第194話 あいつらがやってくる!

 窓から望む夜景を眺めながらコーデリアは深いため息をついた。

手にはケウラス群島名産のラム酒のロックが握られている。

「イッペイ、私の所に来ない?」 なぜあんなことを言ってしまったんだろう。

愚にもつかない冗談だ。

あんなことを言えばイッペイの気持がますます自分から離れていくのはわかっていた。

自分は破滅願望があるのだろうかとコーデリアは考える。

いっそイッペイがハーレムでも作ってくれればいいとも思った。

たまに自分だけを見て、その日は自分だけを愛してくれればそれで十分な気がした。

水曜日だけでもいいわ。

漠然とそんな夢想をしてみる。

「水曜日の女」というフレーズが自分でも気に入り、思わず自嘲的な笑みがこぼれた。

もしかしたらイッペイは私とパティーを同時に抱きたがるかもしれない。

私はそれだってかまわない。

あの女は嫌がるでしょうけど……。

私なら愛情をこめてパティーにキスだってできる。

いいえ、パティーの全身隈なく愛撫だってできるのに……。

 グラスの中の氷が音をたててコーデリアは我に返った。

結局私はかなりの寂しがり屋なのだろう。

幸せそうな二人の仲間にしてもらいたいのだ。

そしてもし仲間に入れてもらい幸福になれたとしても、最終的には自分でその関係を破壊してしまいたくなるに違いない。

我ながら面倒な女だとおもう。

でもコーデリアはそういう生き方しかできないし、性格を変えることなど無理というものだ。

沈没船が上手く引き上げられれば、一生遊んで暮らせる金が手に入るだろう。

そうしたら仕事は引退するつもりだ。

暫くは静かに自分の幸せについて考えよう。

ペットでも飼おうかしら? 

ふいにそんな気分になる。

街で見つけた見込みのある少年を自分好みに育てるという手もあるし、ダメ男を思いっきり甘やかして養うのも面白そうだ。

前者はいつか私を捨てるだろうし、後者はいつか私が叩きだしてしまうだろう。

そのどちらにせよ、痛みと快楽を与えてくれそうだった。

 ドアがノックされメイドが一人室内に入ってきた。

フルーツの盛り合わせとカナッペの乗った皿をワゴンで運んできたのだ。

メイドは五十歳くらいの年齢で腕に痣があった。

「その痣はどうしたの?」

目ざとく見つけたコーデリアの質問に、メイドは初め口を濁して多くを語らなかった。

だがコーデリアが優しく問いただすと、夫の暴力や酒のことなどをポツリポツリと話し始めた。

コーデリアはメイドの話を最後まで聞き、慰め、金貨を一枚手に握らせてやった。

「奥様! これは……」

「いいから、そのお金は自分のために使うのよ。少しは自分をいたわりなさい」

「ありがとうございます!」

メイドは涙を流しながら何度も慈悲深い奥様に礼を言いながら退出していった。

それから一人になったコーデリアはベッドのふちに腰かけてしばらく無言でいた後につぶやいた。

「くだらないわ」

可哀想なメイドに金貨をくれてやったところで、コーデリアもコーデリアを取り巻く世界も何も変わらなかった。

きっとそれは沈没船から財宝を引き上げたとしても同じで、何も変わらないのだろう。



 午前中に出かけたというのに、辺りはすっかり暗くなっていた。

ハリーとハーミーはちゃんとお昼ご飯を食べただろうか。

「こちらイッペイ。ゴブかアンジェラ、聞こえたら応答してくれ」

通信機で連絡を取るとアンジェラから応答があった。

今は四人で夕飯の準備をしているそうだ。

「ゴブが作ってくれてるのかい?」

「違いますマスター。ハーミーが中心になって用意しております。私も生まれて初めて料理を体験しております!」

アンジェラも初めての経験に興奮しているみたいだ。

「それは偉いね。上手にできた?」

「はい。肉を切り刻んでやりました」

アンジェラ……怖いよ。両手を刃物に変形させ、にっこり笑って肉を切る、金髪ツインテール美少女を想像して縮み上がってしまう。

「夕飯はカキのグラタンとミートローフ、マッシュポテト、ケウラス風野菜のピクルスです。早く帰ってきてくださいね」

飲み物を買ってなるべく早く帰ると約束した。

リカーショップでラム酒と炭酸水などを購入した。

パティーも機嫌よく陳列棚を眺めている。

「いつもならコーデリアと会った後は不機嫌になるのに、今日はそうでもないんだね」

「そうね……今の私は信じられないほどに幸せだから」

パティーの言葉は少ない。

コーデリアのことには触れたくないのかもしれない。

だから俺もコーデリアのことは意識の外へと追い出すことにした。

あの日、コンブウォール鉱山でもしもミスリルパンツを履いていなかったら、俺は情欲に負けてコーデリアと一夜を共にしてしまったのだろうか? 

そして未来は違うものになっていたのだろうか? 

……そんな仮定に意味などないな。

それこそ、証明など不可能なことだ。

今度こそ俺はコーデリアのことを頭の中から追い出し、ゴブ達の待つ船へと家路を急いだ。


 船に帰るとエプロン姿の四人が出迎えてくれた。

若いハリハミ&アンジェラがいるせいで学園祭の喫茶店みたいだ。

ちなみにゴブは執事姿の上にフリルのエプロンをつけていた。

ゴブなりのこだわりがあるらしい。

 ハーミーの作ってくれたグラタンには大きくてぷりぷりのカキが入っていた。

「ハーミー、すごく美味しいよ。後でレシピを教えてね」

「マスター、ミートローフもお召し上がり下さい。その肉はアンジェラが切り刻みました」

「ひっ」

ハリハミから悲鳴が漏れた。

きっとアンジェラが肉をミンチにする時の様子を思い出したのだろう。

「これこれアンジェラ、マスターを急かしたりしたらダメだろう」

「申し訳ありません。頑張って刻んだので是非ともマスターにご賞味いただきたくて」

「はっはっはっ、張り切りすぎてまな板まで刻んでいたものなぁ」

「いやですわ! それはご内密にとお願いしたではありませんか!」

アンジェラがぷんすかと怒っている。

俺はどう反応すればいいんだろう?

「ご安心くださいマスター、木片は全てゴブが取り除きましたので」

そういう問題ではないと思う。

アンジェラの無言のプレッシャーに促されてミートローフを一口食べた。

「とても美味しいよアンジェラ。だけど次回は自分のボディーではなく包丁を使おうね」

「はい。ですが、自分の身体を包丁にした方が扱いやすいのです」

「君のように可愛い娘の手が刃物になって肉を刻むところは見たくないんだよ」

アンジェラは思案顔で黙考している。

「……わかりました。次回からは包丁で刻むことにします」

わかってくれたようだ。

「包丁を同時に六本持てば効率の悪さはカバーできるでしょう」

アンジェラなら手を何本でも生やすことは可能だな。

もう好きにさせることにしよう。


食後、俺は今後の方針を皆に説明した。

「任務の詳細については今は語れないが、船が出向して沖合に出てから説明する。出発は二日後。日程はおよそ五日間を予定している。明日は必要物資を買い付けて船に搬入するからね」

「荷運びなら任せておいてください!」

ハリハミもやる気充分だ。

一緒に行動するなら彼らの装備も整てやらないといけないだろう。

迷宮の時は魔法使い用の簡単なローブのみを装備していた。

一応『不死鳥の団』標準装備を作っておくか。


 就寝前に王都へ向けて長距離通信を送る。

「あ、ボニーさんですか?」

「いつ……戻ってくる?」

開口一番それか。帰りが遅れるかもなんて言ったら怒られてしまうかな?

「それがですね――」

俺は沈没船についてボニーさんに説明した。

「私も……行く」

「行くってどこに?」

「ちんぼ……つせん」

「……区切り方おかしいですよ。それに、そんなこと言ったって船はどうするんですか?」

「弟子に……借りる」

「弟子?」

「アルヴィン」

そういえばこの人、アルヴィン殿下を剣術の弟子にしたんだったな!

「えーと、出発は明後日なんです」

「私も明日……出発。現地で落ち合おう」

否応ないもののいいように拒否することを忘れた。

そして俺は気づいてしまった。他ならぬ俺自身が、どうしようもないくらいにボニーさん達に会いたかったのだ。

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