第188話 ゴブ悩む

 デビルズハート島を後にした俺たちは、本来の目的地であるスドロア島へ到着した。

ここはケウラス群島で一番の人口を誇る島だ。

南国のリゾート地として人気が高く、富裕層の別荘も多い。

豪華な大型ヨットや帆船が並ぶ港にアンジェラも入港した。


「さあアンジェラ、お前の社交界デビューだよ」

「すみませんお兄様、よくわかりません」

「ご覧、港にはアンジュの友人となる紳士淑女が停泊しているだろう。今日からお前もあそこに仲間入りするのだ」

「すみませんお兄様、よくわかりません」

見かねて俺は口を出す。

「ゴブ、アンジェラの言語認識はまだまだ改良の余地があるようだね」

「はい……」

そんな悲しそうな顔をしないで欲しい。

思えばゴブにはずっと世話になっているのに、碌にその恩に報いていない気がする。

「なあパティー。この前キマイラクイーンから出たCランク魔石なんだけど……」

「どうしたの?」

「あの魔石をゴブにあげてもいいかな?」

「マスター! いけません。それはマスターとパティー様の魔石でございます」

「私は構わないわよ」

予想以上にあっさりとパティーが笑う。

「ゴブ、パティーとも話していたんだけど、この魔石はアンジェラの浮遊装置のコアに使おうと思っていたんだ。だけどゴブがアンジェラに高度の人工知能を取り付けたいのならこの魔石を使えばいいさ」

「マスター……」

「それに船型ゴーレムにこだわる必要はないんだよ。ゴブが望むなら人型だってかまわない」

いざとなったら船に回路を接続して制御させる機能を持たせることだってできるもんね。

よく考えるとこれはいいな。

アンジェラさえいれば船や飛空船などの制御用高ランク魔石が要らなくなる。

アンジェラ一人に全ての乗り物の制御を任せることだってできるはずだ。

どうするかはゴブ次第だ。

全部ゴブの好きにさせてやろう。

「コアと外観の設計は全てゴブに任せるぞ。俺は錬成だけだからな」

「マスター……ゴブは涙は出ませんが……きっとこのような気持ちの時に、人は泣くのでしょうね……」

俺はそっとゴブを抱きしめた。

「これでゴブにも家族ができるのね」

パティーもゴブを抱きしめる。

だけど俺はここでふと疑問に思ってしまった。

「なあゴブ、アンジェラは妹でいいのか? 恋人とか嫁さんとかいう設定でなくて……」

「なっ…………………………どうか……時間をくださいませ。ゴブに考える時間を……」

余計なことを言ってしまったか? 

ゴブはゴーレムなので繁殖に必要な性的欲求は感じない。

その代わりエロいことは大好きなようだ。

そのようなことを見たり読んだりするだけで精神的な満足を得られているらしい。

これまではアンジェラを純粋に妹として見ていたようだが……。

まるで休眠中のように固まってしまったゴブを操舵室に残して、俺は上陸の準備を始めた。



 予定していた高級リゾートホテルも空室があり、無事にチェックインすることができた。

後はのんびりビーチでトロピカルドリンクを飲んだり、俺が作ったシュノーケルで南国の海を楽しんだりして二日間を過ごした。

その間中ゴブはアンジェラの船内で悩んでいる。

好きなだけ悩めばいいだろう。


 ゆっくりと過ごしたおかげで船旅の疲れも取れた三月十五日、俺とパティーはフル装備でスドロア島の冒険者ギルドを訪れていた。

ゴブはまだ考え中だったのでアンジェラに置いてきている。

今日はついにこの地にあるスドロア迷宮に潜るのだ。

迷宮はスドロアから300メートル沖の離れ小島に入口があり、ギルドから定期船が出ていた。

定期船と言っても20人乗りの小さなボートだ。

しかしこれはギルド公認のボートであり、公認ボート以外の島への接岸は許されていない。

運賃は200リムで高くはなかった。


 船着き場の前にはネピアのようにゲートがある。

ここでギルドカードを提示してゲートをくぐりボートに乗るのだ。

帰りは船から降りたところに買取カウンターがあり、Fランク以上の魔石を売ってからゲートを通らなければならない。

高ランク魔石の持ち出し禁止はネピアもスドロアも変わらなかった。


 今回俺たちは、ある魔物を狩るためにスドロア迷宮に潜ろうとしている。

その魔物とはメタルスライムだ。

メタルスライムは読んで字のごとく金属でできたスライムである。

俺たちの目的はこのスライムの体そのものだった。

身体が目的といっても別に猥褻な意味ではない。

メタルスライムで興奮はしないよ。

そうではなくてメタルスライムはこの世界でも珍しい流体金属でできているのだ。

この流体金属というのはとても面白い特性を持っている。

それは固体と流体という二つの形態を持つことだ。

魔力を流すことによって硬度も変化し、伸縮も自在になる。

こんな金属で武器や防具などを作ったらおもしろそうに思えたのだ。


「見切ったと思った刃が伸びて来たり、受け止めた剣が角度を変えて突き刺して来たら面白いだろう?」

「面白いというか、初見で見切るのは難しいでしょうね」

「そんな剣を作ってみようと思ってるんだ」

流体金属を使えばそんなトリッキーな武器が作れる。

しかも刃こぼれしても、折れてもすぐに修復されるので、冒険者にとってはたいへん安心な武器ともいえた。

迷宮内で武器が壊れることくらい不安になることはない。

そんな悩みから解放されるのだ。

「出来るなら『不死鳥の団』全員分の素材が欲しいな」

「でもメタルスライムってすごく早くて、見つけてもすぐに逃げてしまうのよ」

「そこはメタルよりも早いパティーさんに頑張って貰わないと」

俺もシールドリングで幾重にもシールドを張って退路を塞ぐつもりだ。

弱いシールドなので簡単に破られてしまうかもしれないが、一瞬でも敵の動きを遅らせられればパティーが倒してくれるはずだ。


 眠そうなギルド職員がチェックするゲートを抜けて、港までを歩く。

土地柄なのか冒険者もギルド職員もネピアと比べてみんなのんびりとしているように感じる。

スドロア迷宮は第四階層までしかなく、出てくる魔石のランクもFランクが最高位のようだ。

おのずと強い魔物も少ない。


 桟橋まで歩いてボートに乗ろうとしたところで声をかけられた。

「すいません。お兄さん方はカップルのパーティーですか?」

声をかけてきたのは少年だった。

横には同い年くらいの女の子もいる。

若い恋人同士だろうか。

「私たちは夫婦の冒険者よ。どうかしたの?」

パティーの答えに二人とも嬉しそうにしている。

「あの、突然なんですけど僕たちとパーティーを組んでもらえませんか?」

事情を聞いてみると、二人は恋人同士で今日初めて迷宮に入るそうだ。

二人とも魔法使いなので前衛が欲しいのだが、自分たちがカップルなので同じような人達を探していたというのだ。

確かに恋人同士の二人をメンバーに加えたがるパーティーはほとんどないだろう。

なんとなくだがパーティー内で人間関係のトラブルが起きそうな気がする。

この二人もそれを自覚していたので、似たようなカップルのベテランを探していたそうだ。

「お願いします。最初は二人で迷宮へ挑むつもりでいましたが、いざとなると不安になってしまって……」

スドロア迷宮は小さな迷宮なので冒険者の数も少なく、初心者講習会などはない。

加えてポーターを雇うということもないので初めて探索に出る冒険者には少々敷居が高いようだ。

「お願いします。私たち頑張りますので連れて行ってください」

女の子もぺこりと頭を下げてくる。

すごく断りづらい。

「私は構わないわよ。でも私たちの狙いはメタルスライムなの。他の素材や魔石はどうでもいいけど、メタルスライムだけは私たちが貰うわ。この条件でいいなら一緒に行きましょう。イッペイもそれでいい?」

「ああ。かまわないぜ」

「ありがとうございます。僕はハリーです。土魔法が使えます。よろしくお願いします!」

「私はハーミーです。水魔法と無属性のマジックアローが使えます」

なんか二人とも初々しくて可愛いな。

ジャンも少しは見習えってんだ。

歳だって大して違わないだろうに。

……元気でやってるかな、うちのおサルさんは。

べ、別に会いたいわけじゃないんだからねっ!

「私はパティーよ」

「俺はイッペイ。よろしくな」

俺たち四人は臨時のパーティーを組むことにして、ボートに乗り込んだ。



 イッペイ達がスドロア迷宮に挑んでいるその頃、アンジェラの船室内ではゴブが一人身悶えていた。

「私はどうすれば……。アンジェラよ私はどうすればいいのだ!?」

「すみませんお兄様、よくわかりません」

「おおおぉぉぉ……」

ゴブの苦悩はしばらく続くのであった。

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