第183話 考えるゴブ

 船型ゴーレムのアンジェラは時速25ノットの巡航速度で軽快に沿岸部を航行中だ。

運河では出発時以外は魔導エンジンを停止して、流れに身を任せるようなクルージングだった。

海に出てようやくアンジェラの本領が発揮されている。

現在はハロアと南部最大の都市エリエルの中間地点くらいに俺たちはいた。

かつては運河を有するハロアがボトルズ王国最大の貿易港であったが、今では魔導鉄道が整備されたエリエルの方が発展している。


 操船はほとんどアンジェラの自動航行システムに任せてあるが、たまにパティーが操縦することもあった。

ヨットなどのセーリングは貴族や大商人たちの娯楽として定着しているようで、パティーもセーリング経験者だった。

「チャールズ兄様に操船術を習ったの」

チェリコーク家次男のチャールズは海軍の士官である。

彼は海軍の新造船の処女航海に随伴中なのでまだ会ったことがない。

帰ってくるのは半年以上先だそうだ。

「この船の操縦も好きだけどヨットも楽しいのよ。こんなにのんびりしてないけどね」

「うん。なんか激しいスポーツってイメージだな」

「そうね。ブライアン兄様なんて30分でへばっていたわ」

長兄のブライアンは運動とかは苦手そうだ。

政治や商売の駆け引きとかは上手そうなんだけどね。

 俺は手にした海図を机の上に置き、軽く瞼を揉む。

大司教改め、海賊ロジャー・ゴールドマンが宝を隠したという例の島を探していたのだ。

「どう、似たような島は見つかった?」

「だめだよ。ひょっとしたら海図に載ってない島なのかもしれない」

件の宝島はハートに矢が刺さったような特殊な形をしている。

海図の中にあればすぐに見つかりそうなものだ。

「本当にケウラス群島の海域にあるのかしら? ヒントとかは書かれていないの」

「地図の下には『神には栄光の光を、悪魔には快楽を』って書いてあるけど、なんのことやらさっぱりだよ」

宝島はケウラス群島にはない可能性もあるにはある。

だが、海賊の本拠地があったとされるケウラス海域以外は考えにくい。

それにそうでなければ見つけようもないのだ。

「地元の漁師にでも聞いてみるか」

「それがよさそうね」

ここで頭を悩ませていても仕方がない。

とにかく現地へ行ってみよう。

まずはエリエルで装備を整えて宝島探しだ。



 早朝にエリエルの港を出発した。

昨日のうちに食料を中心に物資は積み込み済みだ。

思えば王都を出発してはや一週間だ。

あっという間に時が過ぎていく。

俺は操縦中のパティーの腕にそっと手のひらを乗せた。

「どうしたの?」

「自分が幸せな夢の中にいるみたいで……本当に現実なのか触ってみた」

「バカね……ちょっと待ってて。アンジェラ、操縦をお願い」

「了解しました。パティー様」

アンジェラの声は知的だが、少し幼さの残る感じだ。

いわばハイティーン・クールビューティーってところだろうか。

ゴブの趣味が全開である。

「ほら、こっちに来て」

操縦が自動航行に切り替わり、パティーが手を広げた。

いつもは甘えてくるパティーだが今日は立場が逆のようだ。

……こういうのもいいな。

ソファーの上でパティーの胸に耳をあてて心臓の音を聞いた。



 いつの間にかソファーで寝ていたようだ。

甘い眠りを妨げたのはアンジェラの声だった。

「お兄様、モニターをご覧ください。お兄様、モニターをご覧ください」

注意を促すランプが黄色く点滅している。

「……ゴブ、あれ何?」

「危険度の少ないレベル1の警報です。ブザー音やサイレンでは趣がないのであのように変更いたしました」

警報に趣向を凝らす必要があるのだろうか? 

レベル1なので差し迫った危機があるわけではない。

パティーも目を覚ましたので、皆でモニターを見た。

状況を言葉で表現できるほどの言語能力はアンジェラにはないのだ。


 モニターには二隻の船が映っている。

逃走中の船と追跡する船のようだ。

「追跡しているのは軍艦かい?」

「ええ、ボトルズ海軍のフリゲートよ」

フリゲートは高速かつ軽武装の戦艦で、戦闘のほか哨戒、護衛などの任務に使用される。

対して前方の船はガレオンと呼ばれる大型の帆船に近い形をしている。

商船のようだが、軍艦に追われているところを見ると、海賊や密貿易者の船かもしれない。

ところで俺の元いた世界では大航海時代の帆船には大砲が積まれていた。

だが、この世界には大砲は存在しない。

その代わりに活躍するのが魔法使いだ。

大砲の代わりに攻撃するもよし、全速力を出したいときに風を起こすもよしと、海で魔法使いはたいそう重用ちょうようされる。

給金など船長に次いで高額らしい。

軍においてもエリートコースまっしぐらなのが魔法使いであった。

「マスター、いかがなさいますか?」

「いかがなさいますかって言われてもなあ……俺たちは民間人だぜ。放っとこうよ」

「そうね。下手にかかわるべきじゃないわ」

パティーも賛成してくれた。

だが二隻の船は我々の進路上にいる。

航路を大きく外れるのも嫌だ。

こちらの方が船足が早いのでこのままでは追い越してしまうぞ。

「大きく迂回するのも面倒だし、ゆっくり行こうか」

「承知いたしました。アンジェラ、軍艦との相対速度を0に保ちなさい」

「はい、お兄様」

ゴブが満足げに頷いている。

すっかり兄妹ごっこにはまっているな。

まだ、多くを喋ることはできないが、今後改良を重ねて語彙を増やしてやるんだろう。


「おかしいわね……」

モニターを見ながらパティーが首をひねっている。

「どうした?」

「うん、なんで威嚇攻撃をしないのかなって思って。普通海軍のフリゲートなら攻撃要員が最低でも4人乗っているはずなの。だけどさっきから追跡するばかりだから……」

何かわけがあるのかな? 

気になったので船から索敵用ドローン型ゴーレムのドロシーを飛ばした。

最新のドロシーは時速76キロまで出せるから、それほど時間もかからずに追いつけるはずだ。


 ドロシーからの映像にパティーがすぐに気が付いた。

「人質をとられているのよ」

俺には小さくて良く見えない。

「アンジェラ、甲板の様子を拡大してくれ」

「はい、ご主人様っ!」

ご主人様って……ゴブ、趣味が全開を通り越してオーバーロードしているぞ。

でも、アンジェラの声に少しだけときめいてしまったのも事実。

ハイティーン・クールビューティ+少しコケティッシュとは……さすがだ。

内角低め一杯をついた微妙なストライクで攻めてきやがる。

「いかがでしょうか、マスター?」

「……きらいじゃない」

「いえ、映像のことです」

「うん……」

 拡大された映像には、甲板で縛り上げられている8人の人々が映っていた。

女や子供も混じっている。

「身代金狙いの誘拐ね。多分、舟遊びの最中に襲われたんだと思う」

人質になっている人々はみないい服を着ている。

セイリング中に海賊に遭遇してしまったのだが、たまたま海軍が近くにいたという話か。

運がいいんだか悪いんだかわからない人たちだ。

「イッペイ、あの船を止められる?」

「人質がいるから魚雷を使うわけにはいかないな……」

海軍の目の前でそんなものを使えるわけがない。

船の最高速度を知られることになってしまうが、追い付くことは十分可能なはずだ。

「全速力なら追い付けるよ。あの船に横付けすれば、後はパティーが自分で止められるだろう?」

パティーの目が嬉しそうに輝く。

「アンジェラ、全速力よ!」

「はい、パティー様」

二人のやり取りを見ていたゴブがぽつりと呟いた。

「ここは、お姉さまの方が……いや……」

沈思黙考ちんしもっこうふけるゴブをおいて、俺はアサルトスーツに着替えた。

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