第193話 誰か彼女を愛してやってくれ
「イッペイ?! イッペイではないか!」
俺たちに気が付いたグローブナー公爵は執務机から立ち上がり、笑顔で出迎えてくれた。
「閣下、ご無沙汰しております」
公爵は俺やパティーの訪問を喜び、自ら応接室へ導いてくれた。
「これウォルター、まさかハネムーン中のイッペイ君を無理やり連れてきたんじゃなかろうな?」
じろりと睨む閣下にウォルターさんが首をすくめる。
「滅相もございません閣下。実は例の件で海軍のリンドバーグ少佐が有能な冒険者を推薦すると言ってきたのですが、それがイッペイ様たちだったのです」
「なんと! うむ、確かにイッペイたちがいれば心強いのだが、いいのかのぉ? 新婚旅行中であろう?」
「まずは何のお手伝いをすればいいのかお聞かせください。閣下のことです、きっと面白いお話なんでしょう?」
「ふふふ」
初老の公爵が悪童のような笑みを漏らす。
「内密の話だぞ。実はな……沈没船を見つけたのじゃ!」
その船はイスリア船籍の商船で、ボトルズ王国で買い付けたミスリル銀や金、白金のインゴットを多数積んでいたそうだ。
三年前に海賊に襲われ、船長はお宝を海賊にくれてやるくらいならと、自分の船の横っ腹に魔法攻撃で穴を開けて沈めてしまったそうだ。
公爵の狙いはその沈没船だった。
仕事の内容は財宝のサルベージ作業と、海賊などからの警護任務ということだな。
沈没船の引き上げか、たしかに心躍るロマンがある。
「しかし、よく沈没船なんて見つけましたね」
「見つけたのは儂じゃないよ。君の友人でもあるコーデリア・ルートビア嬢だ」
友人?
ひどい目にあわされもしたが、宮廷晩餐会の時は助けられもしたんだよな。
まあ、友人ということでいいか。
「これはまた意外な人物の名前が出てきましたね」
「彼女もこのホテルの三階に宿泊しているよ。私の愛人に偽装してね」
公爵はさも可笑しそうに笑っている。
「いくら秘密を厳守するためとはいえ、愛人というのはどうにも……。閣下がいろボケされたと
謹厳実直なウォルターさんが苦言を呈す。
閣下は何年も前に奥様に先立たれているそうだ。
側室はなく自由気ままな一人暮らしだと言っていた。
「それこそ、こちらの思う壺というものであろう。それに愛人ごっこというのも存外楽しかったぞ。コーデリア嬢はあれで男に尽くすタイプのようじゃな」
コーデリアは相手によって好きに自分の立ち位置を変えられる女なのだ。
SからMまで変幻自在だ。
その気になれば良妻賢母であることすら可能かもしれない。
「それで、コーデリアさんはどこから沈没船の話を聞きつけたんでしょうね」
「それは本人から聞けばよかろう。ウォルター、コーデリア嬢を呼んできてくれ」
暫くして、ゆったりとしたボヘミアン風のワンピースに身を包み、優雅な足取りでコーデリアが現れた。
「こんにちはみなさま」
目の端にいつもの険はあるが、普段より落ち着いて見えるのは服装のせいだろうか。
今日のコーデリアはとっつきやすい雰囲気だ。
……!
騙されるなイッペイ。
これがあの女の手なのだ。
胸元の開いた服なんて気にしちゃダメだ。
年増の色香なんてきら……い……じゃなくても我慢するんだ!
俺は視線が胸元に行かないように気をつけた。
それを知ってか知らずか、含み笑いのコーデリアがムカつく。
「ご結婚おめでとうございます。残念ですわ、式には是非参加させていただきたかったのに」
「ごめんなさい。公にはしにくい結婚でしたからね。身内だけでひっそりと執り行いましたの」
優雅な笑顔でパティーとコーデリアが会話をしている。
二人の仲は相変わらずなのに、それを微塵も感じさせないところが怖い。
一通りの挨拶が済んで、コーデリアが沈没船発見の経緯を話し始めてくれた。
「きっかけはコンブウォール鉱山にやってきた一人の囚人でした」
その囚人は喧嘩の上の殺人で捕まった、屈強そうな体と凶悪な顔を併せ持つ男だった。
そして見た目通り戦闘力が高く、収監されたその日の内に牢役人になってしまう程のカリスマを持っていた。
暫くは大人しく囚人をやっていたのだが、鉱山内の銀を外部に横流ししようと画策して、それが露見してしまう。
「代官として私も取り調べをしたわけです。その時に男の身体にある入れ墨に気が付きました」
いつものように裸にひん剝いて、鞭打ちでもしようとして気が付いたのだろう。
「刺青というのは?」
「この男の左右の上腕部には鏡文字で数字が羅列されていました。私はどうにも気になりまして、これが何であるか時間をかけて男を尋問したのです」
大分お楽しみになったようだ。
「頑強な男で大変な苦労をしましたよ。取調官がどれほどの責め苦を与えても一切白状しようとはしませんでした。ですが思わぬところから情報が入ったのです」
「それはどういった?」
「下世話な話になりますが、男が収容所で慰み者にしていた若い男がいまして……」
ああ……掘られてしまった人がいるのね、可愛そうに。
「その若い男がリークしたのですか?」
「ええ。この男がホフキンス海賊団の船長ホフキンス自身であること。かつての海賊仲間を使って銀を横流ししようとしていたこと。ホフキンスは娑婆に出たら三年前に海に沈んだ船からお宝を引き上げようとしていることを白状しました」
若い男はそれなりにホフキンスに目をかけられていたらしい。
食事などもたくさん与えられ、なるべく楽な仕事が割り振られていたようだ。
その代わり夜はホフキンスへのご奉仕が強要されたわけだ。
想像するだけでミスリルパンツを錬成したくなる。
「海賊ホフキンスはどうなったんですか?」
「一切合切を白状した若い男に褒美を与えることになったんですけどね……その男が望んだのはホフキンスにとどめを刺すためのナイフでした」
ホフキンスは鉱山の岩山に三日三晩磔にされた挙句、例の若い男に刺されて死んだそうだ。
「沈没船引き上げの話を聞いた瞬間に、男の刺青が何をさしているか私にもわかりました。みなさんもご承知だとは思いますが、経度と緯度で間違いないでしょう。さてボトルズ王国の御法では、沈没船の権利は引き上げたものに帰します。ですが個人で引き上げるにはとてつもない財力が必要になります。上級官吏に成りたての子爵家の次女には少々荷の重い案件でした」
海賊ホフキンスだってすぐには引き上げられなかったくらいだ。
そこで目をつけたのが宮廷晩餐会で知己を得たグローブナー公爵というわけか。
「まあ、大体そういうことだ。話を聞いた時は年甲斐もなくはしゃいでしまってのぉ。二人して沈没船を引き上げようということになったわけだ。しかも、何度も密会して怪しまれるわけにはいかんので、儂らは愛人関係にあるということにしたわけじゃよ」
まんま性悪女に騙されている学研肌のお爺ちゃんって感じだ。
実際の閣下はそんな甘いお人じゃないけどね。
「というわけでイッペイ達にも是非とも手伝ってもらいたいのだ。実を言えばかの囚人が捕まった時に何人かの者が刺青を見ているのだ。情報が洩れている可能性もある」
すでに下見の船が出ていて、一週間前に沈没船自体も確認されているそうだ。
問題の沈没船は水深四十五メートル地点に横たわっているという話だ。
打ち合わせを終えて閣下の部屋を辞す時が来た。
パティーが閣下と挨拶している時にコーデリアが俺のところにやってきた。
「ねえ、海賊ホフキンスはどうやって死んだと思う?」
「若い男に刺されたんだろう?」
内緒話をするようにコーデリアは俺の耳に口を近づけた。
「ええ。あの男は弱り切ったホフキンスの後ろから、お尻の穴にナイフを差し込んだの。何度も何度もね。私……濡れちゃった」
気配を察してすっと身を引いた。
俺の耳を舐めようとした舌がコーデリアの赤い唇から出ている。
彼女は頬を上気させながらそのまま自分の唇を舐めた。
「意地悪ね」
「身を滅ぼしますよ」
そう何度も舐められてたまるか。
「イッペイ、私の所に来ない?」
「新婚の男を誘わないでください」
「新婚の男だから誘ってるの」
コーデリアの目は爛々と輝き、迷いはない。
破滅願望があるのかと疑いたくなるほど欲望に忠実だ。
俺は大きくため息をつく。
「貴方には恩があるから一つだけ忠告します。閣下に変なことはしないほうがいい」
ウォルターさんは真面目ないい人だが、いざとなれば躊躇いなくコーデリアを斬るだろう。
「もしかしてやきもちかしら? ……冗談よ。こう見えて私は貴族で上級官吏よ。タブーの境界線を見極めるのは得意なの」
なるほど俺が心配するまでもないということか。
「でも嬉しいわ。こんな変態な私を心配してくれるんだから」
コーデリアは自分の言葉に酔っているようだ。
俺には付き合いきれないな。
倒錯的な不倫の世界はゴブのコレクションの中だけで十分だ。
「なにか楽しいお話かしら?」
パティーが笑顔で俺たちの所に来る。
「とんでもない。ある女が失恋をするという悲劇の話をしてましたの」
「それは可哀想な話ですわね。私でよければその方をお慰めしたいですわ」
「ふふふ……パティーさんが慰めてくれるなら……その人も喜ぶでしょうね」
もう、誰かコーデリアを愛してやってくれないかな。
そうすればこの人も俺にちょっかいを出してこなくなるだろう。
歳も釣り合うしリンドバーグ少佐なんかよさそうだ。
俺は鞭で叩かれるイケメン中年を想像して首を振った。
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