第189話 彼女は委員長

 スドロア迷宮の入口になっている離れ小島は、一周五〇〇メートル程の小さな島だった。

本島からボートで向かったのだが五分もかからずについてしまった。

船着き場で急きょパーティーを組んだハリーとハーミーと軽く打ち合わせをして、洞窟に入る。

なんと、今回はこの俺が前衛だ。

頼りないかもしれないけど、ずっとボニーさんやパティーに稽古をつけてもらったんだ。

さすがに第一階層くらいなら戦闘だってこなせるさ! 

こなせる……はずだ。

いざとなればマモル君がいる。

やられることは多分ない!

「トップはイッペイに任せるわ。ちゃんと守ってね」

「運びポーターから騎士ナイトに昇格だな」

やってみせるさ。

 基本的な作戦としては、俺が最前列で潜行、索敵を行う。

敵を捕捉したらハリーとハーミーが魔法攻撃をかます。

それで仕留めきれない場合は近接戦闘に移行する。

そんな感じの流れだ。

この探索はアサルトライフルを抜かした標準装備で臨んでいる。

以上は俺の訓練のためにパティーが決めたことだった。


 ギルドで購入した地図を確認しながら、少しずつ迷宮の奥へ入っていった。

曲がり角のところで向こう側がほんのり明るいことに気が付いた。

そっと覗くと四体のコボルトがいる。

ハンドサインで敵がいることを知らせて、三人を呼び寄せる。

「コボルト四体だ。行けるか?」

「任せてください」

「私もやって見せます」

少し気負いすぎだが大丈夫だろう。

ハリーが石つぶてを飛ばすストーンバレットを、ハーミーがマジックアローをコボルトに向けて発射した。

コボルトの方から悲鳴が上がったので命中したのだろう。

マチェットを構えて駆け出した。

負傷したコボルトたちがこちらへ向かってくる。

通路は狭く、幅は三メートルくらいしかない。

囲まれることもないから、各個撃破していくだけだ。

振り下ろしたマチェットがコボルトの剣を切り裂き、頭部へとめり込む。

高周波マチェットは安定の切断力だ。

さほど時間をかけずに三体のコボルトを倒すことができた。

残りの一体は魔法攻撃で既に息絶えていた。

「お疲れ様でした!」

ハリーが俺の方へ駆け寄ってくる。

「お疲れ。でも戦闘が終わったからと言って周囲の警戒を解いちゃダメだよ」

「あっ、すいません!」

ハリーは恐縮しながらきょろきょろと辺りを見回している。

俺もこんな感じだったんだろうな。

よくボニーさんに叱られたもんだ。

魔石は出なかったが、買い取り対象になるコボルトの折れた剣を回収した。


「すごいですね。剣を真っ二つに切るなんて初めて見ました」

「俺の腕がいいんじゃなくて、武器がいいだけなんだよね」

ハリーがキラキラと目を輝かせて俺を見てくる。

こんな尊敬のまなざしを受けたのは初めてかもしれない。

ようやく俺の戦闘力も一般の冒険者並みになってきたということかな。

「私たちの魔法はどうでしたか?」

ハーミーが生真面目な顔で聞いてくる。

「なかなか良かったよ。最初の攻撃で一体は絶命していたからね。俺は攻撃魔法は使えないからいいアドバイスはできないけど、魔力の循環スピードを上げる訓練が効果的らしいよ」

ハーミーは表情を崩さずにウンウンと頷いている。

性格が真っすぐで真面目な娘なんだろうな。

俺が同級生なら「委員長」というあだ名をつけただろう。


「パティー、ちょっと周囲を警戒しといて。ハリーとハーミーは手を出して」

三人で輪になるように手を繋いだ。

俺は手から魔力を放出し、ハリー、ハーミーを経由して俺に戻ってくるように循環させていく。

「この魔力の流れに君たちの魔力も乗せてごらん」

「はい」

三人の魔力が合わさり、一つの流れを作っていく。

あたかも各支流から流れ込んだ水がかさを増し、本流となって流れていくようだ。

「よし、スピードを速めていくよ」

「くっ」

循環速度を速めると二人の表情が少し苦し気に歪んだ。

「次はそれぞれの魔力を切り離すよ。このスピードを保ったまま自分の魔力を自分の身体の中で循環させるんだ。そうしたら、その状態のまま攻撃魔法を使ってみて」

先程と同じようにハリーがストーンバレットを、ハーミーがマジックアローを発射した。

二人の魔法は迷宮の壁を深くえぐっていた。

「すごい! かなり威力が上がってるよ」

「ええ。三割くらいはパワーアップしてるわ」

二人とも自分の魔法に驚いているようだ。

「今のを実戦で使おうと思ってもなかなかできないと思うけど、普段からこの練習で着実に地力は上がるから。二人で練習するといい」

複数で協力すると循環速度は絶対に上がるのだ。

「ありがとうございます。毎日練習します」

「明日から早朝稽古ね」

喜んでもらえてなによりだ。

でもこれ、手を繋ぐよりもっと効率のいい方法がある。

出来れば素肌と素肌のお腹同士をくっつけるほうが循環魔力量が多くなるのだ。

正確に言えば丹田たんでんと呼ばれるあたりの近くだ。

くっつける場所が場所だけに普通はこの方法はとらない。

でも二人は恋人同士なんだよな? 

……もう、そういう関係になっているのかな? 

なんというか、アレのついでに練習すると、とてもいいと思うのだが……。

言った方がいいのかな?


「あ~、ハリー君。ちょっとこちらに……」

ハリーだけを呼んでこっそりとこの事を伝えた。

「その、なんだ。ハーミーが嫌がらなかったらこっちの方が効率はいい。……あ~、二人がどの程度の関係かはわからないのだが……今後のこともあるから……」

俺がそう言うと、ハリーは真っ赤になって言った。

「あ、その……大丈夫です。ハーミーも結構好きなので……積極的です……」

ハリー君、後ろから刺されないように気をつけたまえ! 

アレが好きな委員長を恋人に持つだと? 

かつての俺なら全力で呪っていたよ、「爆ぜろ!」とね。

アレというのはもちろん……訓練のことさ!


 何回かの戦闘を繰り返し、ハリーもハーミーもレベルが3も上がった。

レベルアップか……期待した時期もあったなぁ。

 そんなこんなで第三階層へとやってきた。

ここまでパティーは全然戦闘に参加していない。

基本的に魔法使いの二人を護衛していただけだ。

「さてと、ようやく第三階層だけど、どうするパティー?」

目的のメタルスライムは第三階層から出没し始めるのだ。

「トップを代わりましょう。イッペイはハーミーたちを守ってあげて」

「本当にメタルスライムを狩る気ですか?」

ハーミーが恐る恐るといった感じで聞いてくる。

メタルスライムはとても素早く、狩られることは滅多にないそうだ。

攻撃力もあり、下手に手を出すと手痛いしっぺ返しを食らうことさえある。

普通の冒険者は無視する存在だった。

「メタルスライムの流体金属が欲しくてね。まあ、うちのパティーにかかればメタルスライムだって何とかしてくれるはずさ」

まだパティーが戦闘している姿を見ていない二人には彼女の強さはわからない。

だがパティーの持つオーラのようなものは感じ取っているようだ。

そして漠然と感じたパティーの強さを目の当たりにするまで大して時間はかからなかった。


「イッペイ、右の壁」

言われた場所を見ると、壁にバレーボールくらいの鈍色にびいろのスライムが張り付いている。

「ギリギリまで近づいてシールドで退路を断つよ」

スライムは己の素早さに自信があるのか我々が近づいてもその場を動こうとしなかった。

じりじりと距離を詰めて、14メートルまで近寄ってから、スライムの後方にマジックシールドを何枚も張った。

「いくわよ」

空気を唸らせながら抜刀したパティーがメタルスライムに肉薄する。

剣の切っ先が閃いた次の瞬間には、メタルスライムは二つに分かれていた。

だが完全に倒したわけではない。

このスライムは流体金属の中にある核を破壊しなければ完全に活動を停止することはないのだ。

案の定、二つに分かれたスライムの大きい方が逃走を開始した。

だがその敗走も俺の作り出したシールドに阻まれて一瞬動きが止まってしまう。

今度は過たずパティーの剣が核を破壊した。

「まずは一匹ね」

俺に天使のように微笑みかけるパティーを、恐怖の目で見る魔法使いたちがいた。



 夕闇が迫るアンジェラの船内で、夕日に照らされた一体のゴーレムがいる。

我らがゴブである。

彼は穏やかな気持ちで夕凪の海を見ていた。

「アンジェラ、もう少ししたら君に自由をあげるよ」

「すみませんお兄様、よくわかりません」

「今はそうでしょう。でももう少ししたら……」

いろいろ悩んだが、ゴブは気が付いたのだ。

自分は妹や恋人が欲しかったのではない。

アンジェラという妹がそこにいたから、ただそれを愛しただけだということに。

だったら、アンジェラをそのまま愛すればいいだけだ。


「私はなんと愚かだったのでしょう。つい、好みのシチュエーションを追求することだけを考えていました。アンジェラはもうここにいるのにねぇ。悪い兄です」

テーブルの上にはゴブのコレクションが何冊か乗っている。

『ぼくの夏休み 綺麗な叔母さんは好きですか?』

『姉ちゃんと頑張ろう! 水泳編』だった。


「姉も叔母も憧れはしますが、ここにいるアンジェラは既に妹なんですよね。だったら私は兄として貴方の魂を開放しますよ。一緒にマスターをお助けして、その先にある私たちのありようを探求しようじゃありませんか」

「すみませんお兄様、よくわかりません」

「ええ、今はそうでしょう」

太陽が西の空に残光を残して水平線の向こうに沈んだ。

世界から光は失われたが、表情のないはずのゴーレムの顔はやけに明るかった。

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