を教えてもらえますか?」

「茹でたジャガイモと焼いたソーセージだ!」

それは料理と言えるのだろうか? 

でもやる気は充分のようだ。


「イッペイさんできましたよ!」

ハリーには土魔法で石窯オーブンを作って貰っていた。

地上で何度も練習しておいたおかげでいい仕事をしている。

「ありがとうハリー。セシリーさんオーブンの内部を200度に保つように調整してください」

「心得ましたわ」

すぐにセシリーさんが火炎魔法を展開する。

高出力の炎を生み出すだけなら、ある程度の魔術師であれば可能だろう。

だが、決められた温度を一定に保って炎を作り出すことが出来るのは、繊細な魔力調整が出来るネピア屈指の魔女だけだ。

セシリーさんが魔法を操る姿を見て同じ魔法使いのハリーが憧れの眼差しを向ける。

「セシリーさんすごいです……こんなことって……」

「あとで魔力操作のコツをおしえてあげるわね」

セシリーさんはハリーと会話をしながらも淡々と魔法を展開していく。

ハリーは中々の美少年なので、褒められてセシリーさんが動揺するかと思ったらそんなことはなかった。

クロ一筋ということか。 

ちょっと見直してしまった。

 34人分の肉をグリルするには大きなスペースが必要であり、フライパンなどではとても調理しきれない。

オーブンを使うのが理想的だ。


「肉は俺が素材錬成で解体する。ハーミーは水魔法で肉を洗ってから水気を切っておいてくれ」

「了解です」

本日のメインディッシュは子羊の岩塩包み焼だ。

ラムラックを一塊ずつ岩塩と卵白や小麦粉などを合わせたものに包み、オーブンで焼く。


「おっさん、俺は何をしたらいいんだ?」

「ジャンは卵白を泡立ててくれ。ここは肝心な部分だからお前に任せる!」

「しょ、しょうがねぇなぁ……」

ジャンは早速卵を割り始めた。

ジャンは口調はともかく仕事は丁寧なのが意外だ。

「マスター、私は何を?」

「アンジェラには玉ねぎやハーブ類のみじん切りを頼む」

「お任せください」

みじん切りはアンジェラの真骨頂だ。

腕を六本にしたアンジェラは可愛く微笑んで見せた。

「マスター、私は肉用のシェリー風味のソースを作っておけばよろしいでしょうか?」

ゴブは何でもできるワイルドカードだ。

一番役に立つ。

「それは後にしてくれ。先にデザートのクレームランベルセの準備だ。ジャンが分けた卵黄も使ってくれよ」

「畏まりました」

クレームランベルセは言ってしまえば大きな型で焼いた焼きプリンだ。

風味づけにオレンジのリキュールを入れるのが『不死鳥の団』風である。

 自作の保冷箱のお陰で生鮮食品が運べるのがありがたい。

そのせいで荷物は多くなってしまうのが難点ではあるが、T-MUTTの荷台スペースは十分足りているのだ。

しかも次の補給は第七階層の砂漠地帯で出来るので、夕飯くらいは豪華な料理を作ることに決めていた。


「それで、俺は何をしたらいいんだ?」

『アバランチ』から派遣されてきたパイルさんが首をかしげている。

愛嬌のあるブルドッグみたいだ。

パイルさんには付け合わせのジャガイモを茹でてもらおう。

「おう! 俺の得意料理だな」

「ええ。でもゆであがったら皮をむいて、一口大に切って、塩コショウをしてから乾燥バジルをふって、さらにオリーブオイルをふってオーブンで焼きます」

「おお……」

ジャガイモの味を想像しているのだろうか。

パイルさんは反対側に首をかしげる。

「美味しいですよ。出来上がったら味見をしてみましょうね」

ぼんやりと首をかしげていたパイルさんが味見の一言に反応する。

ニィ―っと口角を上げた後に、

「さすがはイッペイちゃんだぜ!」

と、思いっきり背中を叩かれた。

何がさすがなんだよ? 

それよりもマモル君がマジックバリアを自動生成したぞ。

お陰でダメージは入らなかったけど、どんだけパワーが有り余ってるんだよ!


 俺たちが料理をしている間、他の人達ものんびりしているわけではない。

積み荷の整理、武器の手入れなどやらなければならないことは山ほどある。

閣下やアルヴィンでさえ、テーブルや椅子の準備をしたり部屋の掃除を手伝ったりしているのだ。

雑巾を絞る閣下の横でウォルターさんがオロオロしている。

それに対してアルヴィンとシェリーは仲良くテーブルセッティングをしていた。

こちらはボニーに連れられてあちらこちらで強制レベリングをしている間にすっかり作業に慣れてしまったようだ。

シェリーも王子が作業をすることにいちいちハラハラしていない。


 『不死鳥の団』のリビングは45㎡あるのだが、さすがに34人+ゴーレム二体は入りきらない。

一部の人はエントランスにテーブルを出して食べてもらう。


「いよいよ明日は死者の街を越えて第七階層です。今晩は存分に食べて飲んで英気を養いましょう」

俺の挨拶が済んで食事が始まった。

今夜は特別にワインもついている。

ヴァンパイアのセラーにあったヴィンテージものばかりだ。

チョイスは閣下に任せた。

最もこの部屋から出る時に俺の魔法でアルコール分解はさせてもらうけどね。


本日のメニューは、

迷宮編茸のスープ(編茸は第三階層で採集)

ハギースとキャベツの炒め物(ハギースはネピア北部の大きなソーセージ。直径4センチくらいある)

子羊ラムの岩塩包み焼 付け合わせにジャガイモのオーブン焼きとニンジンのグラッセ

クレームランベルセ


「このジャガイモは俺が作ったのだ!」

パイルさんが仲間に自慢している。

「すげーじゃねえかパイル」

「おいおい、マジでうまいぜ!」

仲間たちの反応もいいようだ。

「お前あれだ! 二つ名の『おぼろ』は止めて『奇跡のジャガイモ』にしろ!」

「それはいい! 奇跡のジャガイモ・パイルだ!」

それは褒めているのか? 

パン屋の魔女といい、この国の二つ名のつけ方はおかしい気がする。

いや、パイルさんも悩まないで欲しい。


 明日はいよいよ第七階層の砂漠地帯だ。

約四カ月ぶりなのだが随分離れていた気がする。

ようやく戻ってきたという感慨を持っているのは俺だけじゃなさそうだ。

『アバランチ』も『エンジェル・ウィング』も第七階層より下には特別な思いがあるようだ。

それだけ魅力的な探索地ということでもあるのだ。

乾いた風が巻き上げる砂埃を思い出して武者震いが起きた。

心が、身体が、砂漠への再訪を喜んでいるようだった。

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