第213話 白夜の雪原

 ワルザドの東34キロ。

この場所に鎮座する砂岩の中に俺たちの秘密ドックがある。

内部には『不死鳥の団』の飛空船・ジローさん1号、荷物搬入用のゴーレム・FP部隊(five porters部隊)、砂漠用偵察ゴーレム・ススム君などが眠り、若干の保存食や資材、現金、魔石なども隠してある。


「開けゴマ!」

怪しい呪文を唱えながら素材錬成で砂岩に穴を開けて入口にする。

「アリババと40人の盗賊」を知らない皆に不思議そうな眼で見られてしまった。

ちょっと恥ずかしい。

「よし、FP部隊と協力して手持ちの資材の搬入をするよ」

現在、このドックには『不死鳥の団』しか来ていない。

パティーたち『エンジェル・ウィング』にはワルザドの街で資材の買い付けをしてもらっているからだ。

特に金属類を優先して購入してもらうよう頼んである。

これは次の第八階層で使う大型雪上トレーラーを作るために必要なのだ。

できれば原油なども手に入れて欲しい。

燃料ではなく素材錬成でプラスチックや断熱材を作るために欲しいのだ。

地上からもいくらかは持ってきているのだが、輸送時間を短縮するために現地購入する予定で来ている。

食料も含めてワルザドだけでは足りないかもしれないが交易都市バスマにもよれば欲しいものはほぼ全部揃うだろう。

最悪、大賢者ミズキの資料を元に鉱物や原油の採集に行ってもいいかな。

幸い飛空船があるので移動時間はほとんどかからない。


 飛空船をみた閣下が大興奮している。

空飛ぶ船が珍しくて仕方がないようだ。

ずっと欲しかった玩具を買って貰った子どもみたいだな。

荷物の搬入はFP部隊がいるので手は足りているから、閣下にはジローさんのメンテナンスを手伝ってもらいながら各種機能などを説明していく。

「ジローさんおはよう。セルフチェックをしてくれ」

ジローさんはゴブやアンジェラと同じゴーレムなので俺の命令をある程度理解できる。

計器類や各種機械の状態をジローさんが自己診断している間に、俺たちは浮遊装置を起動する。

「イッペイ、これが浮遊装置かね?」

フロアの真ん中に埋められた装置を閣下がしげしげと観察しだした。

「そうです閣下。大きな声では言えませんがCランク魔石を使用して作成しています」

Cランクの魔石は本来国に提出義務のある高ランク魔石だが、グローブナー公爵がそんなことを気にするはずもない。

むしろ浮遊装置の仕組みに気をとられている。

「なるほど重力魔法の術式か!」

「はい。浮遊装置が上方向に発生させた重力波で既存の重力の作用を打ち消す仕組みです」

「言うだけなら単純だが、これほどの質量の物を浮き上がらせるとは大したものだ」

「それゆえのCランク魔石ですね。計算では400トンくらいまでなら浮遊させることが可能です」

余談だが飛空船のすごいところとは燃料が魔力ということだ。

これの何処が凄いかというと、魔力には質量がほとんどないという点である。

つまり燃料の重さとスペースを考えなくていいということになるのだ。

例えばジャンボジェットの燃料はだいたい100トンと言われている。

それに対してMPは俺が補給すればほとんど重さはないし、魔石を利用する場合でも、同じ飛行距離でジェット燃料の1000分の1以下の重量で済む。

当然燃料タンクに相当するものも小さくなる。

だから、その分だけ飛空船本体や積み荷、搭乗員を増やすことが出来てしまう。

材料さえあればジローさんとジローさん2号はまだまだ大きくすることが出来るというわけだ。


 荷物を搬入し終わったジャンたちがガヤガヤとデッキに入ってきた。

「おっさん、終わったぜ。早速出発するか?」

「こちらもあらかた終わったよ。ジャンは操縦桿のチェックをしてくれ」

「おう。最初は久しぶりに俺に操縦させてくれよ」

「わかった。ワルザドまでの航路をモニターに出すから風を読みながら頼む」

「了解!」

「マリアは各種センサーのチェックを頼む。ジローさんのセルフチェックでは異常なしだが、手動でも確認しておいてくれ」

「はい。閣下たちも説明を聞いておいてください。レーダーやソナーの使い方を説明をしますね」

レーダーやソナーという言葉に早速閣下が食いついていた。

それでいい。

マリアはよくわかっている。

マリアだけが出来ても仕方がないのだ。

全員が船の扱いに長けてなければならない。

『不死鳥の団』は操縦やセンサー、機銃などの使い方をローテーションで練習しながら、ジローさんを低高度でゆっくりと進ませた。




 ラーサ砂漠での輸送を何往復も繰り返し、ようやく西のデザル神殿に『不死鳥の団』と『エンジェル・ウィング』、そして必要な物資が揃った。

入口の街ワルザドについてから一週間がたっている。

『アバランチ』はまだ到着していないが、予定通り先に第八階層へ入りベースキャンプを作ることにした。

「それじゃあ、先遣隊は突入をお願いします。安全の確保ができ次第、拠点構築班が以前使っていたベースキャンプを治しますので、それが終わり次第、資材搬入班も逐次転送魔法陣に乗ってください」

 転送先でいきなり魔物と遭遇するのはよろしくないので、先遣隊が偵察をすることになっている。

先遣隊の隊長はボニーが勤め、ジャン、ジェニーさん、ゴブ、などの10名が最初に突入する。

暫くして魔法陣からジェニーさんが帰還した。

「第八階層入口付近の安全を確保しました。魔物などの敵影は今のところ見当たりません。T-MUTTにて半径3キロ内を索敵済みです」

ジェニーさんは相変わらずのクールビューティーだ。

伯爵家のお嬢様らしい気品も健在である。

「了解しました。それでは拠点構築班入ります」

拠点構築班は素材錬成が使える俺とグローブナー公爵、水魔法が使える『エンジェル・ウィング』のメンバーの一人、閣下の護衛としてウォルターさんの四人だ。

残りはパティーの指揮の元、資材搬入班である。


 久々の氷雪地帯は随分暖かく感じた。

もちろん砂漠から来たので寒いは寒いのだが、気温はマイナス13℃だ。

以前来た時は氷点下30℃なんて日が続いていたのでそれと比べるとずっと暖かい。

しかも前回は太陽が昇らない極夜の時期だったが、今回は太陽が沈まない白夜の時期になる。

以前には見渡せなかった白い氷の水平線が見える。

気象観測装置をシャムニクの家のてっぺんに設置させてもらっているので後で確認すれば気候の移り変わりがよくわかるだろう。

お土産に肉でも持っていくとするか。

爺ちゃんには新しいソリを作ってきた。

軽くて丈夫だからきっと喜んでくれるだろう。

皆に会えるのが楽しみで仕方がない。

あそこはほとんどが平たい顔だから落ち着くんだよね。

前回の探索で使った拠点はそれほど傷んでなく、僅かな補修で済んだ。

拠点の中に置いてきたジローさん2号もざっと見たところ故障個所はなさそうだ。

浮遊装置を1号から付け替えてやれば問題なく動くだろう。


 こまごまとした雑事を終えると既に夜だが、太陽は登ったままだ。

このような環境にいるので氷雪地帯の人は時間というモノをあまり気にしない。

狩り以外では全員が好きな時に寝て、好きな時に食べる生活をしている。

今からシャムニクを訪ねていっても多分問題にはならないだろう。

寝ているのなら出直せばいいし、誰か起きていれば話し相手になってくれると思う。

ジローさん2号のテスト飛行がてらシャムニクたちのいるアラートアを見に行くことにした。

護衛をゴブとアンジェラに頼みアラートアへ向かった。

「アンジェラ、身体の調子はどうだい?」

「問題ありません。異常が出るとすればマイナス50℃くらいからではないかとお兄様も仰ってました」

ゴブがそういうなら大丈夫だろう。

「それに流体金属を内部で動かせば発熱もできます。マスターこそ寒い時はおっしゃってくださいね、優しく抱きしめて差し上げますから」

「その時は湯たんぽ代わりにさせてもらうよ」

妖しく微笑むアンジェラをゴブが窘めた。

「これアンジェラ。パティー様とボニー様に不快な思いをさ……」

突然ゴブが口をつぐんでしまう。

「どうしたゴブ?」

「マスター、下をご覧ください」

メインモニターにゴブが映像を送ってきた。

「なっ!」

言葉をつなぐことが出来なかった。白一色の氷の大地に、僅かにわかる人の集落の跡がある。だがそれは損壊し、人がいなくなったアラートアだった。

「センサーに反応なし。周囲10キロ以内に魔物および人間の反応はありません」

ゴブが促すように俺の顔を見る。

僅かに右手が暖かいと思ったら、アンジェラに手を握られていた。

落ち着かなくてはならないな。

大きく深呼吸してからジローさんに命令を出す。

「ジローさん、着陸態勢に移行」

先ずは何があったのかを確かめなければならない。

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