第202話 マーメード

 海岸の端の方は全く人気がなかった。

遠くから大規模な戦闘音が響いてくる。

みんな目前の戦いに夢中で、俺とハリハミの三人に気が付いた海賊はいなかった。

「イッペイさん、クルーザーは来たけど追いかけられているみたいです!」

ハリーに言われてクルーザーの後方を見ると、離れていたが一艘のジョリーボートが接近していた。

ジョリーボートとは大型船の船尾に積載される雑用艇だ。

接近中のジョリーボートは帆を張ることも出来るタイプで複数の海賊が乗っている。

とはいえ、いくら帆とオールを併用したって魔導エンジンを搭載したクルーザーに追いつけるわけはない。

おそらくアンジェラはMP節約のために1~2ノットくらいのスピードでゆっくり走らせているのだろう。

だから海賊たちは追い付けそうな気がして、頑張ってオールを漕いでいるに違いない。

「海賊は何人くらい乗っているかな? ここからだとよく見えないな」

「た、戦いますか?」

緊張をはらんだ表情でハリーが聞いてくる。

「大丈夫だよ。船にのってしまえばいくらでも逃げられる」

それでも付きまとわれたら鬱陶しいな……。

スピードを落としてこちらに向かってきたクルーザーへ向けてマジックシールドの桟橋を作っていく。

「乗り込んだらハーミーが操作、ハリーはモニターで敵の様子をチェックしてくれ」

「了解しました」

操縦をアンジェラから引き継ぎ手動へと切り替えた。

「最大出力で発進。敵のボートのそばで横波を立ててひっくり返してやれ」

「りょ、了解しましたぁあ!」

ハーミーの声が上ずっているので緊張しているのかと心配したが、表情はむしろ興奮しているようだ。

頬が僅かに紅潮している。

「き、緊急発進開始、 魔導エンジン出力全開で敵ボート方向へ突っ込みます!!」

エンジンに負担はかかるがハーミーは一気に速度を上げていく。

おいおい、このまま進んだら衝突してしまうぞ。

「そろそろ舵を左に切ってくれ!」

「まだです! ……もう少し……ここっ!」

あわやと言うタイミングでハーミーが取り舵一杯に急旋回をかけた結果、大きな波がジョリーボートの側面を襲い、海賊を乗せた船は波にのまれてしまった。

「はぁ、はぁ……」

やっぱり緊張してたんだな。

「やってやりました……」

ちょっとだけハーミーの笑顔が怖い。

「お、お疲れ様……続いて魚雷攻撃に移る。ポーラ・スター号の近くにいる巨大ガレー船の横っ腹に穴をあけてやるぞ」

「了解。狙いやすい場所に船を移動させます」

ハーミーが船を移動させている間に魚雷の準備をする。

「ハリー、こちらの動きに気付いた船はいるか?」

「見たところ敵の艦は全てポーラ・スター号とヒスパニオラ号に向けられていますね」

財宝を乗せているのはポーラ・スター号かヒスパニオラ号だと敵も踏んでいるのだろう。

王子のスクーナーとクルーザーにも人員を割いてきたが、せいぜい100人単位だった。

主力は大型船の方にいっているようだ。

スクーナーは無人だったので既に敵の手に落ちている。

だがこれは後で取返せばいいだけだ。

 湾の端から中央付近までやってきた。

クルーザーには超小型連装魚雷発射管が左右に一基ずつ搭載されている。

対艦ミサイルとかだったら目立ってしまうのだが、魚雷なら何が起こったのか誰もわからないだろう。

何をしたかは聞かれるだろうが、ひたすらしらばっくれてやることにした。

 ガレー船はポーラ・スター号からの魔法攻撃によりオールを折られ、立ち往生しているようだ。

今がチャンスだろう。

「これより攻撃を開始する。目標、敵大型ガレー船。右舷一番管より魚雷発射」

ハリーがモニターを注視している。

「魚雷発射を確認。コース正常。着弾まで6、5、4,3,2,1、着弾!」

ドーンという音がこちらまで聞こえて水しぶきが上がる。

うまい具合に海賊船の甲板から何人か海に投げ出されたようだ。

船が沈むまでには時間がかかるだろうが、いちいち最後まで観察している余裕はない。

「次の攻撃目標にうつる」

こうして俺たちは四発の魚雷を使い、大きな順に四隻の船を沈めていった。


「(マスダー……いっだん退いてもよろしいでしょうが?)」

アンジェラから通信が入ったけど、若干音声が濁っている気がするぞ。

「(どうしたアンジェラ?)」

「(体内のナノマジンの損傷度が四バーセンドを越えばした。まだ戦闘には問題ありばせんが、このばば攻撃を受け続けると個体を維持できなくなる可能性がありばす)」

「(無理をせずにすぐに戻ってくるんだ! だが退却できるか?)」

「(私の場合は簡単です)」

それっきり通信が途絶えた。

基本的にはアンジェラに物理攻撃は効かない。

だが度重なる衝撃で流体多結晶金属の中を漂う無数のナノマシンが徐々に損傷を受けてしまったのだろう。

完全な無敵というわけにはいかないのだ。

アンジェラはうまく脱出できただろうかと心配していると、モニターを見つめていたハリーが叫んだ。

「未確認物体が本船に向けて高速接近中!」

「大丈夫、きっとアンジェラだ」

人魚形態から人の姿に戻ったアンジェラが甲板に上がってきた。

その身には未だ突き刺さったままの剣やメイスがそのままだ。

「申し訳ありませんマスター。途中で戦線を離脱してしまいま――」

俺は思わずアンジェラを抱きしめていた。

例えゴーレムだとわかっていても、傷ついたアンジェラを見て心が震えた。

「……」

「マ、マスター?」

「ありがとうアンジェラ……」

「私は私の使命を果たしただけです……それよりも回復をお願いします」

「そうだったな」

錬成魔法でアンジェラのボディーを再構築した。

「もう大丈夫ですわ。前線に戻ります」

「……すまないアンジェラ。また君を危険な場所に送り込まなくてはならない」

「マスター、私はゴーレムですよ」

「だが……」

アンジェラの手が俺の腕にのせられた。

「マスター、帰ってきたら、またギュッとして下さいねっ!」

そういってアンジェラは青い空の中へとダイブする。

空中で人魚の姿になった彼女は波しぶきを上げて海の中へ消えていった。



 いつも思うが海の中というのは何て美しいんだろう。

海上の戦闘が嘘のように海の中は静かだ。

私はいま人魚の形態を模写して海中を泳いでいる。

この姿は自分でもかなりのお気に入りだ。

うねる海流を肌に感じながら、戦場へ向かっているというのに私の心はどこまでも軽い。

先程、マスターが初めて私を抱きしめてくれた時からずっとこんな感じだ。

恋愛とかじゃない。

むしろ安心感と表現した方がいいのだろう。

私の能力が必要とされていることはずっとわかっていた。

だけど、私という存在がマスターにとって何なのかがずっと不安だったのだ。

私は道具として愛されているのか、それとも……。

抱きしめられてようやく自分がマスターに愛されて生まれてきたのだと実感することが出来た。

いま、私の中にずっとあった不安は消え去っている。

「(アンジェラ、かなり損傷が酷かったようだが大丈夫なのかい?)」

あら、お兄様からの思念。

「(大丈夫です。今の私は元気100倍なんですの!)」

さあ、頑張りましょう。

色とりどりの魚たちとの別れを惜しみつつ、私は眩しい海面へと身を躍らせた。



 轟音ととともにガレー船のすぐ横で水柱が上がる。

詳細は不明だが状況は自分たちにとっていい方に傾いているとリンドバーグ少佐は瞬時に判断した。

「少佐、さっきのは?」

「おそらく友軍の魔法攻撃だろう」

かなりの衝撃だったらしくガレー船はかなり揺れていたが、既に揺れは静まっている。

「ん? 船体に穴が開いたのか?」

船底に水が入り込んで揺れが止まったように見える。

それならばありがたいことだが少佐は首をひねった。

海軍が誇る対艦魔法攻撃を弾いたあの船にどうやって穴を開けたというのだろう?

「少佐! 七時の方向より新たな敵接近!」

先程の巨大ガレー船よりは小さいが、大型の船がこちらに向かって来るのが見えた。

「くそ! 魔法兵、MPの回復は?」

「もう少し時間を下さい。あと5分ほどで一発くらいなら対艦攻撃魔法が撃てます」

五分では船に接舷されてしまうだろう。

白兵戦を覚悟するしかなさそうだった。

せめて海流と風を掴んで、いい位置取りをしたいところだ。

だが少佐の心配は杞憂に終わってしまう。

新たな水柱が上がり接近してくる船は速度を落とし、やがてゆっくりと停止してしまう。

イッペイ君が何かをしたのだろう。

ワイヤーフックとマジックシールドを使ってこちらに向かってくる『不死鳥の団』のメンバーを見ながらリンドバーグ少佐はそう確信した。

恋人に酒場の経営を任せ、オーナーとしてのんびり暮らす夢を捨てるにはまだ早いようだ。

「勝利の女神様は俺たちにウィンクしているようだ。この機を逃すな!」

「おう!!」

先程まで漂っていた悲壮感は僅かにだが薄らいでいる。

新たな潮目がおとずれていることを少佐は敏感に感じ取っていた。

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