第209話 出発の朝

 今日から始まる探索を前に、昨晩は俺とパティーとボニーは三人でねやを共にした。

少し狂気じみた宴は夕方から夜中まで続き、全てを出し切った俺は糸が切れるように眠りに落ちた。

だから、俺が寝た後に、パティーとボニーの間に何かがあったとしても知る由もない。

ただ目覚めた時には、いつものように俺の右側にパティーが、左側にボニーが寝ていた。

おそらく二人の間には問題は起きなかった、そう信じたい。

カーテンの隙間から差し込む朝の光が二人の裸体を照らしている。

その様子は神々しくもあり退廃的でもあった。

そして二人の体温を感じながら、俺はどうしようもなく悲しい気持ちになる。

恋愛というのは、その始まりから終焉を内包しているからなのかもしれない。

「悲しい……顔」

ボニーは起きていたようだ。

「そんなことないさ。ただちょっと罰当たりな光景だなと思ってさ」

ぐしゃぐしゃのシーツの上に裸で横たわる三人の男女。

室内はそれぞれの体液の匂いが充満している。

「神様に怒られちゃいそうだろう?」

「神が私たちを否定するなら……抗うだけ」

さすがのボニーでも神様には敵わないだろうに。

「勝てると思う?」

「たぶん……無理」

ボニーのこういうところが好きだ。

そう、人間が神に敵うわけがない。

「うん……それでも、その時はボニーさんと一緒に戦うよ」

「また……ボニーさんって言った」

「その方が自然なんだよ」

右太ももに冷たい手のひらが当たった。

パティーも起きたようだ。

「そんな戦いがあれば幸せよね。三人で戦っている内はきっと幸せ……」

パティーの言いたいこともなんとなくわかる。

神様相手に三人で戦い、そこで死ぬことが出来ればそれはそれで幸福なことかもしれない。

本当の不幸は俺たち三人に終わりがくることじゃない。

愛に終わりが来ても、俺たちの人生はそれぞれ続いていくということだ。

俺たちは衝動のおもむくままに三人で結ばれた。

後悔はあるがどうしようもなかった気もする。

何を選択したってどうせ後悔はするのだ。


 ボニーの指が俺の股間を淫靡になぞった。

「ボニー?」

「ボニーさん……でしょ!?」

今朝のボニーは攻めたい気分らしい。

滑らかな指先の動きが、絶え間ない刺激を送ってくる。

昨晩はかなり頑張ったのだがまだ足りないの?

「みんなを待たせるわけにはいかないからね。なんせ――」

言いかけた俺の口をパティーが塞いだ。

……ひょっとして、二人も俺と同じ終末の朝を幻視して不安になってしまったかな? 

大丈夫、いつかは終わるとしたって、それまでは走り続けるさ。

三人で幾千もの夜を越えていこう。

パティーの舌に自分の舌を絡めながら思った。

いつか三人がへとへとになるほど結婚に疲れてしまったとしたら……その時は笑うしかないだろう。

「元気に……なった」

ボニーさんが指を離して静かに微笑む。

もういいや。

この後に探索が控えていることを考えれば、最後の営みになる可能性だって無きにしも非ずだ。

この場は快楽と感情の波に身を委ねてしまえ!

「(ゴブ、すまないが……)」

「(心得ております。お時間がくればお呼びいたします)」

最期の理性を使ってゴブに思念を送った。これで安心だ。

「何でだろう? いつもより、お腹がジンジンする……」

そう言ったパティーだけではない。

俺もボニーも迫りくる出発の時間に感じる焦燥が快感を高めているようだ。

「私もすごいことに……なってる」

俺もこの瞬間だけ理性を振り切ってしまおう。

俺たちは手を繋いで快楽の海へと身を投げた。


 迷宮前広場に並んだ新型車両は圧巻だった。

14台の車両の前に34人の人々が集まっている。

『不死鳥の団』『アバランチ』『エンジェル・ウィング』の三パーティーが一堂に会したのだ。

「おっさん、遅いぞ!」

約束の時間には十分間に合ったはずなのにジャンに怒られた。

こいつは30分前から来ていたらしい。

「ちゃんと時間通りに来ただろう?」

「30分前には来てなきゃダメなんだ」

お前は社畜か?

「ジャンの言う通りである!」

祭を前に興奮しきったようなグローブナー公爵にも責められる。

閣下は一時間前から来ていたらしい。

二人とも迷宮に潜るのを今や遅しと待っているようだ。

「おはようリーダー! よろしく頼む」

不死鳥の団標準装備に身を包んだ、リンドバーグ少佐改めオジーが挨拶してくる。

今日は髭も剃って身綺麗にしている。

アサルトスーツがバッチリ似合うイケメン中年だ。

「おはようオジー。装備の方は問題ない?」

「ああ、軽いくせにとんでもなく丈夫でびっくりしてるよ」

酒は完全に抜けて、動作も海軍にいた頃のオジー・リンドバーグに戻っている。

この様子なら迷宮に潜っても大丈夫そうだ。


「イッペイ、そろそろ出発しようじゃないか!」

これ以上は待っていられないといった様子で閣下が声をかけてくる。

俺だって気持ちは同じだ。

興奮を落ち着けるように息を吸い込み、通信機に声をかける。


「イッペイより全部隊へ。これより進行を開始します」

「こちらアバランチ・ロット。打ち合わせ通り先頭を行かせてもらうぜ」

「こちらエンジェル・ウィング・パティー。『アバランチ』突入の五分後に発進します」

長い車列が次々と迷宮の中へ消えていく。

やがて『エンジェル・ウィング』の車列も消えて次は俺たちの番になった。

見送りに来ていたメグとクロ、コーデリアに声をかける。

「そろそろ行くね。ちゃんと勉強するんだぞ」

「はい……」

「……」

クロは寂しそうに返事をするが、メグは無言のまま俯いている。

「メグ?」

「羨ましい……」

え?

ガバッと顔を上げたメグの顔は、自分だけ楽しい遊びを仲間外れにされた少女のようだった。

「私も行きたかったです!」

「メグ……」

普段我儘など言わないメグの言葉に思わず困惑してしまうが、メグはそんな俺の顔を見てにっこりと笑った。

「だから次は、私も参加しますよ!」

いつになるかはわからないが、再びメグとクロと冒険の旅に出る日もあるだろう。

この世界の半分は未だ人跡未踏の地なのだから。

「わかった。その時は世界の向こう側を見に行こう!」

「っ!! はいっ!」

俺たちは、最高の笑顔で別れた。


 ついに『不死鳥の団』『エンジェル・ウィング』『アバランチ』の連合パーティーが迷宮踏破を目指して活動を開始した。

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