第191話 アンジェラ

かつて、俺は魂を削るような錬成を二回だけしたことがある。

一回目はゴブの改造、二回目はボニーさんの刀を作った時だ。

そして昨晩、三回目の大仕事をやってのけた。

ゴブの妹であるアンジェラを錬成したのだ。

構造の基本設計は大賢者ミズキの知識をベースにゴブがしたが、実際の作成は俺が担当している。

「さあアンジェラ、目を開けてごらん」

「はい、マスター」

俺の目の前にはツインテールの金髪をした12歳くらいの女の子が座っている。

身体は未発達な少女のものだが、顔は愛らしさの中にも妖艶さをもつ不思議な魅力を秘めていた。

白いワンピースがよく似合っている。

とはいえアンジェラの身体はナノマシンを大量に含む流体多結晶合金でできており、実際はいろんな形に変化できる。

「気分はどうだい?」

「すべて正常値です。交感神経および副交感神経の突出した働きは見られません」

抑揚のない声でアンジェラが答える。

落ち着いているということかな?

「それではボディーのチェックに移ろう」

「ボディーのチェック? 少女の身体にご興味がおありですか?」

はい?

「いや……そういうことではなく……」

「場を和ませるためのジョークです……お気に召しませんでしたか?」

自分で作っておいてなんだが頭が痛い。

「いや、おれも冗談は好きだよ。とにかく、たくし上げているスカートをおろしなさい」

「チェックは?」

「服は着たままでいいよ」

俺は成熟した女性しか受け付けないのだ。

「それは残念です」

「とにかく立って歩いてみてくれ」

「はい、マスター」

アンジェラは素直に立ち上がり、歩いて見せる。

動きはスムーズで見ている分にはおかしなところはない。

「どうだ、身体に違和感などはないか?」

「そうですね……。小さなお尻と胸に違和感を感じます」

「そのボディーは君の潜在意識が望んだ形をとっているはずだが?」

「冗談です。私の好みとマスターの嗜好にずれがあることは残念ではあります。ですが私には譲歩の用意があります。多少のサイズアップなら吝かではありません」

なんかやりにくいな。

無視して話を進めよう。

「次は船とのリンクを確認してみようか」

「スルーされたことは気になりますが、了解しましたマスター」

アンジェラは元々このクルーザー自身だった。

今は船内の何処にいても船のセンサーや操縦系とリンクを張ることができ、自在に船を操れるのだ。

「船舶とのシンクロ率100%。魚雷発射準備完了、いつでもいけます!」

「君が冗談を愛する愉快なゴーレムということは理解した。だけど少しだけ冗談は置いておこう」

「恐れ入りますマスター」

その後も綿密なチェックをして、微妙な性格以外おかしなところはないという結論に至る。

「ほぼ問題はないようだね。それじゃあみんなの所へいこうか」

「はい……でも少し怖いです」

アンジェラは赤くなって俯いてしまう。

人見知りの性格なのか?

「胸がドキドキいってる……お触りになりますか?」

「心臓ないじゃん」

「……マスターはいい人ですが雅な心に欠けます」

風流な人間ではないという自覚はあるさ。

「とにかく、ゴブとパティーに会いに行こう」

俺は大きなため息をついた。



 居間に入っていくとゴブが感極まった雰囲気で立ち上がった。

「アンジェラ……」

「お兄様……。こうしてお兄様にお会いできたこと、大変うれしく思います」

「私もだ。なんと美しい……お前は触れることさえおこがましく感じるほどの気高さを持っているね」

ゴブにとってはドストライクなのか? 

それともアンジェラだから全てが許されるのか?

「お兄様……この姿の私もお気に召しましたでしょうか?」

「もちろんだとも! 私の理想とする妹像をそのまま体現しているよ」

「お兄様……」

……仲良きことは美しきことかなだな。


「仲がよさそうで良かったじゃない」

パティーが微笑んで兄妹を眺めている。

「これはパティー様、挨拶が遅れ失礼いたしました。アンジェラでございます」

「ええ、よろしくね」

アンジェラがパティーの身体を凝視している。どうした?

「パティー様のボディーも流体多結晶合金でできているのですか?」

突然何を言い出すんだこの子は。

「そ、そんなことないわ。普通の人間の体よ」

「そうですか。胸囲が私のデーターベースにある人間の平均値を大きく上回っております。ひょっとしてなにがしかの擬態かと思いましたが……」

パティーの身体にシリコンなんて入ってないぞ。

「失礼いたします」

断りを入れて、アンジェラがパティーの手に触れる。

たちまちアンジェラの姿が歪みパティーと瓜二つの姿になった。

「わ、私にそっくり」

「アンジェラの身体は流体金属で出来ているからね、一度触れた相手なら自由に姿を変えられるんだよ」

「能力値もコピーできるの?」

「それは無理さ。戦闘はある程度こなせるけど、得意じゃないしね」

だけど、声などはそっくりだ。

服装すら同じに見える。

入れ替わったとしてもそうそう気が付かないだろう。

「感触も自分の肌を触っているみたい」

アンジェラの腕を撫でながらパティーが驚愕の表情を浮かべている。

「私を構成する流体多結晶合金は硬度を自由に変えられますから」

「金属とは思えないわ。ほんのりと暖かい……」

アンジェラはパティーに擬態して大きくなった自分の胸をツンツンとつついている。

「ここまで大きいと凶器ですね」

それにはある意味同意する。

何を思ったかアンジェラが身体を大きく動かし胸を回しだした。

「ヤッホー♪ ヤッホー♪ ブルンブルン♪ ……楽しいです」

「これこれアンジェラ、はしたないぞ」

「うふふ、お兄様……えいっ!」

回転していた胸がいつの間にか二枚のやいばに変化してゴブに襲い掛かる。

「おおっ!」

左右から迫りくる刃を華麗な体捌きでゴブが避けた。

「さすがはお兄様。完全に見切られてしまいましたわ」

アンジェラはこのように体の一部を武器と化した攻撃を得意とする。

だが胸を変形させることはない、腕でいいだろうにと思ってしまう。

「見事なおっぱ……スパイラルカッターだ。感服したよアンジェラ」

「ちょっと、私の姿で変なことしないでよ!」

ごめんなさいと謝りながらアンジェラは元の姿へ戻っていったが、その表情は小悪魔のようで反省の色はほとんどなかった。



 それから何日間か、無人島でキャンプをしたり、迷宮に潜ったり、アンジェラの社会勉強のために街で過ごしたりして休日は瞬く間に過ぎていった。

そしてハリー達と約束していた三月二十八日、大きな荷物を背負った二人が港へとやってきた。

「おーい、ハリー、ハーミーこっちだぁ!」

手を振ると二人は小走りでやってくる。

新たな門出を前に二人の表情は輝いていた。

「イッペイさん、この度は本当にありがとうございます。お世話になります」

「船旅の最中は何でもお手伝いしますので、遠慮なく言ってください」

二人そろって頭を下げる。

「そんなにかしこまらなくてもいいさ。荷物はこれで全部かい? じゃあ、早速船に積み込もう」

「イッペイさんの船はどこですか?」

二人はキョロキョロと辺りを見回している。

「あの大きな帆船の向こう側に停泊しているよ。さあ行こう」

二人を案内して港を歩いた。

よく晴れて気持ちのいい日だ。

波も穏やかだからいい航海になるだろう。

「こ、これがイッペイさん達の船……」

「なんですか、これ?」

二人はアンジェラの船体を見てびっくりしていた。

魔導エンジンを積んだクルーザーなんて他にないもんね。

さらに船内に入って内装の豪華さにもう一度びっくりしていた。

「こんなに豪華な部屋を使わせてもらっていいんですか?」

ハリーがおたおたしている。

「なんか私たちが予想していたのと全然違っています。もっと小さなヨットのようなものを想像していました。本当によろしいのでしょうか?」

ハーミーは相変わらず真面目だ。

「気にするなって。二人は臨時だけど同じパーティーを組んだ仲間だろ」

「ありがとうございます。そういっていただけると嬉しいです。でも、本当に何でもいいつけてくださいね。荷物の搬入だって、飲み水を魔法で作成するのだって何でもやりますよ! ハリーだってこう見えて結構力持ちなんです」

真剣な表情のハーミーが可愛かった。

 部屋の扉がノックされゴブがやってきた。

「マスター、お客様です」

はて、誰だろう? 

ケウラス群島に知り合いはいないはずだが。

「以前お会いしたリンドバーグ少佐ですよ」

リンドバーグ少佐は海賊騒ぎの折に知り合いになった海軍の軍人さんだ。

居間でパティーが相手をしているということなので、急いで向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る