第173話 アフタヌーン ティー
アルヴィン殿下を乗せたフェニックスⅥは大通りを王宮へ向かって静かに進んでいた。
「私を助けてくれた君たちが『不死鳥の団』と『エンジェル・ウィング』のリーダーだったとはね。君たちの活躍は新聞で読んだよ」
王都には日刊の新聞社が三社もある。
ネピアにさえ隔日発行の新聞が一社あるのだ。
この世界の文明度はそれなりに高い。
「恐縮です。パティー・チェリコーク嬢ならいざ知らず、私などおまけのリーダーのようなものでして」
「謙遜することはない。『読心』を使える私にそのように卑下してみせることは……って、本当に戦闘は苦手なのか!」
これ以上殿下に心を読まれてしまうと色々まずいことが起こりそうだ。
マモル君を使い薄いマジックシールドで自分を包んだ。
「読心」も魔法の一種なのでこれで防げるはずだ。
攻撃魔法ではないからマモル君の自動防御は発動しなかったのだな。
高ランク魔石の大量流用や、大賢者ミズキの記憶、飛空船や車両のことなど隠しておきたい情報はたくさんある。
アルヴィン殿下なら見逃してくれそうだが、一応は警戒しておこう。
「あれ? イッペイ何かしたか?」
「はい。これ以上はお見せできませんので」
「そうなのか? ……さすがは『究極のポーター』だな」
その二つ名も知ってるんだ。
「恐れ入ります。冒険者としてお知らせしたくない情報や、お知らせできない秘密もあるのです。ご容赦ください」
「かまわんさ。短い時間だったが君たちの
「え? 俺、パティーのことを考えていましたか?」
「いや、パティー嬢の心の声が聞こえてきたのだ。久しぶりにイッペイの作る夕飯を一緒に食べて甘えたいらしいぞ。彼女はツンデレなのか?」
慌ててマジックシールドの範囲を広げて俺の真後ろにいて顔を赤らめているパティーも包む。
「殿下、いい加減になさいませ!」
それまでずっと無言だった護衛メイドのシェリーが初めて口を開いた。
「す、すまないシェリー。調子に乗ってしまった……」
殿下はシュンとしてしまう。
「許してくれシェリー」
「謝罪するお相手が違います。私ではなくパティー・チェリコーク様とイッペイ様に謝罪するべきでしょう」
「そ、そうだったな。パティー嬢、イッペイ、すまなかった」
メイドに叱られた殿下は年相応の反応をみせた。
大人びてはいるが十五歳の少年なのだ。
それにこのメイドは殿下にとって特別な存在なのかもしれない。
一瞬だが主従の関係を越えた結びつきを垣間見た気がした。
「お気になさらずに殿下、私も気にしておりませんよ」
「そういってもらうと助かる。ところでイッペイ達は明日の祝賀会に出席するために王都へ来たのか?」
「その通りです。殿下もご出席されるのですか?」
明日は王族や主だった貴族など大勢が参加するらしい。
「私は……その手の集まりにはあまり出ないことにしているんだ……」
悪いことを聞いてしまった。
生まれつきの能力ゆえに苦労することも多いのだろう。
「それよりもイッペイ達は魔導鉄道に乗ってやってきたのか?」
「はい。王宮から特別車の乗車チケットをいただきました」
「それはいい。いつか魔導鉄道に乗って旅をするのが私の夢なんだ。……だが、諦めるしかないだろうな」
王子は端正な顔を歪める。
「殿下……」
「今日だって息の詰まるような王宮から抜け出して、少しだけ外の空気を吸いたかっただけなのだ。その結果がこれだ。私の我儘のせいでシェリーに怪我までさせてしまった」
「殿下、私のことなど」
「君を失うわけにはいかない。自由の代償として君が傍らにいてくれるなら、私は永遠に籠の鳥であり続けてもかまわないんだ」
十五歳でよくこんなセリフが出てくるものだ。
言われたシェリーも言った王子も真っ赤になっているのは可愛かった。
王宮まで王子を送り届けて帰ろうと思っていたら、王子の部屋に招待されてお茶を振舞われた。
部屋はさすがに宮殿だけあって、子爵の家よりもさらにゴージャスだ。
紅茶も香り高く、ミルクティーにするととても美味しい。
「ムーンキャッスルという王室が所有する茶園があるんだ」
王室は南の植民地に良質の茶葉を産出する土地を所有しているそうだ。
茶葉だけではなく香辛料の栽培も盛んで、その利益でこの国はかなり潤っているらしい。
お茶うけの内容も豪華で、サンドイッチ、スコーン、各種ケーキ、フルーツと、てんこ盛りだ。
王子の勧めでアプリコットジャムとクロテッドクリームをスコーンにつけて食べたら、止まらなくなって二個も食べてしまった。
今度仲間たちにも作ってやることにしよう。
もう少し紅茶を飲みたいなと思っていると、何か言う前に侍従がお代わりを注いでくれる。
さすがは王宮仕えの人だ。
こちらの意図に敏感で、所作の一つ一つが洗練されている。
でもその態度によそよそしさはない。
なんというか王子の部屋はアットホームな雰囲気だ。
軽口をたたく使用人などいないのだが、主従共に打ち解けた雰囲気である。
王子のような能力を持っていると、召使たちにさえ敬遠されるのじゃないかと思ったがそんなこともないようだ。
身の回りの世話をしているのは五人くらいなのだが、全員仲がよさそうに見える。
アルヴィン王子は明るく素直な性格なので好かれているのだろう。
殿下の部屋を辞して、自動車があるところまでシェリーが送ってくれた。
王宮は迷路のように複雑で広いから、慣れている者でさえ迷うことがあるらしい。
「殿下は皆に慕われているようだね」
「はい。……みな殿下に救われているのです」
救われるとはどういうことだ?
「殿下は人の心を読み取られます。そしてそれを気にかけ、ご配慮下さる優しい方でもあるのです」
「わかる気がするな」
「ええ。私は近衛軍に籍を置いていましたが、上官に罪を着せられかけたところを殿下に助けられました。侍従のランドさんも、下男のティムもみんな王宮ですれ違っただけの殿下に助けられたのです」
情けは人の為ならずとはよく言ったものだな。
人に情けをかければ巡り巡って自分へと返ってくるわけだ。
だから王子の周りには殿下を慕う人が集まってきている。
「殿下によろしくお伝えしてくれ」
「はい。……皆様! お願い申し上げます! お暇なときはまた殿下の元へ遊びに来てはいただけないでしょうか? 殿下は明るく振舞われてはおりますが、親しくお話しできる方は少ないのです。我々数名の使用人ではどうしても……」
シェリーの目が王子の孤独を物語っている。
「パティー、イッペイ君、今度は王子を我が家にお招きしようじゃないか。護衛ならこの国でも屈指の冒険者が二人もいるんだから問題ないだろう?」
さすがは子爵だ。
子爵の言葉にシェリーの顔が明るく輝く。
それは、固い薔薇のつぼみがほころぶような可憐さだった。
帰りの自動車の中でパティーが心配そうに子爵に尋ねる。
「お父様、殿下が我が家においでくださるのはいいのですが、ブライアンお兄様のお考えが読み取られるのは拙くないですか?」
パティーの兄のブライアンは悪い人ではない。
悪い人ではないが清廉な人でもないのだ。
「ふむ、まあ殿下は問題にはされないと思うがね。みながいい気持ちでというわけにはいかないかもしれないな」
何とかした方がいいかな?
「あの、『読心』の魔法を阻害する指輪でも作りましょうか?」
「出来るのかねイッペイ君」
軽い魔法防御をする指輪などを作ればいいだろう。
『読心』の魔法は攻撃魔法ではないのでごくごく簡単なアンチマジックで対抗できる。
だから最低のIランク魔石で作ることが可能だ。
「大丈夫ですよ。指輪かネックレス、イヤリングでもいいですが、どれがいいか皆さんに聞いておいてください」
余談であるが、俺の『読心』防御アイテムはその後、義兄となるブライアン・チェリコークを通じて社交界で大流行する。
「読心」「魅了」「洗脳」など精神系の異常を防ぐ貴族必須のアイテムとなるのだ。
作り方はブライアンに無償で教えてあげた。
彼はこれでかなり儲けたそうだ。
俺にも分け前を少しくれたがそんなことはどうでもいい。
それよりもこのアイテムが浸透したおかげでアルヴィン殿下が社交界にデビューできたそうだ。
まずはめでたしだった。
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