第187話 女王vs女王
洞窟内のキマイラたちはパティーとゴブによってほぼ殲滅させられていた。
戦闘は二人に任せ、俺はキマイラの死体を調べる。
キマイラはライオンの魔物をベースにしてヤギと蛇が融合した身体をしていた。
素材としては山羊の角の部分が金属の様に硬く、削り出せばいい武器ができそうだ。
また蛇部分が持つ毒も恐ろしいもので、バケツ一杯の血液にこの毒を一滴たらすだけでプリンの様に固まってしまう。
血液中の血小板を強力に活性化させ、血液凝固を引き起こすのだ。
恐ろしい毒ではあるが、毒の分子標的を識別したり、血小板活性化の過程を研究することは、関連疾患を理解するのに有用だ。
キマイラはこの島独特の固有種みたいなので、グローブナー公爵へのお土産として各種サンプルとレポートを書いておこう。
「マスター、全て片付きましたぞ」
キマイラを調べている間に戦闘は終わったようだ。
「ご苦労様。そういえばドロシーをみなかったか?」
「はい、先ほど発見しました」
ゴブが壊れたドロシーを持ってきてくれた。
おそらくライオンの爪で引き裂かれたのだろう。
修復が不可能なほどドロシーは破損していた。
大変な目に合ってしまったが、倒されたキマイラからEランクの魔石を四つも獲得することができた。
地上でEランクが出現することは稀だ。
しかも四個。
それだけキマイラが特殊かつ強力ということだ。
迷宮と違い地上で出た高ランク魔石は滅多にギルドに持ち込まれることはない。
闇ルートに流れて高額で取引されるようだ。
闇の買い取り業者も知らないので販売をする気は全くない。
むしろ新しい魔道具やゴーレムを作製するために使ってしまおうと考えている。
「イッペイ! こっちに扉があるわ!」
パティーが呼んでいるのでヒカル君と共に駆け付けた。
通路を奥に進むと、高さが五メートルもある大きな扉があった。
材質は鉄で、かなりの重量がある。
洞窟の高い天井に穴があいており、そこから外の光がか細く洞窟を照らしていた。
「トラップなんかはなさそうだけど、開きそうにないわ」
パティーも冒険者なのでトラップを調べるのは得意だ。
「ヒカル君、扉を照らしてくれ」
俺の命令でヒカル君が斜め横に移動する。
扉には円の中の五芒星、その中心に目という神殿の紋章が描かれていた。
しかも目の部分にプリズムが嵌っている。
「これは例の『神には栄光の光を、悪魔には快楽を』ってやつだな」
「でも、さっきからヒカル君が光を当ててるけど何の反応もないわよ」
言われてみればそうだ。
あのプリズムに光をあてれば扉は開くと思ったんだけどな。
「ねえ、プリズムって光線を分離するのよね?」
「そうだよ。虹みたいに紫から赤まで別れて綺麗なんだよね」
「うん。でも色が足りなくない?」
そうか!
ヒカル君の出す光は可視光線の全ての領域を含んでいないのだ。
しかも太陽光をあてることを前提に作られた装置なら色の
天井に穴があいていることからも推測できるが、太陽光をあてるのが正解なのだろう。
「パティー、鏡持ってる?」
「ごめん、忘れてきた。化粧道具もアンジェラに置いてきちゃった」
実は俺も忘れてきた。
普段の迷宮探索では鏡は必需品だ。
通路を曲がる時や小部屋の中を確認するのに使う。
「太陽の光を反射させたかったんだけど、どうしようかな」
「そういうことなら」
天井から差し込む光が洞窟の床に輝く円盤を形作っている。
パティーはそこまで移動してスラリと剣を抜いた。
降り注ぐ光が剣を抜いたパティーを暗い洞窟の中に浮かび上がらせる。
その姿は地上に降臨した戦いの女神のようだ。
パティーが剣に角度をつけて太陽光を扉にあてた。
扉からガチャリと音がする。
鍵が外れたようだ。
「ゴブ、頼む」
「お任せを」
ゴブがノブを掴んで引くと、扉は軋みを響かせて開いた。
扉の先はまた洞窟だが、外からの光が見えている。
岩壁を抜けたようだ。
洞窟からでると、そこは天然の壁に囲まれた、広い広い草原だった。
ただの草原ではない。
ほとんどがケシの草原だ。
しかもヒナゲシなどではなくアヘン採取用の品種なのだ。
「イッペイ……もしかして海賊のお宝ってこれのこと?」
俺としてはがっかりだが多分そうなのだろう。
今でこそ植民地貿易のお陰でアヘンは安く外国から輸入できる。
だが100年前の海賊にとって、目の前のケシ畑は宝の山だったのだろう。
そして大司教ロジャー・ゴールドマンの重要な資金源にもなっていたに違いない。
だが、時代は進み、南方で取れる安価なアヘンが市場に出回り始めて、この島は価値を失ったのだ。
しかもそれに続く40年前の海底隆起が人々にこの島を放棄させる契機になったに違いない。
「なんかガッカリだよな」
言いながらケシをむしる。
花はまだ蕾だ。
花が枯れるとその後に芥子坊主という卵のような実ができる。
この実に傷をつけるとそこからモルヒネを含む乳液が出てくるのだ。
そいつをヘラで集めたものが生アヘンだ。
鑑定してみると少量であるが今の状態でもアルカロイド類は含まれていた。
「イッペイ!」
パティーの鋭い声に顔を上げると、ゴブが俺をかばうように剣を抜いていた。
「またキマイラよ。だけど……」
「先程のものとは格が違う個体が混じっておりますな」
パティーとゴブの視線をたどると、草原の向こうからキマイラの群れがやって来るのが見えた。
しかも身体が二回りも大きな個体もいる。
「マスター、おそらくあれがボス……というよりも
「雌なのか?」
「はい」
ゴブが言うなら間違いあるまい。
こいつがオスとメスの区別を間違えるはずがないのだ。
それにしても、キマイラがおよそ30体にクイーン相手では撤退した方がいいかもしれない。
「パティー撤退を――」
ダメだこりゃ!
完全にやる気の目をしてるよ。
向こうがキマイラの
どちらも退く気はないようだ。
いざとなったらシールドリングとワイヤーフックを使って空中に逃げるという手もあるから、何とかなるだろう。
それに試してみたいこともある。
まだ少しだけ距離があるので、俺は素材錬成でケシからアヘン成分を抽出していった。
「マスター、何をしてらっしゃるので?」
「今度こそ悪魔に快楽を与えてやろうと思ってさ」
獅子の咆哮を上げながらキマイラたちが殺到してきた。
俺とゴブは錬成したアヘンを投げつける。
すると、早速キマイラたちが反応を見せた。
フンフンと匂いを嗅ぎ、舐め、大地に身体を擦りつけている。
その様子はマタタビを与えられた猫に酷似していた。
「効くなあ。猫にマタタビ、キマイラにアヘンかぁ」
「キマイラの場合、可愛げの欠片もありませんな」
うん。
普通のライオンなら可愛かったかもしれないが、キマイラの場合はつぶれた様な顔をしていて、目つきも醜悪なのだ。
こうしてザコのキマイラはアヘンのもたらす陶酔に耽溺していった。
だがパティーと対峙しているクイーンはアヘンには見向きもしていない。
というよりは強敵を前にしてそんな余裕がないという方が正しいか。
パティーは剣を右肩の上当たりで真っすぐに立てる構えをとっている。
日本の剣術で言えば八双の構えよりやや高い感じだ。
示現流の蜻蛉の構えといった方が近いかもしれない。
非常に攻撃的な構えであり、かつ長期戦を意識しているのだろう。
パティーとキマイラは見つめ合ったまま微動だにしなかった。
「マスター」
「どうした?」
「今のうちに炸裂弾で狙撃してしまいましょう」
騎士道精神の欠片もないね!
「パティーに怒られるぞ」
「そうでした……」
ゴブの言いようも理解はできる。
「不死鳥の団」の普段の戦い方はそんな感じなんだから。
敵よりも先に相手を補足して、これを奇襲がモットーだ。
だけど今はダメだ。
パティーは明らかに強敵との対決を楽しんでいた。
先に動いたのはキマイラの方だった。
真っすぐにパティーの方へと突っ込んでくる。
だが、それは圧倒的な力と速度を抜かせば、愚直と言える行為だった。
魔物は強者故に戦い方に幅がない。
そもそも武術というのは、人が弱い生物だからこそ編み出された技術だ。
絶対的な強者に武術は必要ない。
だがこのキマイラが相手にしているのは身体的に強いうえ、更に戦闘の技術を会得した冒険者の女王だった。
パティーの剣が一閃し山羊と蛇の首が同時に飛ぶ。
血をまき散らしながら、最後の気力で噛みついてきたキマイラだったが、剣に喉を刺され絶命した。
「ふう。強かったわ……」
「お疲れ様。結構余裕に見えたけど」
「そうでもないわ。かなり危なかった」
俺にはわからなかっただけか。
ゴブもパティーの言葉を肯定するように頷いている。
「キマイラが毒を目に飛ばしてきたときは本当に危なかったわ」
うん。全然見えてなかったな俺。
喋っているとクイーンキマイラの眉間が膨らみ、魔石が零れ落ちた。
なんとCランクの魔石だった。
「期待していた海賊の宝はなかったけど、いいものが手に入ったわ」
夕日に魔石を透かすパティーの姿は、まさに女王の風格を漂わせていた。
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