第203話 激戦

 戦闘は激化の一途をたどっていた。

魚雷も全部撃ち尽くしてしまったので、俺たちに出来ることはあまりない。

なんとかどちらかの船と合流して医療活動を行いたいところだ。

「イッペイさん、湾を封鎖しなくていいんですか?」

操縦桿を手にしたハーミーが聞いてくる。

「わざわざ敵の退路を断つ必要はないさ。俺たちの人数で殲滅戦なんて無謀だからね。逃げてくれるならその方がありがたい」

そもそも押されているのはこちら側だ。

七分の一の戦力で包囲戦を展開しようなどバカげている。

「戦況はどうなっている?」

俺は放水砲を錬成中なので、ドロシーから送られてくる映像はハリーが分析している。

「今のところポーラ・スター号の被害は軽微なようですが、港に接岸していたヒスパニオラ号では死者も多数出ているようです」

やはりそうか。

海上の主力部隊は真っ先に沈めた大型ガレー船に乗っていたらしく、そちらの方は機能していない。

その代わり港に隠れていた400人ほどの海賊がヒスパニオラ号を強襲していた。

海兵は130人ほどで戦力差は三倍もある。

ジャン、マリア、アンジェラがそちらの救援に行ったが、敵の幹部たちも中々の強者でジャンたちと互角に渡り合っているようだ。

「それでも形勢は徐々にジャンさん達に傾いています。下っ端はアンジェラが怖くて逃げ出す者もでていますよ」

普通なら致命傷になる攻撃をどれだけくらっても倒れないアンジェラは恐怖の対象になるだろう。

本当は、アンジェラもダメージが蓄積しているのだが、そんなことは海賊にはわかるまい。

だが、それは局地的な戦況でしかない気がする。

スクーナーやクルーザー方面に向かった海賊や、海に落ちた海賊が終結すれば戦況は一気に押し返されるだろう。

「イッペイさん、魚雷はもう作れないんですか?」

「魔石が足りないんだ」

魚雷を造るにはFランク以上の魔石が必要になる。

以前国王に貰った魔石は既に使ってしまっているので新たには作れなかった。

そこへ行くと放水砲はGランクを複数組み合わせるだけで作れる。

放水砲は水大砲などとも呼ばれる。

要は高圧で水を噴出して敵にぶつける非致死性の武器だ。

ただしその威力は格闘家のパンチくらいは出せるので、当たり所が悪ければ重篤なダメージを与え、場合によっては死んでしまうこともある。

射程は50メートル以上届くし、水は海水が使い放題なので使い勝手の良い武器でもある。

ただし消費MPがやたらでかいので運用は俺しか無理だろう。

魚雷の連装発射管を素材に利用して放水砲へと作り直した。

「出来たぞ。ハリーとハーミーは船を下りてどこかに隠れていてくれ」

「え?」

「これからこの船をヒスパニオラ号に横付けするんだ。二人を巻き込んで済まなかった」

「でも……」

「こんなくだらない戦いに命をかけるべきじゃないさ」

「じゃあ何でイッペイさんは行くんですか?」

ハーミーが難しい顔をして聞いてくる。

成り行きとしか言いようがないな。

普段なら海軍と海賊が戦闘をしていたら絶対に近づかない。

だがあそこで戦っているのは知り合いだ。

リンドバーグ少佐とは結構仲良くなったし、死んでほしくない人は他にもたくさんいる。

「そうしたいから、としか言いようがないな。俺は自分の欲求に忠実に生きることにしてるんだ。その方がストレスが少なくて済むからね」

人生は選択の連続ですな。

どうせなら少しでも自分にとって幸福な選択をしたいものだ。

「だったら私もいきます」

もう、面倒だなこの子は。

ハーミーの生真面目さは好きだけど今は時間が無いのだ。

「僕も行きますよ。『不死鳥の団』に入れて下さいって言った僕たちがここで退くことはできません」

「……わかった。ではリーダーとして命令する。二人は地上で潜伏、待機だ」

「イヤです!」

なんでだよ!

「私が船を操縦してヒスパニオラ号へ接舷させます。ハリーは放水砲を、イッペイさんはマジックシールドで防御をお願いします」

「了解!」

なんで俺が命令されてるの? 

「こ、こら! ハーミーちょっと待て!」

「この金具を握るのかな?」

そうそう、そのトリガーを握ると水が出るから……って、そうじゃない! 

ハリーも上手に放水砲を扱うな! 

MP切れをおこすぞ。

おっと、もう船が動き出した。

ハーミーの操縦の手際がかなり良くなっているな。

……こうなったら二人は俺の側にいてもらってマジックシールドで守るしかないか。



 放水砲で海賊たちをなぎ倒しながら、船をヒスパニオラ号につけて合流することに成功した。

MPは俺が供給してハリーが狙いをつけた。

乗り捨てたクルーザーはアンジェラに頼んで安全地帯へと無人航行させている。

本当は放水砲を使い続けられればそれに越したことはないのだが、俺しか運用できないので治療を優先するために泣く泣く放水砲は諦めたというわけだ。


 ヒスパニオラ号の船内は怪我人の山だった。

ハリハミに重傷者とそうでない人をを分けてもらう。

軽症者はいない。

軽症の者は全員戦っているからだ。

緊急の重傷者には赤い札、それ以外には緑の札を付けてもらう。

その間、俺は死者と判断された人たちの間をまわってスキャンを使った。

僅かでも生きていれば助けることはできるのだ。

その結果、死亡と判断された52人の内39名の命を助けることが出来た。

「感謝するぜ、先生!」

おっかない顔をした軍人さんたちが戦闘へ戻っていく。

「倒れている仲間がいたら、諦めずにここへ連れてきてください。助けられるかもしれません」

「おう! あんな奇跡を見せられちゃぁ、先生の言うことを信じねぇわけにはいかねえもんなっ!」

俺は船医じゃないんだけどね。

 その後も俺の元にはどんどん負傷者が運び込まれて、休む間もなく回復魔法をかけ続けた。

たまにマリアやジャンもやってきて魔法治療を受けていったが、ボニーさんの姿だけは見なかった。



 戦闘はやや膠着状態に陥っていた。

数で勝る海賊たちに対して、負傷しても魔法で回復してくる海軍はなんとか均衡を保っている。

だが精神、肉体共に疲労が溜まれば崩れてしまう脆い均衡でしかない。

ヒスパニオラ号は最初の奇襲で帆を焼かれている。

現状を打破するためには二つの選択肢しかない。

すなわち、船に立てこもり、敵が退却するまで徹底抗戦するか、船を捨て包囲網を破って陸上に逃げるかだ。

大将を討ち取れば敵が退却する可能性もあるが望みは薄そうだ。

相変わらず回復魔法をかけ続けていると右手をわずかに負傷したジャンがやってきた。

軽症の患者はヒスパニオラ号の船医の所に行ってもらっているが、ジャンは目配せをしてくる。

なにか言いたいことがあるのだろう。

「腕を見せて見ろ」

治療を施しているとジャンが小声で話しかけてきた。

「さっき、スモレット船長からポーラ・スター号への連絡を頼まれた」

「……」

「ポーラ・スター号を単独で湾から脱出させるそうだ。おっさんが船を四隻沈めたから可能性はある」

「この船は?」

「ここで敵を引き付けるそうだ」

「そうか……船乗りは船と運命を共にするわけだ……」

「どうするおっさん?」

いくら手練れが数人いても、圧倒的な戦力差はひっくり返せない。

軍人は職務に殉じるようだが、俺たちが最後まで付き合うのもどうかと思う。

「マリアと一緒にハリハミを連れて、ポーラスター号へ移ってくれ。パティーや殿下たちと合流するんだ」

ジャンとマリアなら二人を背負っても、海上を移動できるはずだ。

「それはいいけどおっさんは?」

「俺一人なら何とでもなる」

「だけど……」

「俺の防御力を舐めるなって。ジャン、頼むハリハミを連れて行ってくれ」

「……わかったよ」

「ところでボニーさんは?」

「みてない」

「そうか」

あの人ならきっと大丈夫だ。

そう信じるしかない。

ジャンをチラリと見送って俺は新たな怪我人を診る。

胸の傷は肺にまで達しているようだ。

「絶対に死なさないからな」

沈みかけた船だが俺はもう少し付き合う覚悟を決めた。

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