第197話 暴かれた秘密

 名もなき無人島の沖合に二本マストのスクーナー型の帆船が停泊している。

アルヴィン殿下がチャーターした船だ。

そこから島の海岸を望むと、巨大なイカが打ち上げられているのが見て取れた。

ボニーさんが討ち取ったクラーケンに違いあるまい。

五十メートルはありそうな巨体だ。

近くには焚火のあとがあり、太い木の枝に突き刺さった黒焦げのイカの塊が打ち捨てられている。

巨大焼きイカを作ろうとして失敗したことがなんとなくわかった。


 ポーラ・スター号とヒスパニオラ号から上陸用のボートが降ろされた。

幹部たちが上陸して、顔合わせと今後のスケジュールを話し合うのだ。

俺たちは島までマジックシールドの道を作ってその上を歩いていく。


「空の上を散歩しているみたい……」

珍しくコーデリアが感動している。

俺の腕に捕まりながら歩く彼女は、一瞬だがあどけない少女のような表情を見せていた。

アンジェラに手を引かれながら歩くグローブナー公爵も嬉しそうに杖でマジックシールドを叩いている。

「イッペイ、この道はどれくらいもつのかね」

「消そうと思えばすぐにでも消すことができますよ。放っておいても五分くらいで消えてしまいますね」

「ふむ。空間にマジックシールドを固定しているのか。これも中々応用範囲が広いな」

「ええ。ただし強度はあまりないので、気をつけなければなりません」

「ふむふむ。本当に君と一緒にいると飽きないな。さあ、早く行ってクラーケンの調査をしなければ!」

閣下はとてもご機嫌だ。

はしゃぎすぎて落ちないでね。

アンジェラがついているから大丈夫だとは思うが、ウォルターさんが心配そうに何度も振り返っている。

護衛っていうのは本当に大変な仕事だと思う。

 パティーは最後尾で船から持ち出す荷物をゴブとハリハミに指示している。

ミーティングの前に昼食会を開くのでその準備に忙しい。

俺は料理にかかりっきりになるだろうから、パティーは女主人ホステスとしていろいろ取り仕切らなければならないのだ。

3隻の船の全員となると総勢三百人近くなってしまうので、昼食会に参加するのは俺たちと、ヒスパニオラ号の士官やポーラ・スター号の船長および航海士長などだけだ。

それでも二十人以上になってしまうので、比較的簡単に出来るバーベキューをすることにした。

下準備は船の中でハリハミとゴブが手伝ってくれたので既に完了している。

三種類のソースとデザート、フルーツなどもカット済みだ。

アンジェラが手を十本ぐらい生やして鉄串を回してくれれば余裕で調理できるだろう。


 砂浜では『不死鳥の団』の皆が並んで俺たちを出迎えてくれている。

「お腹……へった」

「おっさん、早くなんか食わせてくれ」

「イッペイさんお久しぶりです」

相変わらずのメンバーだ。

そして、

「叔父上、イッペイ、護衛に参りましたぞ!」

やっぱり王子も来たのね。

可愛そうに、護衛のシェリーが一番苦労したのだろう。

一瞬、シェリーとウォルターさんの目が合ったが、その刹那にお互いを理解し合えたように見えたぞ。

同じ苦労を知る者同士、わかり合えたんだね……。

「アルヴィン、そなたも来たのか」

「はい。師匠がイッペイに合流するといいますので、ご助力いたすべく参りました」

「そうか、何やら逞しくなったようだな」

「師匠の鍛錬のたまものであります」

ボニーさんが控えめなお胸を張って威張っている。

何はともあれみんな飢えているようだ。

早く食べさせてやったほうがいいだろう。

「ジャン、食事を作るから手伝ってくれ」

「何で俺だけなんだよ?」

すぐにジャンはふくれっ面をする。

「お前が一番役に立つんだ」

これは事実だ。

ボニーさんやマリアより料理の腕はいい。

「しょうがねぇなぁ」

ジャンは少し顔を赤くして照れている。

このツンデレさんめ!


「イッペイ……こいつらはなんだ?」

ボニーさんがハリハミを指差している。

「えーと、成り行きで今回の仕事のお手伝いをしてくれることになりました」

「メンバー……なのか?」

この問いにハリーとハーミーが覚悟を決めた様な瞳で頭を下げる。

「僕たちイッペイさんのパーティーに入りたいんです。お願いします!」

「一生懸命頑張ります。どうか私たちをご一緒させて下さい!」

あとはボニーさん次第だな。

「どう思いますボニーさん? 彼らはまだ全然経験値が足りてないんですけどね、将来有望な魔法使いではあると思うんですよ。俺としてはしばらく預かってもいいかなって思うんですけど」

「ふむ……食事が出来るまで二人の実力を見ておく。ふっ……碌に迷宮に入ったこともない素人がよく『不死鳥の団』に入りたいなどと言う。その心意気や…よし」

あんまり激しくしないで上げてね。

あれ? 

ハリハミの顔色が悪いぞ。

「ふ、ふ、不死鳥の団?」

「それって、百年ぶりにネピア迷宮の第八階層にたどり着いたっていう……」

そういえばパーティーの名前を言うの忘れていたな。

二人はずっと俺とパティーの二人組パーティーと思っていたらしいし…………まあいっか。

「二人とも、このボニーさんは『不死鳥の団』の戦闘教官だからしっかりと実力を見てもらうといい」

「は、はひっ!」

二人はボニーさんについて浜の端の方へ移動していった。


 パティーの指示の元、昼食会の準備が始まる。

海軍の従卒たちや閣下の侍従も手伝ってくれた。

ジャンはアンジェラとバーベキューのための火を熾している。

「お前、ゴブの妹なんだって?」

「はい、ジャン様。よしなに」

「お、おう……」

丁寧に頭を下げるアンジェラにジャンの顔が赤くなっている。

こういうお嬢様っぽい女の子にジャンは弱い。

そういえばユージェニーさんの前でもこんな感じなんだよな。

とはいえアンジェラは人間ではなくゴーレムなんだけどね。

今だって両手をウチワの形に変形させて炭を扇いでいる。

「すげぇな、どんな形にも変えられるのか?」

「はい。触れたことのあるものなら質量の許す限り再現が可能です」

「じゃあ、俺の姿も真似できるってことか?」

「もちろんです。服装まで寸分たがわず再現して見せますよ」

「やって見せてくれ!」

ジャンがいそいそと手を出す。

その手をアンジェラがそっと握った。

「はじめますね」

アンジェラの身体が歪み、すぐに服装までジャンとそっくりそのままの同じになってしまった。

「おお! なんか分身の術みたいだな。装備まで一緒なのかよ」

「さすがに高周波ブレードは再現できません。これは似せて作られたレプリカみたいなものです」

「それでもすげぇや!」

ジャンは興奮したように自分の姿をしたアンジェラを眺めている。

が、その興奮が突然醒める。

俺も目が点になった。

あろうことかアンジェラがおもむろにボタンを外してパンツの中を見始めたのだ。

「お、おま、な、なにをやって……」

「人間のオスの構造を観察しております。これが常態でしょうか?」

「ばっ、や、やめろぉ!」

なんと恐ろしい……。

「記憶しました」

「頼むから忘れてくれぇ!」

ゴーレムだからと言ってジャンのチンコの記憶だけ都合よくは消せない。

諦めろ。

「また一つ私の知識が補足されました」

南海の孤島に少年の悲痛な叫びがこだました。


 バーベキューが始まり、肉や野菜の焼けるいい匂いがあたりに漂っている。

食材の刺さった鉄串は触手を何本も生やしたアンジェラがノリノリでまわしている。

暫く落ち込んでいたジャンも今では開き直ってつまみ食いをしていた。

食事の時間に合わせてボニーさん達も帰ってきた。

ハリハミも怪我などはしていない。

本当に基本的な能力だけを見たのだろう。    

全員が料理に舌鼓を打ち、満腹になった。

特に軍人さんは船でいいものを食べてないらしくよく食べていた。

リンドバーグ少佐など余ったバーベキューソースを持って帰るほどだった。

こうして昼食会も無事に終わり、いよいよ本題のミーティングが始まろうとしている。

ウォルターさんをはじめ、シェリー、ジャン、マリア、ゴブが会場となる木陰を封鎖し、余人の侵入を禁止して会議が始まった。

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