第198話 サルベージ
会議の出席者を前にして公爵が立ち上がる。
「本日はみなよく集まってくれた。この度は私事ながら、皆の協力を得られて大変うれしく思う。これより我々が行う仕事について説明していこう」
閣下の挨拶を引き継ぎ、コーデリアが秘書として商船の沈没とその発見の経緯を説明した。
「以上が我々の入手した情報です。もちろんここにお集りの皆さんには引き上げた財宝から成功報酬をお支払いいたしますし、各船のクルーにも臨時ボーナスを約束するものであります」
うまくいけばみんなが成功報酬を手にできる。
船長クラスなら数千万リムは堅い。
士官レベルでも数百万リムはもらえることとなった。
海に潜るには特別な技術が必要だ。
ましてやこの世界にはダイビングの器材というものは存在しない。
漁師や海女は素潜りが基本だし、潜水を専門とする職業ダイバーも身体強化魔法によるスキンダイビングが一般的だった。
魔法を駆使するダイバーの活動限界は水深50メートル程度で、活動時間はおよそ5分だ。
中には水深200メートルの海中に潜れるなんていう強者もいるが、これは世界でもトップレベルのダイバーであり、海流が緩ければという条件がつく。
今回のミッションに参加している人々の中ではリンドバーグ少佐が一番の潜り手だ。
少佐は水深六〇メートルの海中に四分以上潜っていた経験を持っている。
そんな彼でも沈没船の中に入るのは恐怖以外の何ものでもないそうだ。
特に側面を下にして沈んでいる船では、水中での自分の位置の把握が大変難しい。
とてもではないがダイバーによる財宝の持ち出しなど無理な話だった。
というわけで、当初の計画では潮の満ち引きを利用して沈没船の船体を起こし、浅瀬まで引っ張っていく予定だった。
時間はかかるがこれが一番確実な方法だと考えられていたのだ。
だが俺たちが計画に参加したことで予定は大きく変わった。
なにせこちらには高度に知的な作業が可能なゴーレムのゴブとアンジェラがいるのだ。
彼らなら人間と違い活動に酸素は必要ない。
ゴブは魔導リアクターがあるのでMPの補給は必要ないし、アンジェラも一回の補給で三時間の活動が可能だ。
しかもゴブの魔導リアクターが作り出す魔力の波形は俺と同じなので、ゴブからアンジェラへのMP補給もできる。
問題は海流の速さと、棲息が危惧される魔物くらいだろう。
おそらくこの世界でこの二人に敵うダイバーはいないはずだ。
クルーザーのリビングが緊急の司令室に改造された。
だがモニターの前にいるのは閣下と俺だけだ。
軍人さんたちにはゴブから送られてくるモニターの映像を見せたくなかった。
こんなものを見てしまったら絶対に軍事利用したくなるはずだからだ。
場合によってはこの技術だけで世界のパワーバランスが崩れてしまう恐れがあった。
室内には誰も入れないようにジャンがドアの外で見張りを務めている。
ボニーさんたちは哨戒任務をしてもらった。
「マスター、こちらの準備は完了しております」
モニターにゴブの視線が捉えたエメラルドに輝く海面が映っている。
「了解。始めてくれ」
「これよりポーラ・スター号と沈没船をロープで繋ぎます」
ゴブが降下を開始して、映像が海中へと入っていった。
「深度十メートル、異常なし。……十五メートル異常なし」
ゴブの場合、水圧による臓器の損傷などを気にする必要はないのでどんどん潜っていく。
ゴブの眼の部分から放たれるサーチライトが沈没船の状況を映し出す。
思っていたより船の保存状態は良い。
船体には植物や貝類、珊瑚などが付着し、小魚、更に小魚を捕食する大型の魚類などが集まり、沈没船の周りが一つの生態系を形成している。
人間にとっては海底に眠る棺のような船も、海洋生物にとってはにぎやかな海底都市となっているのが皮肉だった。
「沈没船に接触。海流は思っていたほどはやくありません。周囲に敵影なし。ロープを舷側に固定します」
ゴブは船の間を行き来して、命綱とも言えるロープを沈船とポーラ・スター号の間に3本張った。
「マスター、敵となる魔物はいないようです。船内の調査にアンジェラを加えてください」
「了解。アンジェラ、聞いての通りだ。出動してくれ」
「了解しました。アンジェラ、いきます」
水中で人魚のような形態をとったアンジェラがスイスイと泳いで海の底へ潜っていく。
「後部から船底への入口があるはずだ。重量のあるインゴット類はおそらく下の船室にあるはずだからそこから調査してくれ」
閣下の指示に、ゴブたちは後部の入口に取り付いた。
「三メートル前進、左手にドア」
ゴブの報告と映像を見ながら俺がマッピングしていく。
「部屋は端から確認していこう。侵入を試みてくれ」
「了解いたしました閣下」
ドアを開けてゴブたちは部屋の中に入っていく。
ざっと見渡した限り目ぼしいものはない。
この調子でゴブたちはどんどん先へ進んだ。
そしてついに船底で厳重に鍵のかけられた部屋を発見する。
「アンジェラ、出番だ」
「お任せくださいマスター」
鍵穴にそっと触れられたアンジェラの人差し指が形を変えて、するりと穴の中へ入っていく。
暫く鍵穴の感触を確かめるような顔をしていたアンジェラの顔がニコリと笑顔を作った。
「開きましたわ」
鉄枠をはめた重厚な扉が開くと、部屋の中には小さな箱がいくつか並べられていた。
どれもしっかりと釘が打たれており、厳重に密封されている。
「中を確かめてくれ」
押さえつけようとしてもなお興奮で少しだけ閣下の声が震えている。
「どれから開けましょうか?」
アンジェラが両手を釘抜きの形に変形させてにこやかに聞いてきた。
経済観念のないアンジェラにとっては緊張などまるでないようだ。
「一番左の箱を開けてみてくれ」
ゴブが押さえつけた箱をアンジェラはごくごくあっさりと開けてしまった。
「中身は金のインゴットですわね」
普通の人なら快哉を叫ぶような瞬間なのだが、アンジェラの声に感動はない。
「全部で300キロくらいですかね?」
そう言いながらゴブも無造作に金塊を掴んでいる。
そんな二人の姿を見ていると緊張している自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。
「閣下、お茶でもいかがですか? なんか喉が乾いてしまいました」
「ふっ、そうだな。貰おうか」
グローブナー公爵も俺と同じ気持ちなのか苦笑している。
通信機でマリアに連絡してお茶を持ってきてもらった。
「失礼します」
ティーセットのトレイを手にマリアが室内に入ってくる。
「ゴブたちが無事に積み荷を見つけてくれたよ」
「まあ、それはよかったですわ」
チラリとモニターを見たマリアがにっこりと微笑む。
そういえばマリアもお金に興味がないタイプなんだよね。
『不死鳥の団』で稼いだ金の殆どを知り合いが運営している孤児院や神殿に寄付しているらしい。
だからと言ってそれを俺や他のメンバーに押し付けるようなこともない。
彼女の心を動かすプレゼントとはなんなのだろうか?
それを知りたい男は世にごまんといるだろう。
「あれだけあったらなんでも買えそうだね。マリアは何か欲しいものはないの?」
「私は欲しいものは全て持っていますから」
つれないお返事ですな。
こうやってマリアは男たちを苦悩させるんだろう。
「あ、イッペイさんの作ったマチェドニアがもう一度食べたいです」
マリアはそう言って胸を寄せ気味に手を組んでにっこりと笑った。
その姿に俺も苦悶してしまう。
反則的に可愛らしい。
誰かがマリアを禁欲的と言ったが、それは違うと思う。
マリアは食べたいものを食べ、着たいものを着る。
冒険がしたいから迷宮に潜り、不幸な子供の力になりたいから寄付をする。
衣食住に関しては必要と思わないから豪華にはならないだけで、いつだって自然体なのだ。
ただし恋人に関しては微妙なようだ。
彼女は処女のみが行使できる神聖魔法の使い手である。
恋人ができれば必然的に神聖魔法が使えなくなる日がやってくるだろう。
いつか、マリアをして「魔法の呪文を忘れてしまったわ」と言わせしめる男は現れるのだろうか?
俺にはとても務まりそうにない。
財宝の引き上げ作業が始まり、公爵はその目でインゴットを確かめるべく、ポーラ・スター号へと移動していった。
今回の引き揚げ作業では貴金属のインゴットや船内にあった現金や宝飾品など合わせて21億リム相当の財宝が引き上げられた。
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