第182話 肖像画

 三月四日。

デニムズ運河の終着地点ハロアに到着した。

ここから沿岸部を通って南部最大の都市エリエルへと向かうが、それは明日以降の話だ。

今日はこのハロアでゆっくりしたい。

ずっと船の上の生活だったので久しぶりにホテルに泊まりたかった。


「ゴブは本当にアンジェラで待っているのかい?」

「はい。ホテルならゴブがいなくてもサービスが行き届いているでしょう。ゴブといたしましてはなるべくお二人のお邪魔はしたくありませんので」

「ゴブが邪魔なんて思ったことはないわよ」

「ありがとうございますパティー様。ただ、この子を港に残しておくのも不安ですので」

この子? 

どうもゴブは船型ゴーレムのアンジェラがお気に入りのようだ。

「わかったよ。アンジェラの面倒をみておいてくれ」

「はい。兄の務めですから!」

兄? 

確かにゴーレムたちは全部俺の作だから兄妹みたいなもんか……。

「じゃあ、何かあったら通信機で呼び出してくれよ」

「了解いたしました」

ゴブに留守番を任せてパティーと二人でハロアの街へと降り立った。



 ハロアは貿易港であり水産物も豊富だ。

港に軒を連ねる露店には内陸部の王都やネピアでは見られない魚介類が豊富に並べられている。

遠く南の植民地や東方からもたらされた品々も結構あった。

船員だろうか、外国人の姿も多い。

「なんかいい匂いがするわね」

どこかの食堂から美味しそうな香りが漂ってくる。

「たぶん魚介のスープだよ。ガーリックバゲットとよく合うんだ」

「夕飯はそれに決まりね!」

舶来の品が並べられた店を覗きながら異国情緒が香る街を二人で歩く。

途中、東方風の絵付けがされたティーセットや紅茶などを購入しつつ、今夜の宿を探した。


 夕飯は港近くの小さなレストランに入った。

店内は地元のお客さんでいっぱいだ。

この店の様に地域の人に愛されているレストランは期待ができる。

予想通りブイヤベースによく似たスープも、ガーリックバターを塗って焼いたバゲットもすごく美味しかった。

他にも、今シーズン最後だと言われた生牡蠣を辛口の白ワインで胃袋に流し込む。

こうして俺たちはハロア特産の海の幸を心行くまで堪能するのだった。


 風は冷たかったが日増しに春めいている。

ワインに火照った体に海風が心地いい。

二人で腕を組みながら歩く港町は賑わっていた。

表通りの治安は悪くないが、一本路地裏に入ると船員御用達のいわゆる悪所という地帯になる。

飲む(酒)、打つ(賭博)、買う(女)の娯楽が出来る場所だ。

土地柄「飲む」にはアヘンも当然含まれている。

例え男連れであっても、妙齢の女性なら近寄らない場所だ。

パティーなら絡まれたとしても叩きのめしてしまうだろうが、近寄るべきではないだろう。


「そういえば、ユーライア・ラムネスがアヘンくつに出資してたよ」

俺は先日、王都のレモンハウス地区で起こった事件の話をパティーにしてやった。

「そうなんだ。アヘンは今、いろいろあってね、議会でも揉めてるそうよ」

王都の貴族院ではアヘンを巡って、商人、治癒士ギルド、神殿が三つ巴の戦いをしていた。

これまで通り自分たちがアヘンを取り扱いたい商人、アヘンの取り扱いを規制して自分たちが権益を独占したい治癒士ギルド、アヘンの完全撤廃を主張する神殿がそれぞれの思惑を胸に貴族院に働きかけをしていた。

「チェリコーク子爵の立ち位置は?」

「お父様はまだ態度を決めかねているわ」

デリケートな問題なので子爵も迷っているようだ。

ボトルズ王国で使用されるアヘンはほとんど輸入品だ。

ここハロアにも南方から大量のアヘンが届く。

「そういえばハロアの領主って誰なの? それとも直轄領?」

ふと気になって尋ねてみる。

貿易都市の領主はこの議題にどんな判断を下しているのだろう。

「ハロアはちょっと特殊でね、神殿が所有する土地なのよ」

話によるとこの街は元々神殿の荘園が独自の発展を遂げて今の形になったそうだ。

しかもハロアを管轄する大司教は代々世襲になっているらしい。

貿易都市がもたらす莫大な利益が、神殿において特例中の特例を認めさせる要因になっている。

「あれ? 神官って結婚してよかったんだっけ?」

「建前はだめね。でも私生児に神殿の要職を継がせるなんて当たり前のようにやってるわよ」

そうだったんだ。

中々にごうが深いもんだ。

無欲で立派な神官さんもいっぱいいるんだけどね。



 翌日、この街を離れる前に、セント・パイレス大聖堂を見学した。

でっかい神殿で、ごてごてとした飾り付けが特徴的な建物だ。

特に室内は派手で、王都やネピアの神殿とは趣がだいぶ異なる。

神殿の廊下にこの地を収めることになった初代大司教の肖像画が飾ってあった。

……聖職者というより、マフィアのドンだ。

かなり迫力のあるおっさんだ。

ロジャー・ゴールドマンという名前だそうな。

うん、イメージだけどやっぱり聖職者ぽくない。


「パティー、なんかおっかなそうな人だね」

「そうね、この人の出自はよく知られていないそうよ。本土から離れた南の島の出身って噂もあったわ」

そういえば、よく日に焼けた感じで、褐色の肌をしている。

ボトルズ王国の神官では珍しいタイプだ。

「ゴールドマン大司教は今のハロアの基礎を作った人で、かなりの有名人よ」

絵の中のゴールドマン師は人をおちょくったような笑顔でこちらを見つめている。

大司教の頭上には天国の様子が描かれている。

ゴールドマン師は手を合わせてはいるが、とても祈っているようには見えない。

肖像画の下の方に文字が書かれているぞ。

「惑わされることなく我を見よ」……たしか聖典の中に出てきた言葉だ。

惑わされることなくねぇ……。

 ちょっとした思い付きでスキャンを使って絵を見た。

……! 

なんと絵は二重に塗られていた。

上の絵は聖職者の服をまとった大司教の絵だったが、下の絵では同じ人物が海賊の装束を身につけていた。

どう見ても海賊の方がしっくりくる顔立ちだ。

そして聖句の抜粋が書かれていた部分には「さすれば我が宝を授けん」に代わっているではないか。

しかも天国の様子の部分が地図になっていた。


「どうしたのイッペイ? 震えてるよ」

「パティー……すごいもの見つけちゃった」

俺は大急ぎで地図をメモ帳に写し取った。

「ねえ、何を見つけたのよ?」

「あとで、アンジェラについたら教えるから」

俺は小走りで、逃げるようにセント・パイレス大聖堂を後にした。


 アンジェラまで戻った俺は、急いで艫綱ともづなを外して、甲板に飛び移った。

「ゴブ、発進だ!」

「了解しました。アンジェラ、エンジン始動!」

「はい、お兄様」

え? 

何か聞こえなかったか?

「ゴブ?」

「大賢者ミズキ様の資料を元に音声認識装置をアンジェラに組み込んでみました」

俺がいない間に作っていたのか。

だけど、お兄様って……。


「ねえ、イッペイそろそろ何があったか教えてくれない」

苦笑しながらパティーが俺を眺めている。

俺は二重になっていた絵のこと、宝の地図のことなどをパティーに説明した。

「ロジャー・ゴールドマン大司教はもともと海賊だったんだと思う。どういう経緯で神殿の幹部になれたかはわからないけど、おそらく海賊時代のつてで海洋貿易を成功させて、一代でハロアの街を築いたんだよ」

「そういわれると納得できてしまうことが色々あるわね。あそこが神殿の中でも特別な場所とか、昔から密輸入が盛んなこととかね。アヘンの荷揚量もハロアが一番多いって聞いてるわ」

そんなブラックな部分に首を突っ込む気は全くない。

ただ秘密の島を見てみたいだけなのだ。

「みんなで海図を確認してくれ。おそらくケウラス群島のどこかの島だと思うんだ」

ケウラス群島はかつて海賊の本拠地があったと噂される場所だ。

海賊にまつわる伝説もたくさんある。

しかし無人島を含めて、大小合わせると300以上の島が同一地域にあるのがケウラス群島だ。

海図に載っていない島もあるらしい。

俺は指先を震わせながら海図の束をめくっていた。

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