第176話 僕の小さなレジスタンス

 式典はつつがなく終わった。

俺も陛下からお褒めのお言葉を賜り、ご褒美を頂戴したぞ。

名誉男爵や騎士爵などの爵位をなんて話もあったらしいが、チェリコーク子爵を通じて分不相応を理由に事前に断わってある。

その代わりナンチャラ言う勲章を貰った。

ガーネットが付いた鉄と金メッキの勲章で、結構センスのよいデザインをしている。

特に何かの役に立つわけではないが、パーティーなどの正装時に胸に飾ると拍が付くらしい。

失敗や恥をかくことなく終わって一安心だ。

緊張しまくっていた俺に比べてパティーは堂々としたものだった。


 式典が終わると会場を変えて晩餐会だ。

会場は一つでは足りず、身分によって部屋が分かれる。

本来は国王と同じ部屋で食事をとることはできないのだが、今日は特別に同席できるそうだ。

ありがたいような、ありがたくないような。

だって緊張してしまうだろう。

どうせならリラックスして美味しいご馳走を堪能したいんだよね。


 食堂はかなり広く、5~6人掛けの大きな丸テーブルがいくつも並んでいた。

「イッペイ君こっちだ。早く来たまえ!」

会場に入るなり誰かに呼ばれたと思ったら、なんとグローブナー公爵が俺に手を振っている。

お会いするのは魔導鉄道以来だ。

「閣下、お久しぶりです」

「ははは、晩餐会は無礼講。早く座りなさい」

「席は決まっていると聞きましたが?」

俺たちを案内してくれた使用人の顔を思わず見てしまう。

いいの、ここで?

「私が呼んだのだ、気にするでない。チェリコーク子爵もパティー嬢も座りなさい」

強引に閣下に席を決められてしまった。

案内役の人もにこやかにパティーの椅子を引いてくれているので問題ないのかな? 


突如、会場にざわめきが広がる。

陛下のおなりかなと入口を見ると、やってきたのは陛下ではなくアルヴィン殿下だった。

殿下は俺を見つけてニコニコと近づいてくる。

殿下が近づくにつれ人垣がさっと割れて道ができる。

誰も殿下に2メートル以上近づこうとはしない。

殿下の能力が発揮されるのが2m以内というのは有名なようだ。


「叔父上お久しぶりでございます」

殿下は先ず閣下に挨拶する。

そういえばこの二人は叔父と甥の関係だ。

「アルヴィンか、久しいのぅ」

閣下は殿下が近づいても気にする様子もない。

この人は基本的に研究のことばかり考えているので、「読心」を使われても平気なのだろう。

「はい。私もご一緒させていただいてよろしいでしょうか? こちらのイッペイとは縁がございまして」

「そうであったか。遠慮なく座りなさい」

閣下は鷹揚に頷いている。

考えてみれば二人とも王族なのだ。

公爵は陛下の叔父だし、王子は陛下の末の弟だ。

結構すごい人達と知り合いになったもんだな。


 陛下の到着を待ちながら談笑していると、今度はなんとコーデリアがやってきたではないか。

「イッペイさん、式典では大変ご立派でしたよ」

「これはコーデリアさん、先ほどはありがとうございました」

俺たちはいたって常識的な挨拶を交わす。

コーデリアの登場をパティーは快く思ってはいないだろうが表情には出さずに普通に挨拶している。

こういうところが貴族的だよなと感心してしまう。

「イッペイの友人かね?」

閣下の質問に対してコーデリアは優雅に頭を下げた。

「ルートビア子爵家の次女、コーデリアと申します。イッペイさんとは浅からぬ縁がございまして」

「そうか、そうか。イッペイの友人なら大歓迎だ。貴女もそこに座ればいい」

閣下の鶴の一声でコーデリアも食卓を共にすることになってしまった。

本当はコーデリアの身分ではこの部屋で食事はできないはずだ。

全く知らない人よりはヤンデレ代官の方が緊張しないですむからいいけどね。


 ふと気が付くとアルヴィン殿下が興味深そうにコーデリアの顔を覗き込んでいた。

「殿下?」

「いや……イッペイは愛されているのだな……その……愛の形とは複雑なものだ……。なっ! そんなことまでしたいのか?」

俺は慌ててコーデリアをマジックシールドで包む。

この人の頭の中は少年の教育上よくない気がする。

「殿下、ご内分に願いますよ。続きをお知りになりたいのなら……またいつか」

コーデリアの真っ赤な唇が危険な毒を含んだ言葉を紡ぎ出す。

「こ、心得た」

少年は女の心に何を見たのだろうか。

どうせ碌でもないことなのだろう。

大丈夫とは思うが後で護衛メイドのシェリーにチクっておこう。

彼女が目を光らせていれば殿下が新たな快楽の扉を開ける心配はないはずだ。

王子が大人なら口出しはしないが、倒錯的な愛に溺れるには早すぎる気がする。

一応釘は刺しておくか。

「コーデリアさん、殿下の護衛は厳しい女性ですよ」

「わかっておりますよ。ほんの戯言……」

困った人だ。


 陛下のご入室の触れが聞こえてきたので会場の全員が起立した。

食堂なのでさすがに跪くことはしない。

頭を下げて陛下が通り過ぎるのを待っていると、ぴたりと陛下の足が止まった。

「これはグローブナー公とアルヴィンではないか。このような場に二人が出席しておるとは珍しいな」

うわあ、陛下が話しかけてきたぞ。

「恐れ入ります陛下。私は例の知りたがりの病気が出ましてな。噂の冒険者から是非迷宮の話を聞こうとまかり越した次第です」

「はっはっはっ、叔父御は相変わらずよな。してアルヴィンも冒険譚でも聞きに来たのかな?」

「そんなところでございます。今日は迷宮で手に入れた珍しい品を見せてくれるというので。本当は部屋で待っているつもりでしたが、待ちきれずにここまでやってきてしまいました」

そうなのだ。

今日は後で王子の部屋へ行く予定だった。

「迷宮で手に入れた珍しい品とな。それは余も興味があるぞ。イッペイと申したな。余にもその品を見せてくれ」

周りの貴族も興味深そうにこちらを見ている。

俺はポケットからインスタントカメラを取り出した。

これは第三階層の宝箱から出てきた品だ。

「ふむ、その黒い箱がそうなのか? なんに使うものだ? 直答を許す、答えよ」

いいのかな? 

侍従さんや子爵を見ると頷いている。

オッケーらしい。

「恐れながら、このように使います」

近くにいた貴族たちにレンズを向けてシャッターを切る。

フラッシュがたかれ、悲鳴を上げるものが出た。

「眩しい光だな。そのように光らせて驚かせるのか?」

それはカンテラ型ゴーレム、ヒカル君の役割だ。

「いえ、カメラの用途はただ光らせるだけではありません」

出てきたフィルムを引き抜き侍従に渡す。

「こ、これは!!」

写真を見て皆がびっくりしている。

「これはすごい! 余はこのようなものは初めて見たぞ! 余も使ってみたい、イッペイよ許す、こちらに来て直接使い方を説明せよ」

陛下にファインダーをのぞき、被写体をとらえて、シャッターを切るようにと説明していく。

一通りの説明を受けて、陛下は早速王妃様をモデルにして写真を撮られた。

「素晴らしい! 実に素晴らしいぞ!」

こんなに褒めるというのは、暗に「くれ」と言ってるんだろうな。

この国の最高権力者に逆らうことはできない。

素直に上げてしまう他に選択肢はないだろう。

侍従さんにカメラを陛下に献上することを告げる。

「なに? 余にこれをくれるのか。すまんな、後で褒美を取らす。ウォルターよこの者に充分な謝礼を与えよ」

本当はアルヴィン殿下にあげようと思ったが仕方がない。

俺が作成したフィルム30枚をつけて陛下にカメラを差し上げた。

面倒なのでフィルムはこれしかないことにしておこう。

最初から迷宮の宝箱から出てきた珍品ということになっているので、まさか新たにフィルムを作ったのが俺とは思わないだろう。

「アルヴィン殿下、すいません。本当は殿下に差し上げようと思ったのですが」

「陛下があそこまで気に入ってしまったんだ、仕方がないさ……ふふ」

王子は陛下を見遣って笑みを漏らす。

「イッペイ、陛下は本当に嬉しいみたいだよ。すぐにでも使いたいみたいだ」

「家族写真でも撮るんですかね」

ロイヤルファミリーの記念写真か。

撮影用の新しい服でも新調しそうだな。

「いやいや、使うのは今夜だ……」

殿下は俺の耳に口を近づけて、王の使用目的を教えてくれる。

まあ、破廉恥はれんちな!

服なんて一枚も必要ないじゃないか! 

王様の命令は~? 絶対! とでもいうのか! 

実にケシカランですよ! 

俺がパティーに同じことを頼んだらぶん殴られるぞ。

それでもフィルムは三十数枚しかないのだ。

使い切って祭の後の寂しさを知ればいいのだ。

新しいフィルムなんて作ってやらないもんね。

俺にできる絶対権力へのささやかな抵抗レジスタンスはそれくらいのものだった。

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