第179話 試合稽古

 朝食に『不死鳥の団』のメンバーが集まったところでボニーさんが突然言い放つ。

「本日は……訓練を行う。各自用意して八時半にミューズハウスに集合」

随分急な話だ。

俺は式典だの訪問だので身体がなまっているから丁度いいだろう。

思いっきり動ける郊外まで自動車でいくことになった。

「イッペイ……夕方までやるから……お弁当」

「了解。ボニーさんの好きなモノをいっぱい作りますね」

「嬉しいけど……訓練の手は……ぬかないぞ」

そんなつもりはない。

ここ数日怠けていたから真面目に訓練するつもりだぞ。

「本日の訓練には……パティーとジェニーも参加する」

「ボニーさんが誘ったんですか?」

「うん。……今日こそパティーと白黒をつける」

ボニーさんの顔が戦闘の悦びに染まっていく。

「ジャン、マリア、……いざとなったら止めてくれよ」

「出来るわけないだろっ!」

「祈りましょう……」

ですよねぇ。

ボニーさんとパティーを止められるのはロットさんたちくらいのものだ。

それに止めようとしたって、二人とも思いっきり楽しんじゃうんだろうな。

ボニーさんとパティーは決して仲は悪くない。

むしろお互いを認め合っている感じだ。

それでも戦闘が始まってしまえば……。

「マスター、マモル君Ⅱをお貸しください。そうすればこのゴブが命を懸けてお二人をおとめします!」

そうか! 

ゴブがいた。

パワーアップしたゴブは今やボニーさんと引き分ける実力を持つ。

「頼むぞゴブ! お前だけが頼りだ」

「お任せください」

俺たちのやり取りを聞いてボニーさんは不満げだ。

「戦闘訓練だ……殺し合いをするつもりはない」

心配だなぁ。

「武器は訓練用の……木刀」

あなた方は木刀で岩を断ち切るでしょうが!


 メンバー全員で大量のお弁当を作って、いざ出発という段になってチャイムが響き渡る。

パティーたちが来たのかと思ったが、アルヴィン殿下の訪問だった。

「早朝からの訪問、すまない」

「いらっしゃるのなら、護衛を兼ねてお迎えに行きましたものを」

「今日は陛下が護衛をつけてくれたのだ」

ドアから外を除くと近衛軍の小隊らしき人達が門前にいた。

「おや、イッペイ達は出かけるところか?」

殿下が俺たちの荷物に気づいて尋ねてくる。

実は訓練のために郊外へ出かけようとしていたと話すと、大変興味を持たれてしまった。

そうこうしている内にパティーもやってきて、結局アルヴィン殿下と護衛のシェリーも連れて訓練に行くことになった。


 フェニックスⅥを先頭に、王子の馬車を取り囲むように八人の騎兵が付きそう。

最後尾はパティーとジェニーさんを乗せたアンバサ伯爵家の馬車だ。

戦闘訓練に行くだけなのに、なんだか仰々しい一団になってしまった。


 訓練はいつも通りに、ストレッチとランニングで身体を温めてから始まった。

アルヴィン殿下とシェリーも参加している。

まず最初は基本中の基本である素振りから始まる。

素振り自体は俺でさえ毎朝タウンハウスの中庭でやっていた。

これだけは欠かすなとボニーさんに厳命されていたのだ。

アルヴィン殿下も一緒に剣を振るったが、なかなかに筋がいい。

「普段は引きこもりだからね。シェリーに教えてもらって毎日やっているんだ」

なるほど、悲しい事情があるようだ。

素振りが終わると型の稽古だ。

俺はボニーさんにいくつかの型を習っている。

型は相手の攻撃に対して予め決められた動作で対応するものだ。

マリアに打ち込んでもらって、それに応じた動きをする。

ジャンはボニーさんに打ち込んでもらう。

型の練習は上級者に打ち込んでもらわないといけないそうだ。

殿下はシェリーに打ち込んでもらっていた。

俺や殿下はともかく、ジャンとボニーさんの型稽古はとんでもなく高速だ。

護衛の騎士たちもあんぐりと口を開けて見守っている。

同じメニューを10倍以上の速さで終わらせてしまうのだから驚きだ。


 型の練習を一通り終わらせると、今度は試合形式の稽古になる。

準備をしていると護衛騎士の男が俺に声をかけてきた。

「さすがは一流冒険者の皆さんだ。実に素晴らしい」

「ありがとうございます」

なんだか嫌味な言い方をする男だ。

「どうでしょう。私にも一手御指南いただけませんか?」

これはあれだな。

面倒くさい奴だ。

型稽古をみて俺の剣の腕が大したことないとわかって挑発しているようだ。

「第3位階の冒険者と言っても大したことなかったぜ。俺が叩きのめしてやったよ」みたいなことを自慢したいのかな? 

コイツのニヤケ顔を見ているとそんな意地悪な心境が透けて見える。

「あ~、私は魔法が専門で――」

「イッペイ……お相手したらいいじゃないか」

断ろうと思ったらボニーさんが挑戦を受けろという。

戦闘訓練中に彼女の命令は絶対だ。

「ほれ、訓練教官殿もこうおっしゃってますよ」

騎士は口の端を吊り上げてこちらを見下してくる。

「えーと、我々の訓練は何でもありの形式ですが、構いませんか?」

「こ、攻撃魔法を使われるのか?」

あ、少しビビってる。

「ん~、攻撃魔法は使いません」

そんなの使えませんよ。

「それなら結構です」

これ以上、皆の前で恥ずかしいところは見せられないので受けて立つことにした。


 木剣を手に騎士と対峙する。

審判はボニーさんだ。

「はじめっ!」

開始宣言がなされて、互いに剣を構えた。

騎士の防御を崩せるほどの技量は俺にはない。

俺の剣は待ちの剣だ。

それを悟ったのか騎士はニヤリと笑い構えを上げる。

……打ち込んで来いよ。

隙だらけの俺を見て、騎士は一気に間合いを詰めようとした。

だが突然にバランスを崩し前方に倒れそうになる。

そこに気負うことなく剣を振るった。

「カンッ」と高い音をたてて騎士の兜に俺の木剣が命中する。

騎士はそのまま大地に突っ伏していた。


「今のは?」

ジェニーさんが隣のジャンに聞いている。

「おっさんが騎士の足元にマジックシールドを張ったんですよ。それに躓いて自滅したんだね。俺も一回だけ引っかかったんだけど、スゲー悔しかった」

ふっ、イッペイオリジナルの初見殺しだ、いかがかな?

「何というか……姑息ですね」

そりゃないぜジェニーさん。


 こうして俺の模擬戦は終わったのだが、次はいよいよパティーとボニーさんが戦う。

二人が対峙しただけで、近隣の森から一斉に鳥たちが飛び立った。

わかる、わかるよ! 

俺にも翼を下さい! 

でもさ、責任者として逃げるわけにはいかないんだよね。

「審判はこのゴブが努めます。試合時間は5分。それでは……はじめ!」

ゴブの開始宣言と共に二人の身体がユラリと動いた。


 ボニーさんとパティーの戦闘はまさに圧巻の二文字だ。

心技体ともに互角と言えた。

以前はわずかにパティーの力が上回っていたように感じたが、七、八層の探索の末にボニーさんは新たなステージにたどり着いた感がある。

それはパティーも同じだった。


「それまでぇぇぇ!!!」

ゴブの大音声が響き渡り大地に静寂が訪れる。

よかった。どちらも無数の傷を作っているが致命傷はない。


「余分な肉を二つもぶら下げてる割に……速いじゃないか」

「貴方も、薄い胸の割にいい打ち込みだったわ」

もう、やめなさいって。

心配する俺の肩にアルヴィン殿下が手を乗せた。

「大丈夫だよイッペイ。あんなことは言っているが二人はとても嬉しいんだ」

そっか……。

「読心」のスキルを使える殿下が言うんだ。

その通りなんだろう。

この二人にとって思いっきり剣を振るえる相手なんて滅多にいないもんな。


 周りから歓声が上がる。見れば二人の健闘をたたえて騎士たちが武器を打ち鳴らしていた。

「スカーレット・パティーィィ!!」

「すごかったぞ影鬼のボニー!!」

殿下が俺を見上げて無邪気な笑顔で聞いてくる。

「イッペイはどっちだ? ボニー派か? パティー派か?」

「あ~、一応パティーは私の婚約者でして……」

「そうだったのか!! ……ふむ……イッペイはパティー派か。私は断然ボニー派だな!」

しぶい! 十五歳の癖に通の選択をしますね。

「よく……わかっている」

あら、ボニーさんいたんですか?

「なかなか見込みのある……少年だ」

「弟子にして下さい!!」

「いい……だろう」

王子だけでなく何故かシェリーも一緒に跪いている。

こうして、ボニーさんに新たな弟子が加わった。

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