第206話 一夜明けて
目を覚ますと俺の右側にパティーが、左側にボニーが寝ていた。
いろいろと心配したが「案ずるより産むが易し」という諺の通りだった。
やってみれば何とかなるものだ。
二人とも一流の冒険者だけあって連携をとるのがとても上手かった……。
「もう起きてるんだろう?」
昨日はボニーを優先したので、朝のキスはパティーからだ。
……ずっとこんなに気を使わなくてはならないのだろうか?
その内二人とも気にしなくなるかもしれないけど、そういう油断が破局を呼びそうな気もする。
せいぜい気をつけることにしよう。
朝食のために食堂へ行くとジャン、マリア、ハリー、ハーミー、アルヴィン王子、シェリー、さらにはグローブナー公爵とウォルターさんまで来ていた。
食卓には既にゴブとアンジェラが用意した食事が湯気を立てている。
ゆったりとした部屋着を着た俺たち三人を全員が奇異の眼で見ている。
「お、おっさん……」
「……」
みんなが来ているとは思わなかったので、一瞬だけ思考回路が止まってしまった。
「あ~、なんというか……三人で暮らすことにした」
俺たちを見つめる目が見開かれる。
そんな中でマリアがひとり立ち上がり、ゆっくりとボニーの元へ来た。
「よかった……本当によかった」
ボニーを優しく抱きしめながらマリアの眼からはポロポロと大粒の涙が零れていた。
「マリ……ア」
「ずっと近くにいたからボニーさんの気持は痛い程伝わっていましたよ……幸せになってください……ね」
いつも仲間の気持に心を砕いているマリアだからこそ、ずっとボニーの心配をしていたのだろう。
ボニーを抱きしめるマリアの姿は聖母のように慈愛に溢れていた。
「……」
優しいマリアの横でジャンが俺の顔をまじまじと見てくる。
「なんだよジャン?」
「おっさん、正気か?」
「当たり前だろう。既に俺のキャパシティーを超えかけているけどな」
「……はじめておっさんを尊敬したぜ」
何か知らんがあのジャンが俺を尊敬してくれたらしい。
誇らしく思っていいんだよな?
「あの……パティーさんはそれでいいんですか?」
生真面目な顔でハーミーがパティーに声をかける。
ハーミーにしてみればパティーの方に思い入れがあるのでパティーの味方をしたいのだろう。
「ええ。独占欲がないと言えば嘘になるけど、自分でも不思議なくらいこの状況に納得しているの。……アルヴィン殿下、私の心を読んでくださいませ」
パティーの言葉を聞いてボニーもパティーの横に並ぶ。
「うん……私も」
二人とも神殿で神の前に誓いを立てるようにアルビン殿下の前に立った。
「い、いや……その、よいのか?」
殿下は困ったように俺とシェリーに視線を送るが、シェリーに頷かれて『読心』の魔法を発動した。
「ま、間違いない。二人とも複雑な思いはあるが、この状況に納得している」
殿下の宣誓に二人は俺を振り返る。
「どう、安心してくれた?」
「私たちを……信じろ」
そこまでしてくれたら俺も自分の気持をきちんと見せておいたほうがいいな。
「殿下、厚かましいお願いですが、私の心も読んでもらえませんか。私は等しく二人を愛しています」
今度は躊躇うことなく殿下は俺の心を読んでいく。
「こちらも間違いない。イッペイはこの二人だけを等しく愛しておる!」
朝食の席が拍手で包まれた。
和やかに始まった朝食会だったが、焼き立てのマフィンを頬張りながらジャンがまず質問してきた。
「それにしても、今後の迷宮探索はどうするんだ? パティーさんだけ一緒じゃないっていうのもまずいんじゃないか?」
それは俺も感じていた。
「そうなんだけど、『エンジェル・ウィング』のメンバーの意向も聞かなきゃならないだろう? 俺たちだけで決められるもんじゃないよ」
「探索が出来るんなら俺は何でもいいぜ。おっさんの方で適当に決めてくれ」
ジャンなりに気を使ってくれているんだな。
お礼にバナナの房をとってやった。
マリアもジャンと同じ意見だそうだ。
問題は『エンジェル・ウィング』の方だな。
三人婚をはたしたなんていったらユージェニーさんに白い眼で見られそうだが、きちんと話し合わなくてはならないだろう。
今後のことはネピアに帰るまでは保留とした。
「さて、少々よいだろうか?」
全員の話が落ち着いたところでグローブナー公爵が重々しく口を開いた。
「この度は海軍をはじめ諸君らには多大な犠牲を強いてしまった。ここまでの襲撃を受けるとは予想外だったとはいえ、これも私の予測の甘さが招いた事態だ。すまなかった」
グローブナー公爵は深々と頭を下げた。
ネピアの貴族とは思えない潔さであった。
「幸いにも敵を退けることが出来たのは諸君らの働きがあってこそだ。十二分に報いるつもりだ。既に海軍の方には昨夕の内に出向いて報酬、補償、遺族への見舞金などの話し合いは終えてきている。君たちへの報酬と補償も惜しまないつもりだ。遠慮なく言ってくれたまえ」
なるほど、魚雷四発分の魔石と素材は回収できるのかな?
でも、魚雷の存在がばれてしまうんだよな。
今のところ戦後のどさくさで誰からも突っ込まれていないけど、あの戦闘をきちんと検証すれば、四隻の艦船が次々と撃沈したのはどうみても不自然だ。
でも、閣下なら魚雷の存在を秘密にしてくれる気もする。
迷宮内ならDランク魔石も比較的楽に手に入るが、個人への売却が禁止されている地上では手に入れるのが厄介なのだ。
俺は思い切って事情を閣下に打ち明けてみることにした。
俺の話を聞いていた閣下はしばらく沈黙のうちに何かを考えていた。
「なるほどのぉ……あれはイッペイの魔導兵器の仕業か。確かにあんなものの存在が権力者たちにばれれば大ごとになるな……。あれだけではない。この船の真の設備を見れば各国がこぞってイッペイを欲しがるだろう」
やっぱりそうか。
いざとなれば亡命も辞さないんだけど、ボトルズ王国にもだいぶ慣れてきたので、なるべくなら移住はしたくない。
ネピア迷宮の探索も終わってないもんね。
「イッペイの魔道具は迷宮の探索……ひいてはこの世の未知の領域に光を当てるためだけに使われるべきだと儂は思う」
そこまで大袈裟ではないが、概ねそんな感じです。
「イッペイ、秘密結社を作らぬか?」
はあ?
「閣下、おっしゃっていることの意味が私には……」
「『不死鳥の団』の技術は秘匿されるべきものが多い。ならばそれを行使する人間には秘密の行動が必要だろうし、庇護する者も必要だろう」
なるほど……。
秘密結社というとあれですか?
フリーメイソンとか薔薇十字とか鷹の爪とか?
ここでウォルターさんが諦めた様な声を出す。
「それらしいことを仰っていますが、ようは閣下ご自身が『不死鳥の団』にお入りになりたいだけなのです。」
ああ……なるほど。
「な、何を言うか。儂は博物学と迷宮探索の未来のためにだな――」
「ご自身の好奇心のためにです」
「うっ……」
閣下は言葉を詰まらせてしまうが、俺もある意味同類だから閣下の気持はよくわかる。
「ひゃ、百歩譲ってウォルターの言を否定しなくてもだな、儂は回復魔法を使える。素材や魔物にも詳しいぞ。錬成魔法も使えるし、公爵ゆえに魔石の持ち出し制限が一部免除されるのだ。儂も迷宮探索に加えてくれんかのぉ?」
今度は自己アピールを始めたぞ。
そういえば上級貴族が直接迷宮に入った場合、魔石の一部持ち出し制限免除があるらしい。
と言ってもDランク2個までとか、Eランク4個までとかそれぐらいだったはずだ。
「それを言うなら私も王族故に制限免除があるぞ。剣の腕も大分上がってきておる。これは師匠のお墨付きだ」
今度はアルヴィン殿下か。
二人とも『不死鳥の団』に入りたいってこと?
「お二人とも本気ですか?」
叔父と甥はそれぞれ重々しく頷いている。
「これって問題ないんですか?」
思わずウォルターさんとシェリーに聞いてしまう。
「実例がないだけで法律上はなんの問題もありません……」
ウォルターさんの声は半分諦めている。
シェリーは無言で首を振るだけだった。
皆に意見を求めたが俺に一任するそうだ。
閣下も殿下も嫌いじゃない。
一緒に迷宮を探索するには楽しい同行者だろう。
「迷宮では何の保証も出来ませんよ。ご自分のことは全部やる覚悟がおありですか?」
「もちろんだ。この身が老いに朽ち果てる前に、迷宮を探索できることを嬉しく思う」
閣下は相変わらず少年のような瞳をしている。
「長らく宮殿に閉じこもっていたのだ。それを取り返しても罰は当たるまい。今日から私はアルビン王子ではない。私のことはアルと呼んでくれ」
さすがに王子はお忍びで探索するのね。
その方が何かと都合がいいだろう。
こうして『不死鳥の団』はメンバーを大いに増やすことになった。
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