第204話 ゴブの切り札

 ジャンたちがポーラ・スター号へ移ってからしばらくの時が経った。

船上からは相変わらず戦闘音が響いてくるのだが、運ばれてくる負傷者の数は減っている。

ひょっとして形勢はこちらに有利に傾いているのかもしれない。

そんなことを考えていたら新たな患者が運ばれてきた。

左膝の下から足が取れかけている。

傷口は止血も儘ならず、大量の出血が続いていた。

「ここへ寝かせろ!」

怪我人が床に置かれる時間ももどかしく、回復魔法をかけていく。

999999ある俺のMPが400000を切っていた。

昼からずっと続く戦闘にMPの回復が追い付いていない。

切断されかけていた足をくっつけて疲労を取り除いてやると海兵は目を覚ました。

「地獄にいる夢をみた……」

「悪いけどそれは夢じゃないよ」

「そうか……ここも戦場か」

遣り切れないといった顔をした後、海兵は元気に起き上がった。

「なあ、運ばれてくる負傷者が減っているんだが、戦況はどうなっている?」

「わが軍優勢ってわけじゃない。単に負傷者を運んでる余裕がなくなってるんだよ」

状況はかなりヤバいようだ。

この場は船医に任せて俺も甲板に出ることにした。

危険ではあるが現地で治療した方が早いだろう。


 甲板に上がると大勢の兵士が倒れているのが見える。

「カッ!」と乾いた音をたててマモル君が自動生成したマジックシールドが矢を弾いた。

流れ矢だろうがいきなり攻撃を受けてしまったぞ。

港につながる艀はしけは外されていたが、何とか船によじ登ろうと海賊たちはロープをかけて登ってくる。

雨のように降り注ぐ矢の中を海兵たちは一生懸命ロープを切り落としていたが、一部で海賊の侵入も許していた。

状況から判断するに、優先順位を決めて治療を施すことなど無理そうだ。

目についた負傷者を片っ端から治療していくことにした。

回復魔法を施した海兵が目を覚ます。

「あれ……ここは?」

「悪いな。天国から地獄へ逆戻りだ」



 ポーラスター号の護衛に駆け付けたパティーだったが、幸い激戦になる前に海賊のガレー船は魚雷によって沈められてしまった。

続く大型帆船もクルーザーからの攻撃で沈黙してしまう。

「リンドバーグ少佐、私はヒスパニオラ号へいくわ」

より戦況が厳しそうなヒスパニオラ号へ行くことにして、パティーは現場指揮官のリンドバーグ少佐に声をかけた。

「頼む! 向こうはかなり押されているようだ。本船は別の船に魔法攻撃を仕掛けるよ」

魔法兵のMPもだいぶ回復してきたようだ。

「ご武運を!」

一声叫んで、パティーは大空へと飛翔した。


 身体強化を使っている時のパティーの視力は8.0を超える。

その視力が視界の端に宙を飛ぶ人影を捉えた。

「ボニー! どこへ行くの?」

自分で止血はしたようだが、体のあちらこちらを負傷しているボニーがワイヤーで空を飛んでいる。

「大将の……首をとる」

「な、あなた一人で行くつもり?」

こくりと頷くボニーにパティーは呆れるしかない。

「また無茶なことを」

「そうでもしなければ……勝ち目はない」

ボニーは先ほど倒した敵からバルバロッサ海賊団の頭目、ジョーン・バルバロッサのいる船を聞きだしていた。

「それにしたって、撤退っていう手もあるでしょう?」

「無理……ヒスパニオラを囲む包囲網は厚すぎる。あれに穴を開けるよりは大将を狙う方が現実的」

「……私たちだけ撤退するという手もあるわ」

非情のようだが、やむを得ないという気もする。

クルーザーなら逃げることも容易い。

「その通り……だと思う」

「だったら何で?」

「イッペイはヒスパニオラ号を見捨てない……見捨てられない……そういう人」

「……イッペイのために命を賭けるっていうの?」

ボニーは躊躇いもなく頷く。

「妻の前でよく言ってくれるわね」

「知らん。 パティーはあいつと夫婦生活をしろ……私はあいつと冒険を続ける」

「それって、ボニーの方が一緒にいる時間が長いじゃない!」

ボニーはヤレヤレといった感じで肩をすくめる。

「その代わり……お前はあいつと肌を重ねているだろう? なんなら代わってやるぞ」

これにはパティーが激高した。

「私がどんな気持ちでイッペイと離れているかわかってる? 同じパーティーには貴女やマリアがいて、探索の最中だっていろんな女の人に出会うでしょう? コーデリアのような女だって出てきて、気が気じゃないわ。私はイッペイを信じてるけど、いつだって不安なのよ」

「だったら、私はどうなる!? 息がかかるくらい近くにいたって、あいつは絶対に壁を壊さない。お前がいるからだ! お前の信頼にこたえるためにイッペイは絶対に恋愛感情を見せない。たとえあいつが私を好きだとしてもだ!」

空中に張られたマジックシールドの上で二人は対峙する。

「……イッペイが貴方のことを好きだっていうの?」

「言葉にはしないがな」

ボニーはすらりと自分の愛刀を抜く。

「イッペイが私の為だけに作ってくれた刀だ。これを見て分からんか? あいつはこれに全てを込めてくれた」

南国の太陽の下にあって尚、凍り付くような刀身にパティーは戦慄を憶える。

その刀がただの武器ではないことは一目見れば分かった。

それはボニーのためにイッペイの全身全霊が籠められた魂の一振りである。

お腹の底の方でゆらりと動いた感情は嫉妬だった。

「パティーは私より先に……イッペイに出合った……もし、出会う順番が違ったら……」

悔しいことにパティーにはボニーの言葉を完全に否定することが出来ない。

自分がイッペイに誰よりも愛されている自覚はある。

だが、目の前にいる女はイッペイのために無償の愛を捧げられる女だ。

そんなボニーをイッペイが無視できるとは思えなかった。

「ボニー、あなたは何を望むの?」

「パティー、私を……受け入れろ」

「……」

「それが嫌なら……この場を去れ。バルバロッサの首は私が獲る。この命に代えてもだ」

暫く見つめ合った後、パティーは呆れたようにため息をつくとライフポーションを取り出した。

「とにかく傷を治して。治療が終わったら突っ込むわよ」

「パティーも……行くの?」

「いくわよ」

「そう……」

「お話はお済になりましたか?」

上空からゴブの声がした。

「ゴブ! いつからそこに?」

「『イッペイのために命を賭けるっていうの?』という辺りです」

ゴブのモノマネは無駄にクオリティーが高い。

「とにかく時間が惜しゅうございます。全ては戦いが終わってからでしょう。この戦いが終わったら、このゴブめのコレクションから古今東西の知識を持ち寄って、三人で幸せになる方法をご伝授いたします」

「何を考えているのよあなたは?」

パティーのジト目にゴブは朗らかに答える。

「私が考えているのは、いつだってマスターの幸福でございます」


 太陽を背にするように三人は上空からジョーン・バルバロッサの乗る船を目指す。

用心深いこの男は敵を欺くため、旗艦ではなく中型の高速帆船に乗っていた。

船員の数は多くないが高額賞金首の幹部が勢ぞろいしている船だ。

乗組員全てを相手にしていれば、いくらこの三人が強くても命は危うい。

パティーとボニーの表情にも余裕はなかった。

「もし……、もし私に何かあった時はイッペイをお願い……」

「パティーは死なない……私が死なせない」

悲壮感漂う二人のやり取りを聞いていたゴブが首をひねる。

「あの……、それほど深刻にならなくてもよろしいかと」

「何言ってるの!? 敵はあのバルバロッサ海賊団よ! アバランチレベルの奴等がゴロゴロいるの!」

パティーの説明にも、ゴブの態度は変わらない。

「ここにゴブが迷宮でコツコツと作り貯めたジューC-4爆弾が5キロございます。これを上空から船へ投下すれば木端微塵でございます」

呆れ顔の二人にゴブは胸を張って革製のリュックサックの中身を見せた。


 目の前で海軍士官が右腕を切り落とされた。

切り落とした海賊をハンドガンで排除して負傷者に駆け寄る。

士官の顔には見覚えがあった。

数日前に、無人島で一緒にバーベキューをした人だ。

俺の料理を美味しい美味しいと言ってたくさん食べてくれた人だった。

急いで回復魔法をかける。

その時、オレンジ色の閃光が走り、轟音を上げて沖の方で帆船の一つが吹き飛んだ。

大規模な範囲魔法だろうか? 

海賊船が真っ二つに折れて粉々になっている。

「お頭たちの乗った船が……」

どこからか海賊の声が聞こえた。

海賊の隊長格があきらかに動揺している。

ひょっとして敵の大将に何かあったか? 

「イッペイ殿……治療を急いでください。……勝機です」

青ざめた士官の顔に希望の光が広がっていた。

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