第181話 初めての共同作業
私の名前はゴブと申します。
親愛なるマスターがこの世で初めておつくりになられた、自我を有する人型ゴーレムでございます。
私は今、マスターとパティー様の新婚旅行に随伴しております。
愛すべきお二方のために、この旅行を思い出に残る素晴らしいものにしなくてはなりません。
そのためにゴブはここにいるのですから。
本日は王都エリモアを出発して50キロほど運河を下り、午後四時にこの係留地に到着いたしました。
夜の航行は禁止されておりますので、今夜はこの地で宿泊となります。
マスターたちは先ほど船内の寝室へお入りになられました。
お二人とも初めてではございませんが記念すべき初夜にございますれば、これよりお二人の部屋は絶対不可侵領域でございます。
何人たりともお通しすることはできません。
ゴブは第二種戦闘配置で待機いたします。
作戦遂行のために場所を移動しました。
アンチマテリアルライフルを携えて船上からの監視任務中でございます。
クルーザーの警戒装置ともリンクを張り、備えは万全であります。
このクルーザーは船型のゴーレムであり、同じマスターから作られたアンジェラはいわば私の妹なので、システムの親和性は高いのです。
妹とリンク……なぜでしょう、ゴブの心に熱いものがこみ上げてきました。
静かな夜です。
対岸の街は眠ったようにひっそりとしています。
このデニムズ運河は全長247キロ。支流を合わせた総延長は370キロにも及ぶと聞きました。
今から80年前に、土魔法の大家が中心となり10年の歳月をかけて作られたそうです。
王都エリモアと海運都市ハロアを結ぶ重要な水路であります。
この運河のお陰で、運河沿いの地域も大いに発展したそうです。
そのような地方都市に立ち寄るのもこの旅の計画に組み込まれております。
明日は毛織物で有名なエメラシャ市にお立ち寄りになるそうです。
先程までゴブのセンサーが感知していた微細な振動が止まりました。
ことがおすみになったようですな。
マスターがご自分に回復魔法をかけているようです。
パティー様は一般の女性と違い、並外れた体力の持ち主でございます。
マスターのご苦労が偲ばれます。
誰か来たと思ったら係留地の管理人でした。
この船が珍しいのかランタンの灯をかざしてしげしげと見ています。
どうやら害意は無いようです。
このような場所に敵が出ることもないでしょうが、油断は大敵なので引き続き警戒任務にあたりましょう。
マスターはだいたい六時半に起床されるので、それに合わせてコーヒーをいれなければなりません。
朝食はお二人にのんびり過ごしていただくためにゴブが用意する所存です。
最近は卵料理の微妙な火加減というものが分かってまいりました。
明日は基本中の基本であるプレーンオムレツで勝負するつもりです。
準備万端整えるためにも五時半にはキッチンに入りましょう。
……ゴブのセンサーが新たな振動をキャッチしました。
……明日の朝は少し遅めでもよさそうです。
昨晩は夜更かししたせいか寝坊をしてしまった。
アンジェラを自動操縦で動かして、ゴブの作ってくれた朝食をパティーとのんびり食べる。
「ゴブ、また腕を上げたんじゃないか? このオムレツは一流シェフ並みだよ!」
「恐れ入りますマスター」
「うん。すごく美味しいわよゴブ」
最近のゴブは完璧執事の様になってきた。
ゴブ自身もそれを目指しているそうだ。
なんでも『メイドたちの午後』という小説に出てくる、セバスチャンという登場人物の様になりたいそうだ。
アンジェラはゆっくりと運河を下っていく。
運河の制限速度は決まっていて、6ノット(10.8km/h)以上のスピードは出せない。
急ぐ旅ではないので別に構わないが、景色は冬枯れの寂しそうな風景ばかりだ。
早く南の海でくつろぎたい気もする。
今も左右には荒涼としたヒースの野原が広がっている。
「イッペイみて、向こうに村があるわよ」
パティーの指さす方を見れば、割と大きめの村があった。
「パンを買いたいから少し上陸してみない?」
パン屋さんや雑貨屋くらいならありそうな規模の集落だ。
留守番をゴブに任せていってみることにした。
桟橋などない場所なので岸との距離はかなりある。
だが、パティーは一飛びで船から陸へ飛び移ってしまう。
俺にはできないのでマジックシールドをタラップ代わりに張って上陸した。
パティーは平服に剣だけを佩いた姿。
俺もホルスターにハンドガンを下げ、手には編籠を持っただけの気軽な格好だ。
田舎町の中では少し浮いて見えるかもしれない。
通りすがりの人にパン屋の場所を教えてもらい、ほぼ迷わずにたどり着くことができた。
小さな店だったが、並べてあるパンは美味しそうなものばかりだ。
大きなライ麦パンと角パンを一つずつ、自家製というベリーのジャムも購入した。
会計をする際に気が付いたが、カウンターの隅に小さな看板がある。
見れば「冒険者ギルド ドマネスク村支部」と書いてあるではないか。
「ここってもしかして冒険者ギルドなんですか?」
大きなお腹をしたパン屋のおばさんに尋ねてみる。
「そうだよ。あたしゃ、パン屋兼ギルド職員なのさ」
愛想のよいおばさんは豪快に笑いながら教えてくれた。
ドマネスク村のような田舎の支部の場合、仕事量も少ないのでこのような兼業ギルド職員が多いそうだ。
冒険者も他所からやって来るものはほとんどなく、農閑期の次男以下や猟師などが小遣い稼ぎでたまに魔物を狩るくらいらしい。
魔物の数も少なく、凶悪なものもあまり出ないのでそれでも十分にことは足りているそうだ。
一応魔石の買取もしてくれるという。
「ネピアとは違って純粋に討伐依頼とかもあるんだね」
「ネピアにだってあるわよ。イッペイは依頼掲示板見てないでしょう」
言われてみれば迷宮探索に夢中で依頼掲示板など見たことがない。
「アンタたちは冒険者なのかい?」
俺たちの会話を聞いていたおばさんが尋ねてくる。
「そうですよ。今は旅の最中ですけど」
「そうかい。アンタたちよかったら依頼を受けてくれないかねぇ? 最近東の森のデブリンが畑を荒らすんだよ。ウチの村の奴等が討伐に行ったんだけど負けちまってね」
うわあ……なんか新鮮!
いかにもファンタジーって感じじゃん!
デブリンというのはゴブリンとオークを足して二で割ったような魔物だ。
あ、パティーがやりたそうな顔しているぞ。
「受けたいの?」
「一度イッペイと依頼を受けてみたかったのよね」
にっこりと笑うパティーが可愛すぎる。
この笑顔を見せられたら絶対に断れない。
「受けてくれるのかい? 助かるよ!」
おばさんからデブリンの出没ポイントを詳しく聞いた。
「討伐の証拠にデブリンの左耳を持ってきておくれ。間違えるんじゃないよ、右耳はカウントしないからね! 最低でも7体は狩ってきて欲しいね。一体につき1800リムを支払うよ」
報酬はかなり安いけど、ボランティアみたいなもんだな。
「夫婦になって初めての共同作業だねっ!」
う~ん、物騒!
二人でデブリンの耳に入刀とか笑えないよ。
いったんアンジェラまで戻って装備を整えた。
歩いていくのは時間がかかるので積み込んでおいた小型オフロードバイクに二人乗りで出かける。
以前、銀嶺草を採りにエステラ湖へ行った時に作ったBKB1号の後継機、BKB2号だ。
前のより少しだけ出力が上がっている。
俺は敢えて一台しかバイクを積んでこなかった。
理由は簡単だ。
背中から伝わる感触に喜びを感じるためだ!
だけど、今回は俺のアサルトスーツとパティーの鎧のために何も感じない。
「どうしたの? なんか寂しそうな顔をしてるわよ?」
「ちょっと……幸せすぎる自分が怖くてね……」
ヒースの枯野原を俺たちは二人一つの影になって疾走した。
戦闘はあっさり過ぎるほど、簡単に終わった。
デブリン程度がパティーの敵になるはずがないのだ。
俺もアサルトライフルで戦ったがほとんどパティーが倒してしまった。
42体分のデブリンの耳を前に、おばさんはしばらく声も出せなかった。
「アンタたち大した腕利きだったんだねぇ……」
「ありがとう。ほとんど嫁さんがやったんだけどね」
俺の言葉にパティーがモジモジと照れている。
「たいしたもんだ! あ、魔石が出てたら売ってくれないかねぇ。販売用が少なくなっていて困っているんだ。相場より色は付けるよ」
Iランクが一つ出ていたのでカウンターに出してやる。
「それじゃあ買取をするからギルドカードを出しておくれ」
俺とパティーはギルドカードもカウンターへ出した。
何気なくカードをチェックしていたおばさんの動きが止まる。
何回もカードと俺たちの顔を見比べているぞ。
「あ、アンタたち……」
おばさんはやおらカウンターの下から一枚の色紙を取り出してきた。
「これにサインをくれないかい? シリルさんへって書いてくれたらうれしいねっ!」
ボトルズ王国中南部にあるドマネスク村には一軒のパン屋がある。
そのパン屋の片隅に一枚の色紙が飾られていた。
曰く、
ハネムーンの思い出をくれたミセス・シリルへ感謝の念をこめて
イッペイ&パティー
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