第200話 愛刀

 ジャンの矢傷を全て回復魔法で治療した。

アルヴィン殿下とシェリーはグローブナー公爵に治療を受けて、既に前線に復帰している。

敵の数が多く、隊長格の人間が手強いので中々倒しきれていないが、個々の戦闘力が高いこちら側が徐々に敵を圧倒しだしているようだ。

ジャンも元気よく出て行った。

これでこのエリアでの戦闘は大分有利に進むはずだ。

負傷者も全員治療を終えたので俺も建物の外へ行くことにした。

「イッペイ、どこへ行く?」

血で汚れた手を洗いながら閣下が聞いてくる。

「仲間の所へいきますよ」

「イッペイ、こういう場合、将は動かぬものだぞ」

大規模な戦闘の場合それが正しい選択なのだろう。

「大将は閣下ですから。俺はせいぜい小隊の指揮官ですよ」

それでも閣下は心配そうに俺を見つめている。

「違いました。俺は小隊長なんていいもんじゃない。せいぜいがポーターなんですよ」

「……無理はするなよ」

「いってきます」

表に出ると、家の前の通りに十人の海賊が切り伏せられていて、その横でウォルターさんが海賊の生死を確認していた。

「お怪我は?」

「大丈夫、全部返り血です」

この人も対人ではかなりの戦闘力を持っている。

「ウォルターさん、剣を見せてください」

洗浄と素材錬成でウォルターさんの剣を砥ぎたてのよく切れる状態に戻した。

剣は血と脂肪、打ち合いの刃こぼれなどによって戦闘の後はすぐに使い物にならなくなる。

倒れている海賊の剣も拾って、全て良い状態に戻して戸口のところへ立てかけておいた。

こうしておけば替えの剣として使えるはずだ。

「さすがは究極のポーターと言ったところですな」

「俺に出来るのはこの程度ですよ」

「ご謙遜を。……いかれるのですか?」

「はい。ここをお願いします」

辺りには血の匂いが充満している。

軽い吐き気を堪えながら俺は戦場へと駆け出した。



 敵の隊長格を追い詰めていたジャン君が負傷して運ばれていった。

背後から矢を射かけられたのだ。

ジャン君は反応できていたが、経験の浅いアルヴィンとシェリーが後れを取った。

ジャン君はあの二人を庇ってやられたようだ。

「マリア、ジャンの代わりに……引導を渡してやれ」

そう言い残して、ボニーさんはこのエリアの総隊長を追いかけていった。

先程ゴブから受け取ったライフポーションのお陰で傷は癒えている。

ジャン君の仇は私がとろう。


「こいつはまたいい女が出てきたな。生け捕りにして……へへへ」

男は好色な目つきで唇を舐めている。

こういった言葉、態度には慣れている。

この胸が大きくなり始めた年齢から何度となく繰り返されてきたから、この手のことに私はすっかり耐性ができていた。

そんなことで敵の気を逸らせることが出来るなら、一番上のボタンくらい外してやっても構わない。

「俺のイチモツでヒイヒイ言わせたいところだが……」

目の前の敵はやはり油断ならない相手のようだ。

構えた時点でいやらしい目つきは鳴りを潜め、獰猛な眼差しだけを向けてきていた。

 敵の斬撃を左の剣で受け流しながら右の剣を撃ち込む。

一つ一つの攻撃力はジャン君に劣るが、スピードは私の方がやや上回る。

ちなみにボニーさんやパティーさんはスピードでも攻撃力でも私たちを上回っている。

二人とも高度な次元でバランスが取れているが、敢えて言うならボニーさんがスピードタイプでパティーさんはパワータイプだ。


 私の手数の多さに敵は少しずつ傷を増やしていく。

血も流しすぎているようだ。

そろそろまともに動けなくなるだろう。

防戦一方の敵がチラッと屋根の向こうを見た。

「そこの弓兵はもういませんよ」

海賊が伏せておいた弓兵は、既にゴブによって壊滅させられている。

「チッ……わかった、投降する! ……命だけは勘弁してくれ」

男は剣を投げ出し、その場に胡坐をかいた。

どうせ武器を隠し持っているのだろう。

どうしようかしら? 

無抵抗の人間を斬るのはさすがに気持ちが咎める。

「ドゴッ!」

敵の首に金属の手刀が当たってものすごい音がした。

男を襲ったのはイッペイさんのヒダリーから放たれた攻撃だ。

海賊は胡坐をかいたまま気絶してしまった。

「こいつ投降するふりをしてナイフを隠し持っていたんだ」

「ありがとうございました。助かりましたわ」

敵の武器には気が付いていたけど、イッペイさんが助けに来てくれたことが嬉しかった。

「他のみんなは?」

「ジャン君たちは向こうで交戦中です。ゴブとアンジェラはポーラ・スター号とヒスパニオラ号の救援に向かっています」

港の方からも戦闘音が響いてきている。

大規模な魔法攻撃の音も聞こえてきたが、あれは味方のものだろう。

こちらが救援にいくまで持ちこたえて欲しい。

「ボニーさんは?」

「一人で敵将を追いかけていきました」

イッペイさんは何やら考え込んでいる。

「マリア、前線で敵の動きを見ていた君から見て、俺たちはどうしたらいいと思う? ボニーさんを追いかけるべきか、船の救援に行くべきか」

ボニーさんが相手にしていた敵は、私が相手にしていた敵よりはるかに強かった。

だけど……。

「二つの理由から船の救援に向かうべきだと思います」

「どうして」

「一つはボニーさんを探すのに時間がかかってしまうからです。港ならば位置ははっきりしています」

「もう一つの理由は?」

「イッペイさんだってわかっているでしょう? ボニーさんだからです」

あの人は強い上に、きちんとした計算のできる人だ。

勝算なく蛮勇をもって敵を追いかける人ではない。

勝てると確信して単身で追いかけているのだ。

例え伏兵がいたとしても影鬼はそれをかいくぐるスキルを持っているのだ。

「わかった。この辺りの敵を蹴散らしたら、俺たちも港への救援に向かおう」

イッペイさんもわかってくれたようだ。

長い時間を共に戦ってきたから、私たち四人はお互いの力量、性格、特性をよく理解している。

よく理解し合えた上で信頼が生まれているのだ。

こんなに居心地のいい場所は神殿にもなかった。

「回復魔法をかけるから少し動かないでね」

イッペイさんが肩口の傷を癒してくれている。

不死鳥の団を必ず守ろう、そう心に誓った。

かつてヴァンパイアによって私は自分の居場所を失っている。

あんな思いをするのは二度とご免だった。



 バルバロッサ海賊団、四番隊長である蜘蛛爪のビリーは計算高い男だった。

名前の通り、蜘蛛が罠を張るように敵を追い込み、身動きの取れなくなった相手を嬲り殺していくのがこの男のやり方だ。

今日も40人ほどの相手が身を隠す場所もない大きな通りを歩いてくるのに対して、230人の弓兵を半包囲するように屋根の上に配置して待ち構えていた。

このような陣形で奇襲が成功すれば、最初の斉射で敵はほぼ壊滅していたはずだった。

だが今回は何故かそうはいかなかったのだ。

「あのクソアマ二人のせいだ」

ビリーは唾を吐きながら毒つく。

背の高い赤髪の女と、漆黒の髪をした小柄な女がこちらの奇襲に気が付いていた。

黒髪の女が注意をしなければ、もう少し深く陣形の中に引きずり込めただろうし、赤髪の女が同時に屋根に飛び乗っていなければ、こちらの第二射でさらなる損害を与えることが出来たはずなのだ。

しかも狙った連中にはかなりの手練れが複数いた。

剣だけで弓を払い、あまつさえ仲間を守ることが出来るほどの剣士が何人もいたのだ。

一人一人がバルバロッサ海賊団の隊長格の腕前だった。

「ひょっとするとそれ以上か……」

ビリーは残忍で凶暴な男ではあったが愚かではない。

形勢が不利と見てすぐに一度退却することを考えた。

十人衆とよばれる直属部隊は未だ健在であったし、下っ端の海賊などこの男にとっては使い捨ての駒でしかない。

「隊長、本隊に合流しますか?」

「ああ。やって負けることはないだろうが万全を期したほうがいいだろう」

苦虫をかみつぶしたような顔で呟きながら、ビリーは違和感を感じていた。

建物の陰が揺らめいた気がしたのだ。

南国の日差しは強い分、作る影も濃い。

「そこにいるのは誰だ?!」

影の中より現れたのは、影のごとき人間だった。

「私たちから……逃げられると思ったか?」

影は微かに笑っているようだ。

女の声をしている。

「私たちだと?」

海賊たちはキョロキョロと辺りを見回す。

「へっ、虚勢を張りやがって。てめえしかいねぇじゃねえか!!」

女はスラリと腰の剣を抜いた。

ボトルズ王国やその周辺諸国では見たことのない形の剣だった。

「私と……私の愛刀イッペイからだ」

声のした方とはまったく別の影の中から剣が閃き、十人衆の一人が血しぶきを上げて倒れた。

海賊ビリーたちは知らない。

彼らが相手をしているのは影鬼と恐れられる、ボトルズ王国において十指に数えられる剣士ということを。

そして海賊たちには、それを知る機会も、伝える機会も永遠に来ないのだ。

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