第175話 長い廊下

 どことも知れない宮殿の片隅で、ほぼ1年ぶりにコーデリア・ルートビアと対面してしまった。

「新聞にイッペイという文字が出てきたときはまさかと思ったけど、本当に貴方が冒険者イッペイだったのね」

「まあ、そうなんです……」

コーデリアは懐かしそうな顔をしているが、俺としては微妙な心境だ。

鞭で叩かれたり優しくされたりと、さんざん俺を振り回してくれた人物でもある。

だが、せっかく知己に会えたのだ、この際だから謁見の間に連れて行ってもらおう。

「代官殿、すみませんが謁見の間にはどうやって行ったらいいか教えていただけませんか?」

「代官殿だなんて……私と貴方の仲でしょう? コーデリアと呼んでくださいな」

どんな仲だよ? 

実際のところ彼女とは数時間しか一緒に過ごしていないのだ。

だが、こちらの思惑など一切無視して、コーデリアは俺の右後ろに立つ。

「案内して差し上げますわ。腕を……」

腕を組めばいいのかな? 

見よう見まねで腕で輪を作ると、コーデリアはそっと左手を乗せてきた。


 宮殿の廊下をコーデリアと腕を組んで歩くのは不思議な気分だった。

鉱山を管理する代官と囚人という関係だったのに、それがこうして腕を組んで王宮を歩いているのだ。

かつての俺にしてみれば想像の埒外と言っていいだろう。

彼女も祝賀パーティーに参加するために休暇をとってエリモアへ帰ってきたそうだ。


「前から一つだけお聞きしたかったのですが、どうして脱走した俺を死亡扱いにしてくれたんですか? 追手も指名手配もかけなかったみたいですし」

ずっと疑問に思っていたことを聞いてみる。

「わからないかしら?」

「はあ」

思い当たる節がない。

「恋に落ちたからよ」

「はあ……」

この人は相変わらず理解できない。

「貴方に鞭で打たれて、傷を手当してもらって……お話ししたのって二時間くらいじゃありませんでしたか?」

「恋に落ちるのに時間は関係ないわ」

そうかもしれないけどさ……。

服を引っぺがしたり、屈辱的な言葉を投げかけたり、自分でつけた傷を手当したり……どこら辺に恋という感情が入り込むのだろう?

「貴方を鞭打ちながら私は最高のエクスタシーを感じたの。そして貴方の傷を癒している時は最高に安らいだ気持ちになれた。理由を言語化するのは難しいけど、あの感情は恋愛と言っていいものだったわ」

「やられる俺の気持も考慮してくださいよ」

「あら、鞭の時はともかく、治療の時は貴方も私に心を許してはいなかった?」

「それは少し違うと思います」

あれは暴力の後に優しくされてなる共依存の状態みたいなものだ。

「そうかしら? もしあの晩、貴方が貞操帯をつけていないで私と閨ねやを共にしていたら……」

もしそんなことになっていたら……いずれにせよ逃げ出していたと思う。

「何だったらそこの部屋であの晩の続きをしてみない? 私の……準備はできてるわ」

コーデリアが無数に並ぶドアの一つを指し示す。

準備ができてるって……思わずスキャンを使っちゃったよ。

本当に準備できてるよ!

何の準備かって?

心の準備じゃないかなぁ……。

良い子の皆はパパとママに聞いてみよう。

大きなお友達はわかるよね! 

それにしても、多少は興奮するけど、やっぱりひくわ!

「コーデリアさん。陛下をお待たせするわけにはいかないでしょう? それに俺には恋人がいるんです」

「知ってるわ。パティー・チェリコークさんだったわね?」

そういえば二人は出合っているんだったな。

以前パティーにコーデリアとどんな関係だったのかを追及されたことがあって難儀した。

「まったく、つまらないわ! 一度でいいから宮殿でしてみたかったのに」

「それはまずいでしょう」

「結構みんなやってるわよ」

そうなんですか?

言われてみればやってそうですね。

「諦めてください。その辺に男なんか山ほどいるじゃないですか?」

「あのねぇ、私は誰とでもしたがる淫乱ではないのよ!」

イカン、イカン、顔を真っ赤にして怒るコーデリア様を可愛いと感じてしまった。


 二人で歩みを進めていくと、いつしか記憶にある場所にたどり着いていた。

俺の姿を認めたパティーがやってくる。

「イッペイ! どこに行ってたの。皆で探し回ったんだから。――それとコーデリア・ルートビアさんでしたね。お久しぶりです」

「本当にお久しぶり。今もイッペイと貴女のお話をしていたのですよ」

コーデリアの馴れ馴れしい口調にパティーの目が吊り上がる。

「随分と仲がよろしいようね」

「お会いするのは二回目だよ。しかも偶然廊下で会ったんだ」

すかさず事実を述べる。

「あら、つれないおっしゃりようですね。貴方のために色々して差し上げたのに」

確かにそれは事実だ。

過去には脱獄者の俺を見逃し、今日は迷子の俺をここまで連れてきてくれたのだ。

「もちろん感謝していますよ。いずれお礼に伺います」

「じゃあ何かおねだりしてもいいかしら?」

「ええ。品物か金銭で済むものなら何でも!」

「本当に欲しいものはいただけないのね……」

コーデリアはニヤリと笑って、俺の耳に口を近づける。

「貴方も私と同じじゃない。人を傷つけるのがとっても上手よ」

そういってパティーに見えないように耳の中を舐めて俺から離れた。

コーデリアに耳を舐められるのは二度目だ。

本当に勘弁してほしい。

「コーデリアさ――」

「貸しにしておくわ」

そういって彼女は離れていった。

「イッペイ、後でちゃんと説明してもらうからね!」

「わかってるよ」

やましいところは全然ないぞ。

それもこれも全部あのユーライア・ラムネスが悪いのだ。

俺を遅刻させて、辱めようとしたのだろう。

仕返しに式典の最中に下痢を止まらなくしてやろうかと考えたが、ポーション類は一切持ってきていない。

しかもボニーさんの様に気づかれずに投薬することも不可能だ。

残念だがお仕置きは今度にしておいてやろう。

今はそれよりも謁見の儀だ。

王様にお褒めの言葉をいただき、Bランク魔石のお披露目が済んだら、次は晩餐会だ。

晩餐会は食事を食べるだけだから問題はない。

その後のパーティーも子爵の側を離れなければ何とかなるだろう。


 ギリギリのタイミングで大広間へと入り、子爵やパティーと一緒に国王の登場を待つ。

「イッペイ君、肝が冷えたよ。どこに行ってたんだい?」

「ユーライア・ラムネスにやられましたよ。騙されて訳の分からないところに連れて行かれました」

「またあの男なの?」

パティーもうんざりしたように眉をひそめている。

「ラムネス伯爵の長男か……」

子爵もユーライアのことを思い出したようだ。

「以前はしつこい程パティーに求婚していた若者だね。最近は大人しくなったみたいだが……」

情欲だけで求婚していた男だから、あそこが役に立たなくなって静かになったのだろう。

「国王陛下御入場!!」

高らかな声が響き渡り、皆が一斉に跪く。俺も0.3拍遅れくらいで真似できたぞ。

「皆の者、立つがよい」

静かな声が聞こえて、臣下が一斉に立ち上がる。

今度はほぼシンクロできた。

玉座を見るとやや太めの中年が座っている。

あれが国王陛下か。

これといった特徴のない人だった。

政治的にも辣腕をふるうでなく、過去の習慣を堅実に踏襲するタイプだそうだ。

名君とはいかないが、暗君というほどでもない。

平時の臣下からすれば理想的なタイプなのかもしれなかった。

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