第210話 若き日の帝王

 イッペイ達が出発する朝、迷宮はちょっとした騒ぎになっていた。

それもそうだろう。

ネピア迷宮のトップ3チームが連合を組んで、新たな階層の調査へ乗り出したのだから。


 第三階層を探索中の中堅パーティー『マキシマム・ソウル』は構成員35人を誇る大規模パーティーだ。

メンバーが増えれば安全は増すが、その分一人あたりの収入が減ってしまうので、こんなに多人数のパーティーはそういない。

だが、彼らは安全と安定により多くのマージンをとる堅実志向のパーティーだった。

リーダーの名前はライナス。

一見、人の話を聞かない身勝手なリーダーに見える。

しかし実際は、面倒見の良いパーティーリーダーであり、よくわからないカリスマ性を資質として持っていた。

「ライナスさん、後ろからすげぇたくさんの車両が来ますよ」

殿しんがりを務めていた部下の伝令を聞いて、ライナスは小首をかしげる。

「すげぇたくさんって……。報告はもう少し正確にしてくれたまえ。具体的に何台くらいだい?」

「えーと……10台……それ以上です!」

今いる場所は迷宮の主要回廊であり、通路の幅はそれなりにある。

だが多数と多数がすれ違えば混乱が予想された。

『マキシマム・ソウル』はネピア迷宮では一番の大規模パーティーであるが、こちらに向かってくる集団もそれに匹敵するほどの大人数らしい。

「仕方ないね。各班長に通達。いったん支道に避けて車両をやり過ごすように。隊を班ごとに分けるから魔物には十分注意するように伝えてくれ」

部下に指示を出して、兵站を詰め込んだ自分たちのテーラーをわき道に駐車させた。

このテーラーはライナスの数少ない友人であるイッペイが作った車両で、一般に売られている物よりも速度やパワーが優れている。

 ライナスたちが待っていると、やがてピカピカの新型車両が魔導カンテラの光の中にうきあがった。

通り過ぎる車両に乗る人物を見て、ライナスの部下は呻くように声を上げる。

「ラ、ライナスさん。ありゃあ『アバランチ』ですぜ」

「そのようだな……」

部下に言われるまでもなくライナスにもわかっていた。

リーダーのロットだけでなく、メンバーの一人一人が如何ともしがたい覇気をまとっている。

普段は物怖じしないライナスも息を飲んだ。

「すまねぇな、避けてもらって感謝するぜ」

『アバランチ』のリーダーであるロットが軽く手を上げながら通り過ぎていった。

「ラ、ライナスさん……、俺たち、あのロットさんに声かけられちゃいましたよ!」

「ああ……」

内心ではかなり嬉しいのだがライナスは何とかクールなポーカーフェイスを装う。

物事に動じない男がライナスにとってのカッコいいリーダー像なのだ。

「あ、あれ? 次の車両は……。今度は『エンジェル・ウィング』かよ!!」

新たな車列に皆が目を見張る。

「お手間を取らせて相済みません」

パーティーを代表して副長のユージェニー・アンバサが挨拶をしてくる。

ライナスは無言で目礼を返した。

本当はジェニーのようなお嬢様タイプがライナスの好みのド真ん中なのだが、緊張して何も言えなかったのだ。

だがライナスの部下はそのやり取りを見て、リーダーのクールさに感心してしまう。

「さすがはライナスさんだ。俺だったらあんな美人に声をかけられたら完全に鼻の下を伸ばしちゃうんだけどなぁ」

「バカ野郎、ライナスさんは硬派なんだぜ。いくら相手が美人でもお前みたいにデレデレなんてするもんか」

『マキシマム・ソウル』のメンバーたちがそんな話をしていると一台の車両がライナスの前で停車した。

「ライナスさんじゃないですか」

『エンジェル・ウィング』のリーダーだった。先日、イッペイから妻だと紹介されている。

「これは、パトリシア・チェリコークさん。お久しぶりです」

「いやですわ。パティーとお呼びくださいなと前にお願いしましたよね」

パティーとライナスが軽く雑談を交わす。

「後ろからイッペイも来ますから声をかけてやってください」

艶やかな笑顔を残してパティーは去って行った。

驚いたのは『マキシマム・ソウル』の新人たちだ。

「ライナスさんって緋色スカーレットのパティーとお知り合いなんですか?」

「友人の奥さんだよ。おっ、旦那の方がやってきたぞ。おおい! イッペイ!」

ライナスが大きく手を振ると一台の車両が停車した。

「ライナスじゃないか! 久しぶり」

「元気そうで何よりだ。ところでイッペイ、これって3パーティーが連合を組んだってことか?」

「ああ。今回の遠征では本気で第九階層到達を狙ってるんだ」

「そうか……いつの間にか立派になったなぁ」

「メンバーに恵まれただけさ。ライナスだって今じゃネピア最大パーティーのリーダーだろ。今メンバーは何人いるんだ?」

「35人だ。イッペイの所も増えたみたいだな。先日までは六人……いや、四人でやってただろ?」

「今回から新規加入が一気に七人も増えたんだ」

そのメンバーの中には王子や公爵もいるのだが、さすがにその情報はイッペイも伏せている。

「どうやら本気で第九階層を狙ってるみたいだな。今回は俺たちも第五階層へ到達する予定だ」

そう宣言するライナスの顔に以前の浮ついた表情はない。

「そうか。『マキシマム・ソウル』もいよいよ部屋付のパーティーになるんだな」

「ああ。そして俺たちもいつかはイッペイ達に追いついて見せるからな」

「わかってるさ『マキシマム・ソウル』のライナスはやる時はやる男だからな。思い出すよ。ライナスが仕事にあぶれた俺たちポーターを集めて『マキシマム・ソウル』を作った日を」

懐かしい過去に二人はしばし思いを馳せた。


『不死鳥の団』を見送るライナスに新人たちが憧れの眼差しを向けている。

「まさかライナスさんが究極のポーターの親友マブダチだったとはな」

「ああ。しかもイッペイさんが『マキシマム・ソウル』創設メンバーの一人だったなんてびっくりだぜ!」

ざわつくメンバーを前にライナスがすっと右手を上げる。

「俺たちも出発するぞ。各班点呼をとれ。今日中に四階層1区に入るからな!」

後に帝王カイザー・ライナスの二つ名で呼ばれ、構成員500人を超える巨大パーティーを統べる男の若き日の姿だった。




 人員が増え、輸送物資も増大したため俺たちの進行速度はかなり遅くなっている。

暫くは3パーティーがかたまって進んだが、幹線道路は冒険者も多く、結局は別々のルートで第五階層まで向かうことになった。

『アバランチ』のメンバーからは俺のご飯が食べられなくなるからと反対も出たが、なんだかんだで第五階層の噴水広場前に集合する時間を決めて別行動だ。

 『不死鳥の団』は通常ルートを少し外れて、第四階層では迷宮妖精ラビリンスフェアリーのいるミシャカ池によったり、わざと遠回りのルートを選んでいる。

旧知の迷宮妖精に挨拶したり、四層6区の密林地帯でフルーツ類を収穫するためでもあるのだが、一番の理由は閣下とハリハミたちのレベルを上げるためだ。

いくら他のメンバーがサポートするといってもいきなり六層以下はきついだろう。

それなりの実力をつけなくては即死することも考えられるのだ。

幸い三人とも魔法が使えるだけあって保有魔力量が高いのでアサルトライフルやスナイパーライフルを使うことに支障はない。

基本的に出てくる魔物の排除は三人でやって貰っている。

閣下、ハリー、ハーミーのアサルトライフル斉射によりネピア・サイドワインダーがその巨体をどうっと大地に横たえる。

他にもトカゲ種や虫系の魔物の死体が眼前に並んでいる。

「ハア、ハア……すいませんMPが切れかけです…」

喘いでいるハリーへ、にこやかにマリアがMPポーションを与えている。

「頑張ってくださいね。確実に実力は上がっていますから」

微笑みかけられたハリーはぽーっとしてポーションを飲むことを一瞬忘れてしまったようだ。

閣下もウォルターさんから受け取ったMPポーションを飲み干して一息ついている。

「たしかにレベルは嘘のように上がっておるな。まさかこの歳で14もレベルアップするとは思わなんだわ」

閣下の方はご機嫌な様子だ。

ハーミーも俺からポーションを受け取って飲み干している。

「どう? 少しは銃での戦闘に慣れた?」

「はい。レベルアップに従って装備の重さも感じなくなってきました。みなさんのお役に立てるように頑張ります」

真面目に受け答えるハーミーが可愛い。

「緊張は大切だけどそんなに気負うことはないさ。MPは回復した?」

「はい」

素材錬成で取れたてマンゴーをジュースにしたので、ハーミーの魔法で冷やしてもらう。うん、魔法使いが仲間にいるととても便利だ。

美味しいマンゴージュースで休憩して、再び進行を開始する。

今夜は第五階層のパーティールームで一泊して、明日は6時に噴水広場前に集合だ。

だけどその前に『不死鳥の団』のパーティールームで3パーティー合同の夕食会が開かれることになってるんだよね。

『アバランチ』の腹ペコモンスターたちと約束してしまったので撤回はできない。

少し早めにいって準備をしなくては。

ジャン、ハーミー、セシリーさん、ゴブ、アンジェラが手伝ってくれるはずだから何とかなるだろう。

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