第195話 約束の海へむけて

 エリモア中央駅の正面玄関に王家の紋章を戴いた六頭立ての馬車が横付けされた。

手慣れた御者が席から飛び降りドアを開けると、朝もやの中に五人の男女が降りてくる。

「師匠、一番広いコンパートメントを予約しておきました」

「うむ」

先頭を切って歩く女に恭しく頭を下げるのはこの国の王族の一人だった。

「朝早くからたたき起こされてたまったもんじゃねーや」

「そんなこと言って、ジャン君も昨日は楽しみで眠れなかったんでしょう?」

その後ろから一見ガラの悪そうな少年と、清純な心を欲情を喚起させる肉体で包んだ女が続く。

「シェリー……遅れるな」

「すいません師匠!」

一番後ろからついてくるのは、王子の護衛である、苦労人のシェリーだ。

 一行は早朝にも関わらず人で混雑するプラットホームをすいすいと抜けていく。

「しっかし、王子様が冒険旅行なんて大丈夫かね?」

「許可はとってありますよ兄弟子あにじゃ

「まあ、(腕の方は上がってるから)心配はしてねーがな」

兄弟弟子のやり取りを聞きながらマリアが笑みを漏らした。

弟弟子を一番気にかけているのは他ならぬ口の悪い兄弟子なのだ。

「シェリーもちゃんと状況を見極めて行動しろよ。アルヴィンのことばかり気にかけてたらダメだぞ」

「いえ……私はこれでも護衛なので……」

「いいから言う通りにしろって! ……俺もちゃんと見てるから、安心しろ」

不貞腐れた様な物言いをするが、シェリーも兄弟子がいつも自分たちに注意を払ってくれていることをよく知っていた。

それはこの一か月間、エリモアのダンジョン内で苛烈なまでのレベリングをしている最中にも常に感じていたことだ。

『不死鳥の団』に連れられて鍛えられた結果、アルヴィンもシェリーも以前とは比べ物にならないくらい逞しくなっている。

今ならネピア迷宮第六階層くらいまでならたどり着けるレベルだ。

そしてかつてのように襲撃者がきても、自力で倒すことだって可能だろう。

ボニーに言わせるとアルヴィンの剣は天賦の才らしい。

しかも彼は『読心』のスキルが使える。

敵の行動を読めるということはとてつもないアドヴァンテージでもあった。

「師匠、本当に私も『不死鳥の団』に入れてもらえるのでしょうか?」

「イッペイ……次第」

ボニーと会話するアルヴィンの顔には以前のような影がない。

心身ともに充実しているようだ。

随伴するシェリーの顔には疲れも見えるが、日々明るく過ごすアルヴィンに引きずられて笑顔でいることが多くなっていた。

 午前五時発の始発列車がエリモア中央駅を出発した。

南部最大の港湾都市エリエルへの到着予定時刻は午前九時二十分だ。

そこからは王子がチャーターしたスクーナー型の帆船で海を渡るのだ。

メンバー全員が心の内で冒険の喜びに身を震わせている。

南国の青い海、青い空、白い砂浜、そして船の上で手を振る平たい顔の男に会えるのを皆が待ちわびていた。



 ハリーとハーミーは生まれて初めて見る装備に袖を通していた。

アサルトスーツと呼ばれるその服は二人が見たこともない素材で出来ていた。

一見ゴワゴワした布のようなのだが対魔法処理がされており、軽い攻撃魔法などは弾いてしまう不思議な服だった。

防水なのに通気性がよく、しかも防刃処理まで施してあるのだ。

その上から着るボディーアーマーは革鎧よりも軽いのだが強度はずっと上だった。

渡されたタクティカルブーツなるものも不思議な履物だ。

防水で強靭、靴底にゴムがついていてとても歩きやすい。

そしてタクティカルヘッドセットなるものに至っては、理解の範疇を越えていた。


「二人ともちゃんと着たかい? この装備で生存率はかなり上がるはずだからね、多少苦しくてもちゃんと着るんだよ。とりあえず通信機の使い方を憶えてくれ。そんなに難しいものじゃない」

イッペイのレクチャーを受けて通信機の使い方が分かり、二人はこの機械の有用性をすぐに理解した。

それと同時に以前から二人の中にあった疑問が大きく膨れ上がっていく。

この人達はいったい何者なんだろう?

不思議な船を見たときから、いや、メタルスライムを容易く狩るのを見たときから只者ではないという気がしていた。

しかし、知れば知るほどイッペイとパティーは底知れぬ凄さを見せつけてくる。

「あの、こんな凄い装備を貸してもらっていいんでしょうか?」

ハリーの質問にイッペイはキョトンとした顔をしていた。

「えーとね、それは制服みたいなもんだから、アルバイトでも貸与するというか……」

ハリハミにはイッペイの言っていることはよくわからなかったがどうやら貸してくれるらしい。

「準備は出来たわね? それじゃあ訓練に行くわよ!」

パティーの元気な声が響き、イッペイ、パティー、ハリー、ハーミーにゴブとアンジェラを加えた六人は近くの砂浜までランニングを開始した。



 朝の訓練の前にハリーとハーミーに『不死鳥の団』標準装備を渡した。

昨晩のうちに錬成しておいたのだ。

こちらの都合で彼らを仕事につき合わせることになってしまったのでせめてもの罪滅ぼしだ。

ゴブとアンジェラがついていてくれれば危険はないとは思うが、念には念をいれておこう。

早朝の訓練をすると知った二人が参加したがったので今日は六人で訓練だ。


「それじゃあ戦闘訓練をはじめるわ」

二人は魔法使いなので基本的には近接戦闘はしない。

だが、格闘技を身につけた魔法使いは、それを知らない魔法使いに比べてはるかに強い。

ボトルズ王国屈指の魔法使い、パン屋の魔女ことセシリーさんもそれなりに剣を使えるのだ。

「二人は剣術経験は全くないのね? では基本の型から教えるわね」

パティーが二人に剣術の基礎を教えている間に、俺とゴブとアンジェラで近接戦闘訓練をした。


「それではゴブがお相手しましょう。アンジェラとマスターお二人でかかってきてください」

棍を持ったゴブにアンジェラと共に対峙する。

「マスターは左からお願いします」

「了解した。挟撃するぞ」

アンジェラから四本、俺のヒダリーから一本のアイアンフィストが伸びてゴブを攻撃する。

二人ともかなり高速の突きを放っているのだが、ゴブの身体をかすりもしない。

華麗に避けられ、あるいは棍に撃ち落とされたりして一発も入れることができないのだ。

「そろそろこちらも攻撃しますぞ」

ゴブから放たれる攻撃をマモル君のバリアをピンポイントで張って防いでいく。

ゴブは俺でも見える攻撃をわざと繰り出してくれている。

もしゴブが本気を出せば俺にはなす術がないからだ。

そうなれば完全防御で亀のように固まっているしかない。

「くっ!」

アンジェラのくぐもった声が聞こえてきた。

彼女は防御が間に合わず、まともにゴブの攻撃を食らっている。

アンジェラの身体は流体金属で出来ているのでダメージはほとんど入らないのだが、見た目はボロボロだ。

「お兄様、もう少し手加減してくださいませ。アンジェラは新しい性癖に目覚めてしまいますわよ」

「はははっ、いけない妹だ。まだお仕置きが足りないようだね」

はたから見ていると壮絶な光景なのだが、二人にとっては軽いスキンシップのようだ。

実際のところアンジェラに物理攻撃はほとんど効かない。

倒すには1500度以上の高温やマイナス100度以下の低温にさらすか、化学薬品などを使った攻撃、魔力を奪い取る攻撃が必要になる。


 一時間ほど全員で汗を流し、ハリーとハーミーは魔力循環の訓練に移った。

「ネピアに戻ったら二人をセシリーさんに見てもらおうかな」

「それがいいわね。セシリーなら面倒見もいいし、きっと力になってくれるわ。剣の筋も悪くないし、きっといい冒険者になるわ。イッペイの所に入れてあげれば?」

不死鳥の団にか? 

メグとクロが抜けてから人数の少なさは感じているが……。

二人とも十八歳なのでまだまだ伸び盛りではある。

「本人たちの意向と他のメンバー次第かな」

「あの二人ならその気みたいよ。昨日ゴブにパーティーに入れてもらうにはどうすればいいか相談しているのを見たもの。なにか勘違いもしているみたいだったけどね」

ハリハミは普段から俺とパティーが同じパーティーで活動していると思っているらしい。

「ゴブはなんと言ってた?」

「私からも推薦するけど影のボスに聞いてみないとわからないって」

俺も同じくボニーさん次第だと思う。

マリアは基本的にだれでも受け入れるし、ジャンはあれで面倒見がよいのだ。

たぶん明日か明後日には『不死鳥の団』とは合流できるはずだ。

久しぶりにみんなでテーブルを囲んで、その時に決めればいいだろう。

俺は一人一人の好物を思い出していた。

午後は買い出しに行かなくてはならないな。

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