第174話 予行演習

 閑散とした謁見の間に文官の声が響く。

「真っすぐこちらまで進み、この場所で跪いて下さい」

金の縁取りのある赤い絨毯の上をシャナリシャナリと気取って歩いていく俺は、謁見の儀の予行演習中だ。

儀式中の動き、セリフの内容まで全ては予め決められている。

俺のセリフは「恐れ入ります」と「ありがたき幸せ」と「今後とも陛下とボトルズ王国の御為に精進いたします」という三つだけだ。

心にもないセリフではあるが覚えるのは簡単で助かる。

それよりも立ち居振る舞いを憶える方が難しい。

「はい、それでは立ち上がって、陛下に背中をお見せしないようにそのまま後ろへ下がってください――そうです。そこまで来たら右を向いて。――出口へと進みます――もっとゆっくり、……もう少しゆっくり。はい! よくできました」

小学校の卒業式みたいだ。

予行演習は俺一人でやっている。

式典に不慣れな俺だけが空き時間を使って本会場で練習しているわけだ。

本番では隣にパティーとチェリコーク子爵がついていてくれるので彼らの真似をすれば何とかなるだろう。

「こんな感じでよろしいですか?」

「たいへん結構です。動く際などにもう少し指先を伸ばしておくと所作がエレガントに見えますよ」

了解でございます。

付き添ってくれた文官によくお礼を言って金貨を一枚手のひらに握らせた。

こうするようにと予め子爵に言われている。

庶民の俺でも先に賄賂を渡しておけば、向こうから気を利かせて、いろいろ便宜をはかってくれるそうだ。

そうでなければトイレの場所一つきちんと教えてくれないらしい。


 時間を確認したら練習は30分も経たない内に終わってしまっていた。

時刻は15時半くらいだ。

式典は午後17時から始まるので後1時間以上も時間が残っている。

「別室にお茶の用意をさせましょう」

金貨が利いているのか文官が愛想よく俺を案内してくれる。

小腹がすいてきたのでありがたかった。


 長い廊下を歩いていると貴族たちがあちらこちらでグループを作って談笑していた。

招待客が少しずつ集まってきているようだ。

みんな派手な衣装を着ている。

俺も今日のために自分で衣装を錬成した。

招待があまりにも急だったため注文しても間に合わなかったのだ。

仕方がなく生地だけ購入して、流行りの服を真似て作ったわけだが、俺にとってはかなり違和感がある。

コートのような丈の長い上衣にベストのようなもの、その下にはシャツ。下はひざ丈のキュロットにブーツを履いている。

まさにロココ調ファッションだ。

コートの袖もシャツの襟もフリフリで素肌に当たるたびにくすぐったい。

なによりも平たい顔には似合わないと思う。

パティーとマリアは似合うと言ってくれたが、ボニーさんとジャンは笑い転げていた……。

と、このような俺が王宮を歩いていると目立つようで、さっきからチラチラと視線が投げかけられている。

そんな中で俺は見知った顔を見つけてしまった。

向こうも俺に気が付いたようだ。

すっかり忘れていたが、会いたい人物ではなかった。

その男の名前はユーライア・ラムネス。

俺に無実の罪を背負わせコンブウォール鉱山へ送った黒幕だ。

「貴様……やはり、生きていたのか?」

底意地の悪そうな顔を歪めてユーライアが近づいてくる。

そういえばコンブウォール鉱山で俺は死んだことになっていたな。

どうしてだかわかんないけど。

「おかげさまでピンピンしてますよ」

「……ということはやはり『不死鳥の団』のリーダー、イッペイとは貴様のことか?」

「ええ」

「犯罪者のくせに!」

「あれ? 俺の無実は証明されてるんですよ。俺を連行した小隊長が罪の捏造でつかまりましたけどね。まあ、小隊長を操っていた黒幕は結局わからなかったみたいですけど」

俺は晴れやかに笑って見せる。

その態度にユーライアが声を落とす。

「これで済んだと思うな」

「何のことでしょう? そういえばユーライア様は最近調子はいかがですか? 相変わらずお盛んなのですかな?」

途端にユーライアの顔が青ざめた。

こいつには勃起障害の刑をかけてあるのだ。

「ま、まさか……私の身体に何をした!!!」

大声を上げたユーライアに皆の視線が集まる。

「さあ、何のことやら」

ユーライアは慌てて声を落とす。

「しらばっくれるな。お前がやったのだろう」

「何をですか?」

「そ、それは……」

夜の生活に支障が出ているとこの場では言いたくないのかな?

「お体に異常があるのですか? 大変ですね。貴族の皆様は跡継ぎの問題とかいろいろあるから健康には気を付けなくては」

「くっ!」

「それでは失礼します」

俺は身をひるがえしてその場を離れた。

指先を真っすぐに伸ばすことを忘れなかったぞ。

少しはエレガントに見えたかな?



 通された部屋は静かな小部屋だった。

小部屋と言っても十八畳くらいはありそうだ。

俺の他には誰もいない。

どっしりとした椅子に腰かけて侍女が運んでくれたお茶を飲んで過ごした。

お茶もお茶うけも美味しかったが、昨日アルヴィン殿下の部屋でいただいたものほど豪華ではない。

あれは特別だったのだろう。

窓の外に見える冬枯れの庭園を眺めながらミルクティーを飲んでいると、俺はこんなところで何をしているんだろう? という気分になる。

面倒な行事などさっさと終えて家に帰りたかった。

今頃他のメンバーは王都観光を楽しんでいるのだろう。


 ドアがノックされて男が一人入ってくる。先程の文官とは違う男だ。

「イッペイ・ミヤタ様。お待たせしました、ご案内いたしますので私についてきてください」

久しぶりにファミリーネームを呼ばれた気がするな。

最近ではイッペイで通していたから懐かしささえ感じるぞ。

男の後について迷宮のような宮殿をぐるぐると進む。

階段を上ったり下りたりちょっと変だ。

だんだん人気のない方に向かっている気もする。

「あの、謁見の間から離れている気がするんですが?」

「はい。先に打ち合わせがございますので。チェリコーク子爵もじきに参られるはずです」

そういわれてしまうとどうしようもない。

こんな場所でいきなり何かされることもないだろう。

武器は何一つ持ってきていないがマモル君は指にはまっている。

よっぽどのことがなければ害される心配もないはずだった。

 十分以上かかって先ほどよりも更に小さな部屋へ通された。

椅子が数脚と小さなサイドテーブルが据え付けてある簡素な部屋だ。

「こちらでしばらくお待ちください」

それだけ言って、男は足早に去って行った。

妙な気はしたが、うろうろするわけにもいかず、大人しく子爵たちがくるのを待つ。

だが、子爵たちはおろか人の気配さえしない。

最初は余裕をもって座っていたが時刻が十六時十五分を過ぎたあたりから焦りが出てきた。

扉を開けて廊下に出てみるが人っ子一人いない。

これは絶対に何らかの策略にはまったようだ。

まあ、策略というよりも嫌がらせの一種だな。

おそらく先ほどのユーライア・ラムネスあたりだろう。

あいつへのお仕置きは後で考えるとして、急いで元の部屋へ帰る必要がある。

道ははっきりとは覚えていないがここに留まるよりはマシだろう。

俺は自分の勘を頼りに王宮という名の迷宮探索へと乗り出した。


 普段なら制服をきた侍従や侍女が忙しそうに働いているのに、こんな時に限って見当たらない。

いつしか俺は全く見覚えのない場所に来ていた。

「すみません、謁見の間はどちらでしょう?」

使用人らしき男はチラッと俺を見て、

「反対方向へお進みください」

それだけ言い残して去って行ってしまった。

なんて不親切なんだろう!

「すみません、謁見の間はどちらでしょう?」

次に聞いた侍女も素っ気ない説明だけで立ち去ってしまう。

ここは金の力に頼るしかなさそうだ。

ポケットの中から予め金貨を出しておく。

質問をする瞬間に、賄賂を渡せば丁寧に教えてくれるはずだ。

なるべく親切そうな人に聞こうと辺りを見回していると、後ろから声をかけられた。

「こんなところで何をしているの?」

どこかで聞いたことのある声だ。

美人ではあるが性格のきつそうな眼と真っ赤なルージュが相変わらずのあの人が立っていた。

「お代官様!」

「……やめてよね」

俺のふざけた呼びかけに彼女はげんなりした顔を作って見せる。

そこにいたのはコンブウォール鉱山の代官、コーデリア・ルートビアだった。

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