第192話 黒幕の正体

 リビングに入ると海軍の制服に身を包んだリンドバーグ少佐がパティーと話していた。

「お久しぶりです少佐。お元気でしたか?」

「やあ、イッペイ君。港で偶然この船を見つけてね、厚かましくもやってきたという次第さ」

少佐は相変わらず引き締まった体躯のシブいイケメンだ。


「実は今日こちらに来たのは、旧交を温めようというだけじゃなくて、折り入ってお願いしたいことがあったんだよ」

「それはどういったことでしょう?」

「詳細は話せないが、君たちに仕事を依頼したいんだ」

リンドバーグ少佐の顔はやや険しい。

難しい仕事なのだろうか。

「仕事の内容はなんでしょう?」

「護衛任務だ」

護衛任務? 

ボトルズ王国において冒険者は魔石の採取者のことである。

護衛任務というのは傭兵ギルドの管轄だ。

傭兵と冒険者を掛け持ちでするものも多いので、その辺の境界線はあいまいではあるのだが。

「冒険者の俺たちに護衛任務ですか?」

「ああ。実を言うと今回の任務は封緘命令ふうかんめいれいで我々も任務の詳細はわかっていないのだよ」

封緘命令というのは秘密を厳守するために、船を出港させた後に命令書を開けて見るシステムだ。

「任務の詳細が分からないのに何で俺たちを雇いたいんですか? 雇い主は海軍ですよね」

「そうじゃないんだ……これから雇い主に君たちを推薦しようと思っている」

リンドバーグ少佐によると、とある大貴族からの依頼で、とある船を海軍が護衛することになり、少佐が乗っているヒスパニオラ号がこの地に派遣された。

ところが雇い主はヒスパニオラ号一隻では心許ないと言い出したそうだ。

だが現在ケウラス海域で活動する軍艦でこの任務につける船は他になかった。

「どうだろうイッペイ君。引き受けてはもらえないだろうか?」

「困りましたねえ……」

リンドバーグ少佐はいい人だし、なるべくなら力添えをしたい。

だがその雇い主と仕事の内容が問題だ。

まず雇い主の大貴族というのは、海軍の軍艦を派遣してもらえるほどの大物らしい。

任務が失敗した時に責めを負わされると厄介そうだった。

責任をこちらに転嫁されることはないとは思うが、気をつけた方がいいだろう。

そして更に問題なのは仕事の内容だ。

ヒスパニオラ号は魔導エンジンこそ搭載していないが、海軍の新鋭フリゲートだ。

乗組員もスモレット船長をはじめ優秀なベテランが多数そろっている。

共に海賊船を拿捕した経験があるので彼らの実力はよくわかっていた。

そんな船とクルーをしてまだ「心許ない」と言わせる仕事の内容とはいったい何なのだろう? 

不安しかない。

「その大貴族とは?」

「それも分からんのだよ。現在我々が知り得ている情報はその大貴族の代理人がウォルター・ルーカスという人物であるということだけでね」

雇い主が何者であるかもわからないとは徹底しているな。

「パティーはどう思う」

「そうね……ここは少佐の顔を立てて、そのルーカスさんという人にお会いしたらどうかしら? お話を聞いたうえでご依頼を受けるか受けないか判断すればいいかと思うわ。……あっ、でもハリーとハーミーがいたわね」

そうだった。

あの二人のことを忘れていた。

危険な任務なら連れて行けないぞ。

「そうだったね。どうするか……」

もし仕事を受けるなら、二人には悪いが任務完了後に改めてここまで迎えに来るか、時間的に余裕があるのなら先に本土まで送り届けてから任務に就くという選択肢がある。

「私たちのことなら心配しないでください」

思案しているとハーミーがゴブと一緒に部屋に入ってきた。

その後ろにはハリーとアンジェラもいる。

「ハーミー?」

「私たちは船の雑用でも何でもすると言ったではないですか。もしイッペイさん達が仕事に出られるなら私たちも一緒にお手伝いさせてください」

気持ちは嬉しいが……。

「マスター、この二人のことはゴブにお任せください。私が付いておりますれば、そうそう危険な目には合わせません」

「マスター、私からもお願いします。アンジェラもハリーとハーミーからいろいろなことを学びとうございます」

アンジェラはハリーとハーミーを興味津々でみていた。

若い恋人同士をおもしろい観察対象として、いたく気に入ったようだ。

その気持ちはゴブも一緒だな。

二人して縋るように俺を見つめている。

「ハリーはそれでいいのか? 危険な旅になる可能性があるんだぞ?」

「構いません。僕もイッペイさんたちのお力になりたいですし、色々学びたいです」

パティーを見ると、苦笑しながら頷いてきた。

ゴブジェラが護衛するのなら並大抵のものでは害することはできないだろう。

「わかった、一緒に行こう」


事の成り行きを見守ってきたリンドバーグ少佐が立ち上がる。

「それではルーカス氏に会っていただけるかな?」

「お会いしましょう」

 俺とパティーがリンドバーグ少佐に同行することとなった。

ハリハミにはゴブジェラと共に船に残ってもらい交流を深めてもらうことにしよう。

ゴブは自重するように。

アンジェラは空気を読むんだよ。

少し心配だったが、四人を残して代理人が待つというホテルへと向かった。



 ホテルではルーカス氏の部屋にリンドバーグ少佐だけが先に入り、俺たちは廊下で待っていた。

「どう思うイッペイ?」

「かなりヤバい仕事かもね。リンドバーグ少佐の頼みだから話だけは聞くことにしたけど」

ドアの向こうで人の動く気配がして、人の声が聞こえてきた。

「本当に信用できる冒険者なのですか?」

「お会いになればわかりますよ。冒険者としての腕は超一流ですから。ルーカスさんもきっと驚かれるでしょう」

こちらにやってきそうなので、ドアの前で居住まいをただした。

「イッペイ君、パティーさん、中に入ってくれたまえ」

少佐に招かれて部屋に入るとそこには見知った顔があった。

「貴方はっ!」

さる大貴族の代理人、ウォルター・ルーカス氏とはグローブナー公爵の護衛をしていたウォルターさんだった。

「こ、これはイッペイ様、一別以来でございますな!」

「はい。閣下もご健勝であらせられますか?」

「はい。ですが……」

ウォルターさんはチラリと少佐の方を見て言葉を繋げる。

「こちらでは閣下のお名前はお出しにならないようお願いいたします」

理由があって依頼人がグローブナー公爵であることは伏せておかなければならないらしい。

「これは、これは。ルーカスさんはイッペイ君をご存知でしたか」

「ええ。まさか少佐がつれてきた冒険者が、かの究極のポーターとは思いませんでしたよ。ところでイッペイ君、こちらの女性はもしかして」

「妻のパティーです」

「はじめましてルーカスさん。パティーと申します」

「お噂はかねがね聞き及んでおりますよ」


ことがうまく運びそうなので、リンドバーグ少佐が笑顔で尋ねている。

「いかがですか? 私の連れてきた冒険者たちは?」

「いや、これ以上の適任はいませんよ。少佐、いい人たちを連れてきてくれました」

しばらく雑談を交わしてから少佐は船へと帰っていった。

俺たちはより詳しい話を聞こうとウォルターさんの部屋に残っている。

「それで、詳しいお話は聞かせてもらえないのでしょうか?」

「イッペイ様方なら大丈夫です。全てお話いたしますが、場所を移しませんか?」

「どちらに?」

「最上階のスイートです。そちらに閣下がいらっしゃいますので」

なんとグローブナー公爵もケウラス群島に来ているというのか。

これは余程の大ごとなのか? 

でも閣下はフットワークが軽いからな。

いつも世界中を飛び回っているらしいし。

「お二人がケウラス群島にいらしてるのは存じておりましたがお会いできて本当に良かった」

「いろいろ寄り道をしましてね。閣下にお聞かせする土産話も用意してありますよ」

俺の言葉にウォルターさんも嬉しそうに笑ってくれた。しかし、何かに気が付いたようにウォルターさんの表情が少し曇る。

「そういえばお二人は新婚旅行でしたね……よろしかったのでしょうか? そんな時に仕事の依頼など」

パティーが笑顔で答える。

「構いませんわ。旅に出てからもよく閣下のお話をしていたのですよ。固有種の魔物のサンプルとかメタルスライムからとれた流体金属とか閣下へのお土産もたくさん用意してございますのよ」

「それを聞けば閣下もさぞお喜びになりましょう。閣下も本当はイッペイ様にお会いしたいのに、新婚旅行の邪魔をする野暮にはなりたくないなどと申されて、かなり我慢をしていらっしゃいました」

それを聞いて思わず三人とも笑みがこぼれてしまった。閣下は大貴族だがこういう気遣いが出来る粋な方だ。だから俺にとっても、閣下は気の置けない人なのだ。

 それにしても、グローブナー公爵はどんな問題に直面されているのだろう。

あの閣下が政治的な問題を抱えているとは考えにくい。

むしろなにか大発見をしたとか、新種の魔物を調査するとか、そういった類のことのような気がする。

おそらくパティーも同じ見解だろう。

依頼人がグローブナー公爵だとわかったとたんに好奇心が表情から滲み出してきている。

そして俺も同じような表情をしているのかもしれない。

結局俺たちは似たもの夫婦なんだろう。

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