第201話 真昼の夢

 財宝を積んだポーラ・スター号には海軍から五十人の警備兵が派遣されていた。

この二小隊を率いるのは近接戦闘、艦隊戦指揮ともに定評のあるベテラン、オジー・リンドバーグ少佐だ。

リンドバーグ少佐は念のためにポーラ・スター号を接岸させず、湾の中ほど付近に停泊させた。

こうしておけば怪しいものが近づけばすぐにわかる。

熱い日差しが降り注ぐ中、甲板での見張りは楽ではなかったが不平を言うものはいない。

リンドバーグ少佐の指揮はよく行き届いていたし、この任務が終了すれば特別ボーナスが入ることを皆が理解していた。

それはリンドバーグ少佐も同じだ。

貴族の四男として生を受け、生活のために軍に入った。

幸い腕は立ったのでそこそこ出世することはできたが、死と背中わせの軍人生活には少々疲れてきたところだ。

独身だが港の酒場に恋人はいる。

今回のボーナスでは佐官の自分はかなりの額の現金が手に入る。

恋人に店を買ってやって経営させ、自分は店のオーナーとしてのんびり暮らすという皮算用を頭の中で立てていた。

恋人との新しい生活を夢見て思わずニヤケそうになる自分を戒めるためにも少佐は部下に檄を飛ばした。

「警戒を怠るな。少しでも不審なことがあれば報告するんだっ!」

「アイサー!」

部下の士気も十分高いことに少佐は満足そうに頷く。

あと一時間もすれば積み込み作業も終わる。

そうしたら連絡員としてイッペイ達のクルーザーに行くことになるのを少佐は楽しみにしていた。

クルーザーの船内は魔法で空気が調節されており大変快適なのだ。

しかも、よく冷えた飲み物を出してくれる。

以前、非番の時に飲ませてもらった冷えたキールの味をリンドバーグ少佐は忘れることが出来なかった。キールとは白ワインにカシスリキュールを加えたカクテルだ。

「少佐殿!」

左舷の見張りをしていた小隊長に呼ばれて駆け付けると、沖合から一艘の船がこちらに向かってくるのが見て取れた。

自分たちが入港する時から湾の入り口付近に停まっていた大きなガレー船だ。

ガレー船は帆を持つ帆船であると同時に、巨大なオールを備えていて人力でも推進することが出来る船でもある。

「係留施設に接岸する気ですかね?」

「それにしては進路が随分と……」

望遠鏡を覗いていたリンドバーグ少佐の顔が歪む。

近づいてくるガレー船の甲板には海賊たちがひしめいていた。

「魔法兵、対艦船用魔法の用意をせよ! 近づいてくるガレー船は海賊船だ! 総員戦闘準備!」

時を同じくして、ヒスパニオラ号の方でもときの声が上がった。

どうやらあちらも戦闘を仕掛けられたようだ。

どの船に財宝が積まれているかわからない海賊たちは全ての船に襲い掛かっている。

アルヴィン王子のスクーナーにもイッペイのクルーザーの方にも海賊たちが殺到していく。

敵の艦船は九隻、人員は2000名以上。

状況はかなり悪かった。

「対艦船用魔法、準備が出来ました!」

「最大火力にて左舷より進行してくるガレー船を沈める。撃ち方用意……撃てぇ!!」

三人の魔法兵の杖から光が迸り、三つの魔力のうねりが合わさって一つの奔流となってガレー船へと襲い掛かった。

だが、海賊の旗艦であるガレー船は対魔法用にミスリル板が打ち付けられており、海軍の魔法攻撃でも沈めるところまではかなわなかった。

「くそっ! なんて船だ! ミスリル版が張られているだと? 第二射用意、今度は右のオールを狙え。左右のバランスが崩れれば時間は稼げる!」

「了解! 魔力循環スピード七十パーセント。十秒後に第二射発射できます」

刻一刻と迫りくる海賊船にさすがのリンドバーグ少佐もびっしょりと汗をかいていた。

「発射準備完了!」

「右のオールだぞ、よく狙えよ。撃ち方用意……撃てぇ!」

魔法兵の放った攻撃は過たずガレー船の右側のオール数本を破壊し、そのおかげで推進力がバランスを崩して船が横を向いてしまった。

これで敵が態勢を立て直すのにいくばくかの時間が稼げた。

「今のうちにもう一発叩き込むぞ。MPはどうだ?」

「もう一発だけなら大丈夫ですが、それ以上は……」

「ここは出し惜しみせずにいくぞ。次は対艦船ではなく、対人用の大規模魔法を甲板に打ち込め」

漕ぎ手を含めればガレー船には500人を超える人間が乗っているだろう。接触される前に少しでも人数を減らしておきたかった。



 海賊の一団がイッペイ達のクルーザーへやってきたのは、ポーラ・スター号やヒスパニオラ号が襲われたすぐ後だった。

こちらには100人の海賊が振り分けられていたが、その中の誰一人としてこんな船を見たことはなかった。

その白い船は帆も持たず、何とも不思議な形状をしていた。

「隊長、こんなちっせい船にお宝はないでしょう?」

「そういうな。男は一人残らず殺すし、女は全員連れて来いという提督の命令だ。確かに宝はなさそうだが、女がいたら好きにしていいと言われている。あいつらが海軍と闘っている間に俺たちはのんびりと楽しめるかもしれないんだ。文句を言うな」

部下の手前そう言ってみたが、この船に人気が全くないことは隊長と呼ばれた男もわかっていた。

それでも一応は船内を確かめなければならないし、船も拿捕する必要があった。

海賊たちがクルーザーまであと十五メートル程の距離まで来た時、突然船の方から声が聞こえた。

「不審者を検知。それ以上私の船体に近づかないでください」

声は少女のものだった。

誰もいないと思っていたが、まさか女がいるとは海賊たちにとっては嬉しい誤算だった。

「へっへっへっ、怖がってないで姿を現しなって。素直にいうことを聞けば優しくしてやるぜ。こう見えて俺たちは紳士なんだ」

隊長の言葉に海賊たちは一斉に下卑た笑い声をあげた。

「姿を見せようにも、私はこの場にはいないのです。やはり機銃の一つも装備しておいた方がいいですね。せめて放水砲があれば楽しかったのに……。今度マスターにおねだりですね」

海賊には少女の声が話す言葉の意味が全く分からなかった。

「ごちゃごちゃ言ってねえで出てきやがれ! 何なら俺たちの方から行ってもいいんだぜ」

「私に会いたかったらヒスパニオラ号の所までおいでください。いつでもお相手して差し上げますわ。同時に何人でも構いません」

アンジェラの声がそう告げると、低いモーター音が唸り出し、クルーザーは遠隔操作によって発進してしまった。

「待ちやがれ!」

帆を張ることも、オールを漕ぐこともなく動き出した船を見て、海賊たちは度肝を抜かれた。

だが彼らに出来ることは何もない。

あとは海上の仲間の船に何とかしてもらうしかなかった。



 住宅街の敵を撃退した俺たちは船の救援に急いだ。

主力メンバーにはポーラ・スター号とヒスパニオラ号へ向かってもらい、俺とハリハミはクルーザーへと向かう。

身を潜めながら港まで行くと停泊していたはずのクルーザーがどこにもなかった。

それどころか100人ほどの海賊が桟橋に座って喋っていた。

もしかして拿捕されちゃった? 

取り返せるとは思うけど船内を荒らされたらやだなぁ。

俺はアンジェラに思念を送った。

「(アンジェラ、港に船がないんだけど、どこへ行ったか分かるか?)」

「(ええ。汚されるのが嫌だったので湾内を巡行させています。お乗りになられますか?)」

ナイスだアンジェラ。

グッジョブどころじゃない、ウェルダンだ!

「(よくやってくれた。魚雷を発射したいんだけどできる?)」

「(申し訳ございませんが、先ほど私も交戦に入りましたので、遠隔操作では細かい照準がつけられません)」

アンジェラはヒスパニオラ号の救援に向かっていたのだったな。

「(わかった。それはこっちでやるから船を人気のないところに送ってくれ)」

「(了解しました。ランデブーポイントを指定してください)」



 100人を超える海賊に囲まれた少女はブツブツと何かを喋っている。

恐怖のあまり正気を失ったかとも思われたが、少女の瞳に狂気は宿っていない。

「マスターとの通信終了。みなさんお待たせいたしました」

「終わったのかい? じゃあ、そろそろ俺の相手をしてもらうぜ。俺は見られていると興奮する質でね、ぐへへ」

大柄なスキンヘッドの男がアンジェラの方へと歩み寄った。

「あら、私も見られることは嫌いじゃありません」

「そうかい。そりゃあ話が早くて助かるぜ。でもよぉ、叫び声を上げてもらった方が俺としてはもえるんだけどな。さあ脱ぎ脱ぎの時間でちゅよ」

聞くに堪えない濁声を発しながら、白いワンピースを引き裂こうと伸ばした男の手がボトリと地面に落ちた。

アンジェラの左手が曲刀の形になって血で濡れている。

「私は叫び声を聞くのは嫌いです。うるさいですから」

「がっ……」

男が痛みに悲鳴を上げる前にアンジェラの右手が男の首も落としていた。

「てめえ!」

それまでヘラヘラと二人のやり取りを眺めていた海賊たちが一気に殺気立った。

十数人が一斉にアンジェラへと襲い掛かり、無数の剣や槍がアンジェラに突き刺さる。

だがその直後にアンジェラの周りにいた男たちの胴体は上下で切断されていた。

側頭部にモーニングスターをめり込ませたままの美少女はにっこりと微笑む。

「さあ、始めましょうか」

その様子は海賊たちにとって考えうる最悪の白昼夢のようだった。

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