第186話 以心伝心

南海の輝く海に、赤茶けた島が浮かんでいる。

それが今のデビルズハート島だ。

島の真ん中には山があり、その山を真上から見下ろすとハートに矢が刺さったような形をしていた。

この山の部分が40年前までのデビルズハート島だった。

山と言っても高さは100メートル程だ。

だが山頂は900ヘクタール以上もあり、ほぼ平らな地形をしている。

その山頂を覆って、城壁の様に岩が連なっている。

そして、そんな岩壁で覆われた山頂だけが緑豊かな様相を見せていた。

ドロシーが寄こす上空からの映像では、灰色の岩にふちどりされた、緑色のハートに見えた。


「島の北側は火山性のガスが出ていそうね。植物がないことからも二酸化硫黄などの有害物質が含まれているんじゃないかしら。地表の温度も高そうだわ」

パティーは貴族の生まれだけあって高水準な教育を受けている。

冒険に役立つことは大人になってからも積極的に学んでいるようだ。

化学にも詳しかったりする。

「やっぱり侵入は南西からかな」

「そうなるわね。問題は最後の岩壁よ。ほとんど垂直だから登るのは困難だと思うわ」

多分、昔は海からすぐに岩壁になっていたのだろう。

だったら岩壁のどこかに入口があるんじゃないか。

とはいえ『不死鳥の団』標準装備を使えば登るのは容易い。

俺たちには任意の空間にマジックシールドを固定できる、シールドリングがあるのだ。

これで階段を作れば簡単に岩壁を越えていける。


「マスター、ご覧ください。ドロシーが岩壁に亀裂を見つけました」

かつては海面があったあたりに亀裂がある。

大きな船でも入り込めそうなほどの亀裂だ。

ひょっとするとここが正規の入口なのかもしれない。

そのままドロシーに内部を探索させていると、突然映像がぶれて、そのまま画面が暗くなってしまった。

「イッペイ、ドロシーは?」

「反応がない。活動を停止したみたいだ」

もしかして何者かに攻撃をくらったのか?

「魔物かもしれないわね」

「その可能性は高いよ。島にはキマイラという強力な魔物がいるそうだ」

亀裂の内部の様子はよくわからなかったが、とりあえず一番怪しそうな場所ではある。

ドロシーの機体も回収したいので、亀裂内部の洞窟調査をすることにした。


 山のふもとまではオフロードバイクのBKB2号を使い、そこからはシールドリングとワイヤーフックを駆使して険しい崖を登った。

「イッペイ、これすごいよ!」

シールドリングとワイヤーフックを装備したパティーは、無駄に俺の周りを飛び回っている。

こっちはおっかなびっくり一歩ずつ登っているのに、パティーは縦横無尽に飛び回っている。

「こんな楽しいものがあるなら、なんでもっと早くに教えてくれないのよ! そうだ! これ『エンジェル・ウィング』として同じものを発注するわ。全員分作ってよ!」

ロットさんのところの『アバランチ』に続き、『エンジェル・ウィング』様もお買い上げです。

それにしても、僅かな訓練でよく使いこなすものだ。

「ん~、イッペイありがとう。ちゅっ」

ほっぺにチュウをしてまた飛んでいった。

よっぽど気に入ったんだな。

そういえばボニーさんもロットさん達もみんなこの装備が大好きだ。

身体強化の魔法の恩恵が如何なく発揮されるためかな。


 切り立った崖を登り、岩壁の亀裂へとたどり着いた。

ここからは慎重にいこう。

「魔物の気配がする……」

パティーの顔つきからも先程までの浮かれた様子は消えている。

洞窟の中は真っ暗だ。

久しぶりに登場のカンテラ型ゴーレムのヒカル君2号で内部を照らし出した。

岩場には大昔の貝殻が張り付き、ここがかつては海中に在ったことを示している。

しばらく登ると平坦な場所に出た。

自然のものとは思えない整地されたような通路がある。

「どうやら当たりのようだな」

「イッペイ、気をつけて。こっちを見ているわ」

ヒカル君の明かりが届かない闇の向こうで、こちらを見つめる魔物の目がひかっていた。

一匹や二匹ではない。

何十頭ものキマイラがいた。

その姿は、ライオンに山羊と蛇が融合した怪物だ。

「団体さんでお出迎えとは痛み入るね」

「私が行くわ。ゴブはイッペイを守って」

「心得ております」

俺が止める間も無くパティーが先行してしまう。

だからアサルトライフルによる遠距離射撃での様子見とか、ヒカル君のフラッシュによる目潰しとかも使えなくなってしまった。

考えてみればパティーと二人で戦闘するという経験はあまりない。

ここへきて連携不足が露呈したわけだ。


「マスターは防御を最優先になさって下さい。パティー様の動きは予測不可能でしょう。下手な援護射撃はパティー様の邪魔になるばかりでございます」

「わかってるさ。ところでパティーが結構苦戦してないか?」

「はい。予想以上にキマイラの戦闘能力は高いようです。わかりやすく言えば第八階層のケナガをやや下回るくらいでして」

ケナガをやや下回るくらいだと?

かなりの強さじゃないか!

そんなのが何十匹もいたら流石のパティーもヤバいんじゃないのか?

「ゴブもパティーの加勢に――」

「こちらにもやってきましたぞ!」

ゴブがアサルトライフルを置いて剣を抜いた。

ライフルでは致命傷を負わすのが難しいと判断したか。

ライオン、山羊、蛇の頭が左右と頭上から同時にゴブに襲いかかる。

だが、ゴブは蛇の頭を切り落としながらキマイラの背中に乗り、深々と剣を突き刺した。

怨嗟の声を上げるキマイラごとゴブを引き裂こうと別のキマイラが次々に殺到してくる。

俺にはゴブの体がキマイラたちの波に飲み込まれたように見えたが、ゴブはちゃんと脱出しており、横から新たな一撃を加えていた。

「マスター、キマイラの数が多すぎます。上空へ避難して下さい」

言われた通り上部にシールドを張ってワイヤーフックで飛び移る。

幸い洞窟の天井は高く、キマイラの跳躍力でも俺がいる場所までは届きそうもない。

ゴブとパティーが別の場所で戦っているのを確認して、上からキマイラを狙撃した。

程度のほどは分からないが負傷させることは出来たようだ。

ケナガと比べると防御力もやや劣る。

それにしても厄介な敵だ。

個々の戦闘力もさることながら、数が多いのが一番困る。

そう言えば、ロジャー・ゴールドマン大司教の肖像画に何か書いてあったな。

確か「神には栄光の光を、悪魔には快楽を」だったはずだ。

こいつらが悪魔なのだとしたら快楽を与えれば攻撃が止まるとでもいうのだろうか?

でも快楽って何だろう?

マッサージ?

やってる間に殺されてしまうな。

性欲を満たしてやるとか?

俺がどうやって魔物の性欲を満たせるというんだ。

俺のお尻に魅力は感じないだろう?

ま、まさか感じるのか?

恐る恐る尻を見せてみたがキマイラの反応は変わらなかった。

よかったぁ。

キマイラ相手にお尻を出して「バッチこい!!」というほどの度胸はない!!

悪魔に与える快楽とは性欲とは関係無いのかな。

他に考えられる快楽といえば食欲くらいのものだ。

試しにお弁当のサンドイッチを投げてみたが見向きもしなかったぞ。

腹が立ったので次は手榴弾を投げてやった。

「イッペイ、何を遊んでるの?」

「いろいろ考えてるんだよこれでも!」

性欲、食欲ときて次なる三大欲求と言えば睡眠欲だよな。

残念ながら催眠ガスは持ってきてない。

しかもあれは神経を麻痺させる薬で本当に眠らせるわけではない。

言うなれば麻酔みたいなものだ。

 人間の男なら快楽といえば、酒、女、ギャンブルとかなのかな。

魔物はポーカーやブラックジャックはしないだろう。

後は……ドラッグとかか。

これはあり得る話だ。

試したことはないが、アルカロイド類は魔物にも陶酔を与えることができるのかもしれない。

だが残念ながら俺はドラッグを常に持ち歩く人間ではない。

俺が常に持ち歩くのは身体強化薬だけだ。


「パティー、ゴブ、ここは力押しで行くしかない。頑張ってくれ」

「了解。任せておいて。シールドリングとワイヤーフックで新たな境地に立てそうな感じだから」

「私も戦闘データーを貯めるいい機会です。どうぞお任せ下さいませ」

二人は少しずつキマイラの数を減らしていく。

しかも戦闘の中でパティーとゴブが連携を取り始めたぞ。

スピード感あふれる舞踏を踊っているようだ。

その動きは阿吽の呼吸で通じ合い、以心伝心の境地に達していた。

それはもう、見ていて少し嫉妬してしまうほどだった。

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