第184話 突入作戦
アンジェラはスピードを上げて紺碧の海を滑るように進む。
直接海賊船の方へ向かおうかとも思ったが、先に海軍と話をつけることにした。
軍艦を追い越して後ろから攻撃をくらったらたまったもんじゃない。
アンジェラをフリゲートに並走させて、ワイヤーフックで飛び移った。
パティーと二人で甲板に飛び降りた瞬間に武装した海兵に取り囲まれる。
「貴様らは何者か!?」
軍人さん怖いよ。
「我々は冒険者です。人質救出の協力を申し出に来ました」
「協力だと……」
「我々の小型艇なら前方の船に追いつけます」
士官らしき人が甲板からアンジェラを見下ろして思案する。
「君たちの身分を証明するものは?」
俺たちは懐からギルドカードを取り出して見せた。
「おいおい! 本物かい?」
「偽造カードじゃないですよ」
「まさかこんなところでスカーレット・パティーと究極のポーターに会えるとは思わなかったぜ。俺はオジー・リンドバーグ少佐だ」
そういって握手を求めてきた少佐は初めて笑顔を見せてくれた。
海の男らしく日に焼けた肌をした渋い感じの中年だ。
俺より少し年上だろう。
「艦長に相談してみよう。一緒に来てくれ」
艦長を交えた話し合いで自分の救出プランを提案してみた。
「ふむ、君の作戦は理解したが、果たしてうまくいくかな」
髭の艦長は腕を組んで考え込んでいる。
「しかしこちらも手詰まりなことには変わり有りませんよ」
リンドバーグ少佐は俺の案を支持してくれるようだ。
「そうだな……やってみるか。リンドバーグ、十五人選抜して彼らの船に乗せてもらえ!」
「はっ!」
こうして人質救出作戦が開始された。
アンジェラは再びスピードを上げ海賊船へと迫っていく。
リンドバーグ少佐率いる海兵たちには隠れていてもらい、先ずは俺だけが突入する。
俺が突入しても海賊たちに捕まってしまうだって?
その通りだ。
それこそが作戦のキモだった。
「イッペイ君、本当に丸腰で突入するのかい?」
リンドバーグ少佐が心配そうに俺を眺めている。
「はい。多分大丈夫ですよ」
ワイヤーフックとマモル君Ⅱ以外の装備一式を外して、平服に着替えた。
ハンドガン一つ身につけていない。
「無理はしないでね」
「ああ、きっとうまくいくさ」
パティーも口ではこういっているが心配した様子は見せていない。
一応俺を信じてくれているようだ。
アンジェラが海賊船に追いつき並走を始めた。
海賊がこちらを見下ろして何か叫んでいるが風と波の音で何もわからない。
奴ら、弓矢を持ち出してきたぞ。
「マスター、お急ぎを。アンジェラの美しい体に傷が……」
あーはいはい。ゴブに急かされて、ワイヤーフックで海賊船へと飛び移った。
「なんだてめえはっ!!」
突然甲板に飛び上がってきた俺に海賊たちがいきり立つ。
怖いし、臭いし、なるべくなら関わり合いになりたくなかった。
「なめた真似しやがって! こっちには人質がいるんだぞ!」
「待った! 俺は交渉に来ただけだ。武器は持ってない」
両手を広げて戦闘の意思はないことを示す。
「ふん、どうせ魔法使いだろう。本当に抵抗しないならこの首輪をつけやがれ」
そういって海賊は魔法封じの首輪を投げてきた。
久しぶりだな。
かつて囚人をやっていた時にずっとつけられていたやつだ。
この首輪をつけた状態で魔法を発動しようとしても首輪に【MP】が吸い取られてしまい、魔法が発動できなくなってしまうのだ。
無理に外そうとするとMPが枯渇するまで吸い取られ、いわゆるMP切れの状態に陥り失神してしまう。
吸収速度は300~500MP/秒で大抵の者なら1秒で昏倒してしまうのだ。
もっとも魔力量だけは豊富な俺には関係ない。
指示通り首輪を自分につけた。
「バカな奴め。こいつもふんじばっておけ!」
数発殴られてしまったが、ここまでは予定通りだ。
ぐるぐる巻きにされた俺は、人質たちの所へ手荒く放り投げられた。
「もう大丈夫ですよ」
笑顔でそう声をかける俺を、痛い子でも見るような目つきで人質たちは眺めている。
それもそうだな。
ロープでがんじがらめに巻かれて、魔法封じの首輪をして、口から血を流しているのだ。
どう見てもヒーローには見えないだろう。
人質たちは身を寄せ合うように一塊になっている。
マジックシールドで覆うには都合がよかった。
「てめえ、何をしたっ!!」
異変に気が付いた海賊が剣を振り上げて俺の方へやってきたが、シールドを破ることはできない。
「(ゴブ、人質は確保した。突入部隊を寄こしてくれ)」
ゴブに思念で連絡を送ると真っ先にパティーが甲板に飛び込んできた。
続いてリンドバーグ少佐と数名の者が続く。
ワイヤーフックなどは使っておらず、身体強化だけで飛び越えてきたようだ。
戦闘力もかなりのもので、次々と海賊たちを倒していく。
続いてロープを使って上ってきた後続の海兵も到着して、形勢は一気に俺たちに傾いた。
甲板の上は10分程で制圧が完了した。
戦闘は船底の方に移っているようだ。
少佐の指示で帆がおろされ、船のスピードが弱まる。
「マスター、お疲れ様でした」
ゴブがロープと首輪を外してくれた。
甲板の上には負傷者や死傷者が何人も倒れている。
「死ぬなカーマイン! この航海がおわったらお前はクレアにプロポーズするんだろう! 一緒に帰るんだ」
「すまねえ……ベン。後を頼む……クレア……」
法律がどうこう言ってる場合じゃないな。
すぐに回復魔法をかけた。
「もう大丈夫です。……内緒ですよ」
出来ることなら罰金は払いたくない。
回復魔法を使ったことは秘密にしといてね。
唇に指をあてる俺を見て、海兵たちはカクカクと頷いてくれた。
チクられないことを祈ろう。
「ゴブ、負傷者たちを調べてくれ。重症患者から診る」
「了解いたしました」
フリゲートには船医もいるだろうが、それを待つ余裕もない怪我人もいる。
一刻を争う患者だけは端から治していった。
海兵はそのまま治療し、海賊は身柄を拘束しながら回復魔法をかけていく。
海賊たちは裁判で刑が確定したら縛り首になる奴もいるだろう。
ひょっとしたら俺のしていることは凄く残酷なことなのかもしれない。
少し迷ったが敵味方関係なく回復魔法をかけた。
正しそうな理屈を見いだせない時は心のおもむくままに行動するというのが俺の方針だ。
海賊たちはむすっとした顔をして、何も言わずに治療を受けていたが、一人だけ「恩に着る」と礼をいった海賊もいた。
戦闘が終結して、海賊船は海軍に拿捕された。
ガレオン船を無傷で手に入れたので大手柄だろう。
俺とパティーは艦長室に招待され、士官たちと共に夕飯をご馳走になった。
塩漬けの肉や古い野菜はあまりおいしくなかったが、とれたてだというメバルのポワレは美味だった。
海の話を聞いたり、迷宮での出来事を話したりと食事は和やかに進んでいた。
そんな折、一人の海兵がリンドバーグ少佐の所へ来て何か耳打ちをする。
ん? 俺の方を見ているな。
「どうかされましたか?」
「いや、それが……捕虜にした海賊の一人がどうしてもイッペイ君に会いたいというのだよ。君に合わせてくれたら、聞かれたことは何でも洗いざらい喋るというんだ」
なんだろう、海賊に知り合いはいないはずだ。
「おい、客人に失礼だろう。それに食事中だ」
艦長さんはそう言ってくれたが、別に会ってもいい。
「いえ、構いませんよ。俺が会えば尋問の手間が省けるんでしょう?」
俺自身もなんで俺に会いたがっているのか気になるところだ。
リンドバーグ少佐たちと共に船底の小さな個室に入った。
顔を上げた海賊の顔に見覚えがある。
確か俺が治療した時に礼を言ってきた海賊だ。
「旦那、わざわざ申し訳ねぇ」
「うん、俺に会いたかったんだって?」
「旦那に折り入って頼みたいことがあるんだ」
「貴様! 図々しいぞ!」
胸倉をつかもうとする海兵を制して聞く。
「何をして欲しいのかな?」
「あっしの首にかかっているペンダントを、あっしの嫁と子どもに届けて欲しいんです。そしてあっしは死んだと伝えてもらえれば……」
この男はどう考えても強制労働の刑を免れない。
強制労働場に10年というのはほぼ死刑と同義だ。
生き残れたとしても、そんなに長く嫁を待たせるのは可哀想だし、せめて生活の足しに自分が持っているペンダントを渡してほしいというのがこの男の願いだった。
「なんで俺に頼むんだい?」
「……旦那しか頼れる人がいねぇ。厚かましい願いとはわかってますが何卒お願いしやす」
……俺って頼まれごとを断るのが苦手なんだよなぁ。
見透かされたか?
それにこの男はともかく奥さんという人が可愛そうでもある。
聞けば奥さんがいるのはケウラス群島の中の島の一つだ。
目的地からもそれほど遠くない。
「あんた名前は?」
「カドルッスです」
「わかったカドルッス、ひきうけるよ」
「ありがてえ……」
涙を流すカドルッスから金のペンダントを外した。
「あ、よかったですかね? リンドバーグ少佐」
「ん? 俺は何にも見てねえよ」
粋な計らいというやつだな。
渋いねリンドバーグさん!
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