第208話 遅れてきたルーキー

 車両や新メンバーの装備もぬかりなく揃った。

ついに明後日は迷宮へ潜ることになっている。

閣下たちも無事に冒険者のギルドカードを取得したぞ。

それにしてもオールバックにして髪を紐で結わえた閣下がアサルトスーツを着るとやたらと渋いのだ。

……あれ? 

閣下のハンドガンが何かおかしくないか? 

俺が渡したのは『不死鳥の団』標準装備のケロッグ17のはずだ。

「閣下、その銃は?」

「おお、これか? 儂に合わせて少しいじってみたのだ」

フレーム後部につけられたあの部品はなんだろう?

「これが気になるのかね? こいつはグリップを握った時に親指をこのように置くためにつけてあるのだ。見てみたまえ。こうするとグリップ上部をスムーズ且つ、しっかりとホールドできる」

うん、確かに握りやすくなっている。

他にもスライド部分にホールを設けて重量を軽くしたり、フラッシュライトをバレルの下に取り付けたり、銃の形状が変わったので専用ホルスターを作ったりと、かなりの凝りようだ。

ケロッグ17 デュークカスタムかよ! 

さすがは研究熱心な閣下だ。


 話し合いを重ねた結果、今回の遠征では『エンジェル・ウィング』と協力関係を結んで第八階層を探索することが決まった。

さらに『エンジェル・ウィング』だけではなく、なんと『アバランチ』までもが協力関係を申し出てくれたのだ。

アバランチほどの実力者なら車両を手に入れさえすれば独力で第八階層を突破できるはずだ。

それが何で協力を申し出てきたのかを俺はロットさんに尋ねた。

「どうして俺たちと協力を?」

「飯が美味くなるからだ」

「ほ、他の理由は?」

「他に? …………ないなっ!」

迷宮内でも美味しいご飯が食べたいというメンバーの総意で決まったらしい。

必要とされることは嬉しいことなので、なるべく美味しいご飯を作ろうと思っている。

だけど三パーティーの連合で今回は34人+ゴブジェラの大所帯になってしまった。

大変だけどゴブ、アンジェラ、ジャン、セシリーさん、ハーミーなんかは料理が得意なので手伝ってもらえば何とかなるだろう。


 夕方、アンジェラとマリアを連れて迷宮ゲート前の商店へ出かけた。

迷宮へ持ち込むための資材と食料の最終チェックをするためだ。

大人数だけあって荷物の量はとても多いのだが、全パーティーの車両を合わせると14台になるので運搬は比較的楽ではある。

だが、漏れの無いようにチェックするのは大仕事だ。

「大丈夫です。全てリスト通り揃ってます」

マリアが積み荷の検品を行い、アンジェラが料金の計算チェックをしてくれた。

この二人に任せておけば心配は要らない。

「二人ともお疲れ様。どこかで休んでいこう」

アンジェラはゴーレムなのでカロリー摂取は必要ないのだが、飲食をするふりはできる。

本人曰く、雰囲気だけでも楽しめるそうだ。

俺たちはゲート前の目についた店に入った。

酒だけでなくコーヒーや紅茶も飲める店だ。

夕方なので、店内は探索を終えた冒険者たちで賑わっている。

カウンター席について注文をしようとしたときに、隣に座った男に目が行った。

薄汚れた服に無精ひげ、既にかなりの酒を飲んだようで上半身をフラフラさせている。

店が混んでいるのにも関わらず俺は思わず大声を出してしまった。

「リンドバーグ少佐!」

少佐はアルコールに濁った眼を俺に向けて、陽気に笑って見せた。

少佐に会うのは三週間ぶりだ。

「誰かと思えばイッペイ君じゃないか! コイツはいい! 再会を祝して飲もうじゃないか!」

少佐の様子は明らかにおかしい。

リンドバーグ少佐と言えば、パリッとした白い軍服を粋に着こなす、イケメン日焼け爽やか中年だったはずだ。

今の姿はどう見たって、酒に溺れたイケメンダメ男だ。

「何があったんですか少佐。軍をお辞めになるのは聞きましたが……」

「……ああ、軍は除隊したよ。退職金もしっかり貰ったさ」

陽気だった少佐の声が沈む。

「それじゃあ……」

「くっくっくっ、笑える話さ。例の仕事の報酬、退職金、いままで貯めた金、全部持っていかれちまった!」

少佐は狂ったように笑いだす。

「持っていかれたって……」

「元恋人だよ! ケニーの奴、信じて預けた酒場の開店資金を銅貨一枚残さず全部持ってったのさ! なっ! 笑えるだろう!?」

少佐一人が笑っていた。

「あとで聞いた話だが、若い男がいたらしい。これでも色男を気取ってたんだぜ。飛んだ間抜けなのにさ」

聞いてるだけでこっちまで辛くなる。

「エールをもう一杯くれ!」

酒の追加を頼む少佐が心配ではあるが止めることはできなかった。

「300リムだよ」

バーテンダーに言われて、少佐は懐を探るが出てきたのは銅貨が2枚だけだった。

「200リムじゃあ出せないな」

こんなやり取りはしょっちゅうなのだろう。

バーテンダーは何の感情も見せずに別の所へ行こうとしたその時だった。

「これでエールを」

マリアが酒代を店員に渡したのだ。

ほんの刹那、驚いたような店員だったが、すぐに元のポーカーフェイスに戻って酒を注いだ。

「どうぞ少佐。お飲みになってください」

「い、いやしかし……」

まさかマリアが出してくれるとは思わなかったのだろう。

少佐もカウンターに置かれたエールに手を付けることを躊躇っている。

「本当にお飲みになりたいのならいくらでも私が立て替えます。好きなだけお飲みください。でも、もし少佐がよろしかったら、明日一緒に迷宮へ行きませんか?」

責めるでもなく、押し付けるでもなくマリアの態度は自然だった。

少佐は考え込むようにグラスを見つめている。

「ようよう姉ちゃん、俺たちにも奢ってくれよ!」

二人のやり取りを見ていたテーブル席の四人組の冒険者が声をかけてきた。

「ひょぉ、いい身体してんなぁ! たまんねえや!」

「酒なんかいいから、そのでっかいお胸でおれのモノを挟んでくれよ!」

「たぁっぷり楽しましてやんぜぇ!」

やれやれ、どうしてこんなにストレートに思ったことを口にできるのだろう? 

不思議なほどだ。

じろりと少佐が冒険者たちを睨みつけた。

「お前たち失礼なことをいうな。謝罪しろ」

「……なんだよおっさん、やろうっていうのか?」

少佐の迫力に一瞬たじろぐが、かなり酒が入っていることを見て取った冒険者たちは更に挑発的な言葉を投げかけてきた。

「へっ、女の前だからって格好つけやがって。お前じゃ足腰が立たなさそうだから、俺たちが代わって可愛がってやるって言ってんだよ」

「そうそう、四人掛かりでヒーヒー言わせてやんぞ!」

カウンターに捕まりながらだが少佐が立ち上がった。

「排除しますか?」

聞いてくるアンジェラを制して様子を見ることにする。

「少佐、相手にすることなんてないですよ」

マリアはまったく気にしていないようだ。

「いえ、マリアさん。あいつらに謝罪させます。……お前たち、表へ出ろ!」

ひと悶着起きそうですな。

普段の少佐ならあの程度の冒険者など一人でのしてしまうだろう。

だけど今日は足元がおぼつかない様子だ。

「へ、あんなに酔っぱらってるんだ。四人で囲んでボコボコにしてやれ!」

一応忠告しといてあげようかな?

「今のはアンタらが悪いぞ。早いとこ謝ったほうがいい」

「うるせぇ平たい顔! てめえも痛い目にあいたいか?」

あいたいわけがない。

ここは少佐にお任せしますか。

俺はそっと回復魔法で少佐の血中アルコールを分解してしまう。

「あとは頼みますよ少佐」

「お? ……すまないイッペイ君」

一分もかからずに冒険者たちは叩きのめされてしまった。

俺が冒険者たちの酒に黒歴史玉を混ぜて戻ってくると、マリアと少佐が話をしている。

「少佐、あんなことされなくてもよかったのです」

「すみませんマリアさん。貴女のことをあんな風に言うやつらが許せませんでした」

おお! 

なんかいい感じだ。

「それと……俺はもう軍を除隊しました。少佐はやめて下さい」

「はい、リンドバーグさん」

「できればオジーと呼んでもらえると嬉しいです」

少佐に微笑みかけるマリアは一見いつも通りだ。

マリアは誰にでも優しくて親切である。

だけどあの笑顔はなんとなく普段と違う気がする。

ひょっとしてマリアは少し弱い面を見せる人がタイプなのかもしれない。

私が助けてあげなきゃ的な考え方の人だ。

古い言い回しでナイチンゲール症候群だっけ?

「マスター、あれはオスの求愛行動の一種でしょうか?」

「そこまで端的なものじゃないさ」

アンジェラは残念そうな顔をする。

「違うのですか……」

「まあ、お互い憎からず思っているようだけどね。親密になるにはもう少し時間が必要だと思うよ」

今後どうなるかなんて誰もわからない。

でも同じ時間を共有すれば二人の距離は縮まっていくだろう。

「リンドバーグさん、どうします? 『不死鳥の団』は貴方を歓迎しますよ」

「イッペイ君…………よろしく頼む」

不死鳥の団に新たなメンバーが加わった。

僅かに明るさを残す春の空を、糸杉の上にのぼった銀の月が飾っている。

新たな門出にふさわしい風情のある夕暮れだ。


「生まれてきてごめんなさいぃぃぃ!!!」

「俺は最低の奴だ! ウジ虫以下の人間だ!」

「許して下さい! 許して下さい! 許して下さい! 許して下さい!」

あ、店に戻ったごろつき冒険者たちが黒歴史玉入りの酒を飲んだな。

予想以上にきいているようだ。

「せっかくの雰囲気が台無しですね」

アンジェラに嫌味を言われながら俺たちは迷宮ゲート前広場を後にした。

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