第205話 俺たちの出した結論
結果を言ってしまえば、我々は海賊を撃退することに成功した。
ゴブのジューC-4爆弾投下により、敵の指揮系統に壊滅的な打撃を与えたのが一番の原因と言える。
これにより海軍が戦線を押し戻し、タイミングを見計らって現れたグローブナー公爵率いる一団が海賊を挟撃することによって、敵を壊走させるに至らしめたわけだ。
そこまではいい。
戦闘後の処理や、海賊たちが態勢を立て直して再攻撃してくる恐れもあったりして、早々にブロング島を離れたりと色々あったのだが、そんなこともどうでもいい。
一体全体この状況は何なんだ?
俺は今、クルーザーのリビングでボニーさんとパティーの二人を前にして座っている。
さっきから二人とも一言も喋らず、嫌な緊張が場を支配していた。
状況を敏感に感じ取ったのかジャンたちは殿下のスクーナーに行ってしまった。
なんとハリハミまでスクーナーへ逃げ出している。
いまこの船に乗っているのは俺とパティーとボニーさん、それとゴブ、アンジェラのゴーレム兄妹だけだ。
「……どうしたの? さっきから二人とも黙り込んで」
「あ……」
「う……ん」
何だろう?
俺が何かしたのか?
二人とも怒っているみたいだけど、ボニーさんの顔が少し赤い。
大きく息を吸い込んだパティーが口を開く。
「イッペイ…………」
だがその後が続かない。
「うん。どうしたの?」
「ボニーを…………、ううん、……ボニーの刀を見たわ」
少しだけ話が見えてきた。
後ろめたいことは何もしていないのだが、パティーがあれを見てしまえば何らかの反応を示すことは前から懸念していたことだった。
それくらいあの刀は特別なのだ。
「イッペイはどう考えて……どういう気持ちであれを作ったの」
パティーがそう聞いてくるのも理解できる。
逆の立場だったら俺だって嫉妬に身を焦がすだろう。
俺は生涯最高傑作ともいえる武器を錬成し、それを剣士であるパティーに贈らずに、ボニーさんに贈ったのだ。
「あの刀はボニーさんの為を考えて作った。それだけだよ」
「ほん……とうに?」
ボニーさんの表情からは何も読み取れない。
だけど俺の表情からは簡単に俺の嘘がばれているだろう。
本当はそんな単純なものではない。
彼女への秘めた想いを籠めた刀だ。
ボニーさんが俺に示してくれる好意に対する、決して打ち明けることのできない答えをあの刀に託した。
「イッペイ、正直に答えて。イッペイはボニーのことを愛しているの?」
どうしてそんなことを聞くのかな?
俺がそれに答えたら、壊れてしまうものだってあるだろう。
「それを聞いてパティーはどうしたいの?」
「わからない……わからないけどきちんと聞いておきたいの」
パティーには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
だって、俺はパティーと同じくらいボニーさんのことが好きだから。
ただ、ボニーさんと出会った時には既にパティーと恋人同士だったので、ボニーさんの気持には応えられなかった。
どちらかを選べない俺は、自分の知っている社会的倫理に照らし合わせてパティーを選んだだけだ。
言葉にしてみれば随分チープな理由に思える。
だが、このことを口に出してどうなるというのだ。
俺はパティーを失うかもしれない。
そして、パティーを失ったからと、ボニーさんに乗り換えるような真似はしたくなかった。
「迷宮の冷たい石の上……灼熱の砂……極寒の氷雪地帯……いつも私の横にイッペイがいて……私は幸せだった。……イッペイは?」
「ボニーさん……」
「答えて……イッペイは幸せだった?」
困ったな。
そんな風に聞かれたら答えないわけにはいかないじゃないか。
ごめんねパティー。
ごめんねボニーさん。
出来ることなら上手な嘘をついて、誰一人傷つけずにこの場をやり過ごしたかった。
だけど、もう俺にできるのは真摯に自分の気持を伝えることだけだ。
「新婚のパティーにこんなことを言うなんて、ひどい男だと思う。だけど……本当は選べないんだよ。どちらが好きなんて言えないんだ。二人のことを……同じくらい愛しているんだ」
パティーだけを愛していると嘘をついてパティーと幸せに暮らすよりも、二人の前から姿を消す覚悟で本当のことを言ってしまった。
「そう……そうだったんだ」
怒りの表情も見せずにうなだれてしまうパティーが痛々しい。
「それを聞いたら、もうイッペイと元のような関係には戻れない」
パティーの言葉に頭の中が真っ白になる。
「今後は……どうするつもり?」
そんなことすぐにはわからないよボニーさん。
『不死鳥の団』の皆には悪いが、探索だって継続は難しい。
パティーと別れてボニーさんと一緒にいるというのも違う気がした。
俺たちはポツリポツリと言葉を繋いでこれからの三人について語り合った。
六時間後
一体全体この状況は何なんだ?
俺たち三人は下着姿でベッドの上に座っている。
「あのさ……本当に三人でするの?」
俺の質問にパティーもボニーも無言で頷く。(話し合いの中でボニーにさん付けをするのは禁じられてしまった)
パティーは俺の好きな白のレースのついた上下。
ボニーも今日はブラジャーをつけていた。
色は黒のお揃いだ。
キングサイズのベッドは三人で使用しても十分な広さがあるから何の問題もない。
いや、そんなことは関係ないか。
寝室に移動する前に話し合いでこうしてみようと決まったのだが、じっさいどうすればいいんだ?
協議の中で俺は必ず二人を平等に扱うという取り決めがなされた。
だとしたら、どっちから触れればいいんだよ!?
相手に呼びかける順番だってあるだろう。
「ボニー、パティー……」
アルファベット順で呼びかけてみた。
呼びかけの順番がボニーからだったので、パティーから順番に手をつなぐ。
なんでこんなに気を使わなくてはならないんだ!
ハーレムとかだったらご主人様の思うままなのだろうが、俺たちのはハーレムとは違う。
言ってみれば「三人婚」というやつを試してみようということになったのだ。
そう、俺たちは三人で結婚生活を初めて見ることにしたのだ。
「あのね、イッペイの思うようにやってみて」
「私も……異存ない」
そうやって丸投げされるのも困るんだよね。
とはいえ「船頭多くして船山に上る」ともいうもんな。
「それでは、今日は歳の順でボニーさんをいろいろ先にします。例えば、キスとか」
二人はウンウンと頷いている。
……なんか口に出して言うのが凄く恥ずかしい。
「次回はパティーを先にするからね。で、俺ばかりがイニシアチブをとるのは不平等だと思うので、次回から順番で主導権をとる人を回していくといいんじゃないかな?」
「私が命令して……いいの?」
「無茶なのは嫌よ」
「俺も痛いのはちょっと……」
「大丈夫……三人で気持ちよくなる」
言ってるボニーも、聞いてる俺とパティーも思わず顔が火照る。
「じゃあ……始めよっか」
興奮もしているのだが、同じくらい緊張もしている。
とにかく俺たちはこういう結論に至った。
だったら三人で幸せになるしかない。
今夜はそのための第一歩みたいなものだ。
落とされた部屋の照明の中、薄っすらとパティーの褐色の肌とボニーの白い肌が見えている。
大きく深呼吸をついて、静かに、慌てないように、優しく、二人を同時に抱きしめた。
クルーザーの操舵室ではゴブとアンジェラがのんびりと椅子に座って船を走らせている。
夜間ではあるが、海賊たちに追撃されないためにもエリエルの港を目指して運航を止めていないのだ。
「お兄様、どうやらマスターたちは一つの方向を見出したようですね」
「そのようだね。これがあの方たちにとって自然な形なら、きっとうまくいくはずだよ」
ゴブの態度は満足そうだ。
「よかったですわ。お兄様もマスターと同じですから」
「どういうことかな?」
「お兄様もパティー様とボニー様を等しく愛していらっしゃるでしょう?」
「はっはっはっ、アンジェラの言う通りだ」
この選択が三人に幸あるものであって欲しい、ゴブはただそれだけを願っていた。
「最初はぎこちなかったけど……順調ですわね……」
アンジェラが呟く。
アンジェラは今クルーザーのセンサーと100パーセントシンクロしている。
だから船内で起こっている事象でアンジェラが把握できないことは何もない。
「……三人とも段々大胆になってきました」
「アンジェラ?」
「時間と経験っていろいろなことを解決するのですね! まあ、二人掛かりでマスターのモノを……」
「これ、アンジェラ。マスターのプライベートを覗いてはいけないよ」
「だって、すごいんですのよ。まあ、パティー様ったらあんなことまで!」
「アンジェラ!」
「でもでも……マスターったらスキャンを使って愛撫なさるのねって―――わかりました。そんな怖いお顔で睨まないでください」
「次にやったらお仕置きですよ」
「本当はお兄様が一番見たいくせに」
「何か言いましたか!?」
「何でもありませんわ、ごめんなさい」
謝りながらもアンジェラの顔には反省の色は見えない。
「まったく……」
一言呟くと、ゴブは水平線の彼方を見遣った。
漆黒の闇の中に銀色の細い新月が浮かんでいる。
マスターは幸運にも、もう一人の素晴らしい伴侶を得られた。
もしも翼があればあの月まで飛んで行けそうだ、内から込み上げる喜びにゴブはそんな気持になっていた。
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