第172話 王子とイッペイ
襲撃事件の被害者がアルヴィン殿下だとわかり、子爵はかなり慌てている。
「ブライアンはエリーゼとイライザを連れて家に戻ってくれ。イッペイ君、悪いが現場まで私を運んでくれんか?」
「構いませんが、アルヴィン殿下とはいったいどういった方ですか?」
「殿下は先王ヴィクター様が晩年にもうけられた王子だ。つまり現陛下の一番下の弟君だよ」
ブライアンたちと別れて、現場へと急行する。
ここから1キロくらい先にあるコリントンパークだ。
「イッペイ、武器はないかしら? ナイフ一つじゃちょっと心配だわ」
リアシートからパティーが声をかけてくる。
今日は買い物に行くだけだったので剣一つ身につけていない。
それでもナイフは持っているようだ。
ひらひらのドレスのどこにそんなものを隠しているのだろう。
あそこかな?
それともあんなところだったりして。
残念だが子爵の前で聞くわけにもいかない。
……緊急時にこんなことを考えるなんて、俺も幾多の戦闘を経て少しだけ余裕が出てきたな。
ケナガに攫われた経験に比べれば人間八人くらいどうという事もない。
パネルのボタンを押すと、フロントシートの後ろの部分がスライドして武器類が現れた。
「ちょっと、私はアサルトライフルなんて扱えないわよ」
「右隅の窪んだところに俺のマチェットの柄があるだろう? 手前に少し倒しながら引けば出てくるよ」
パチンとロックの外れる音がした。
ちゃんと取り出せたようだな。
「パティー、魔力を流すと高周波発生装置が起動するから刃の部分には触るなよ」
「また物騒な武器を……」
「『不死鳥の団』標準装備だぜ」
横を見ると子爵はドロシーから送られてくる映像に釘付けになっている。
「急いでくれ。護衛が負傷したようだ」
攻撃魔法が使えるメイドなので護衛も兼ねているのだろう。
だがどうして王子がこんなところにいるというのだ。
「王族が何故こんな場所にいるのですか?」
「私にもわからんさ。王位継承権順位は低い方なので比較的自由は認められておるのだが……。あの方は少し特別でな」
子爵の話では、アルヴィン殿下は人の心を読む「読心」の魔法が使えるそうだ。
子どもであるから魔力保有量は少なく、たくさんの情報量は読み取れないが、人々に忌避感を起こさせる能力ではある。
しかも力がまだ不安定で、本人の意思に関係なく読み取ってしまうらしい。
尋問を行うには有効な能力ではあるので、一部の軍関係者などには将来を嘱望されているが、基本的には孤立しているそうだ。
自ら進んで自分の考えを読まれたいと願う者は少ない。
ましてや王宮に集まるのは、何がしかの後ろ暗い所を持つ者が大半だ。
挨拶をしただけで不正を暴かれたのでは堪らないだろう。
普段は王宮の片隅にある自室に閉じ籠り、極力他者との接触を避けているそうだ。
修道士として神殿へ行くことも検討されたが、他国に身柄を狙われる危険性もあり、腫れ物に触るような扱いで軟禁状態になっている。
国内では存在を危険視する貴族から、国外では能力を利用しようという組織からと、常にその身を狙われているらしい。
どうしてメイドと一緒にこんなところにいて追跡を受けているのかはわからないが、この王子を狙う者は国の内外にたくさんいるのだろう。
いずれにせよ保護しなければなるまい。
「賊はアンチマジックで攻撃をレジストしているようだぞイッペイ君」
横目でモニターを見ると、護衛メイドの攻撃魔法は弾かれて、牽制くらいにしかなっていない。
物理攻撃は効くようだが低出力の魔法攻撃では意味がないだろう。
ハチドリたちの出番はなさそうだ。
「お父様も剣を」
「私が持ってもたしなみ程度だがね」
子爵はマリアの双剣の一本だけを受け取った。
「このまま賊に突っ込みますよ。しっかり掴まっていて下さい」
フェニックスⅥのマジックシールドを全開にして公園のゲートを突破する。
前方の広場で敵と対峙する殿下たちが見えた。
大きく深呼吸をしてアクセルをべったり踏む。
足の震えが止まらないのは内緒だ。
魔物との戦闘は慣れてきたが、対人戦はなるべくならやりたくない。
余裕が出てきたとさっき言っていただと?
あれは勘違いだった!
やはり人を傷つけることに躊躇いは残る。
「イッペイは殿下を守って。賊は私が捕らえるわ」
車体をドリフトさせながら敵に突っ込んだ。
いきなり自動車での体当たりを受けて、襲撃者が飛びのく。
全員無事に避けたところを見ると、それなりの腕利きが揃っているのだろう。
自動車が完全に停止する前にパティーは飛び出していった。
俺と子爵も王子の元へと走る。
「殿下ぁ! ロナルド・チェリコーク子爵でございます!」
面識があるのか護衛のメイドが警戒を解いている。
王子は十五歳と聞いていたが、間近で見るともっと大人びて見えた。
苦労しているせいかな?
王子の元まで全力で走り、王子と子爵を包めるマジックシールドを張った。
「パティー、こちらはもう大丈夫だ」
パティーの方を見ると、既に四人の襲撃者が倒れている。
「子爵、ありがとう。シェリー、怪我の具合は?」
「私なら大丈夫でございます」
王子は見た目だけではなく、雰囲気も口調も大人びている。
そういえばメイドさんが怪我をしていたな。
傷を治してやりたいけど……。
「治せるのなら治してやってくれないか? 王子が頼むのだ罪には問われんよ」
そういえばこの人は心が読めるんだったな。
俺は即座に回復魔法でメイドの傷を治した。
まだ幼さが残る顔だちをしている。
十六歳くらいだろうか。
灰色の髪をした静かな少女だ。
美人だがどこか影がある。
「ありがとうございます」
メイドさんは警戒を解かず、戦闘の様子を見つめたまま礼をのべる。
「ありがとう。助かるよ」
王子も気軽に礼を言ってくる。
王子様というくらいだからもっと偉そうかと思ってたけど気遣いのできる人のようだ。
「王子と言っても王位継承権なんてほとんどないようなお飾りだからね」
あ……、また考えを読まれてしまった。
……っ!
ひょっとして……。
「心配しなくていい。私はその人の考えていることが少しわかってしまうだけだ。君の過去が見えるわけじゃないんだよ。だからユミちゃんのリコーダーとかハードディスクの中身とか、単語の意味も分からないし、想像もつかない代物だ」
しまった!
墓穴を掘ってしまったのか……。
それから王子は俺の耳元で囁く。
「私も大便を漏らしたことはある。気にするな」
王子よ、貴方がいい人であることはわかりました。
でも言葉にして欲しくはなかった。
「うっ、す、すまない」
あ、また読まれてしまった。
もういいや。
ここからは開き直るぜ。
パティーは瞬く間に襲撃者を全員倒した。
人の動きとは思えない素早さだ。
倒れた男たちを結束バンドで拘束していく。
念のためにスキャンをかけると、身体のあちらこちらに武器を隠していた。
特に親指の爪に見せかけた刃物は大変良くできている。
拘束具を切ったり、暗殺などに使うのだろう。
こんな物を持ち歩いているところからみても、戦闘や汚れ仕事のプロだと推測できた。
本来は医療魔法のスキャンだが最近は別方面で大活躍だ。
「誰に頼まれて私を攫おうとした?」
王子が子供らしからぬ迫力で質問する。
「ふん、予想はしていたが、こいつらの中で依頼人の名前を知っている者はいないようだ」
さすがは「読心」の魔法だ。
即座に襲撃者たちの考えを読み取ってしまったみたいだ。
これほど効率のいい尋問を見たことがない。
暫くしてからやってきた王都警備隊に、子爵が事情を説明して賊を引き渡した。
「子爵、済まないが私を王宮まで送ってはくれないか?」
「もとよりそのつもりでございます」
俺も王宮に行かなければならないのか。
送っていくのはいいけど、厄介ごとには巻き込まれたくはなかった。
「すまんなイッペイ。既に厄介ごとに巻き込んでおいてなんだが、これ以上迷惑をかけないようにするよ」
「あ、いえ、すいません」
取り繕ったところでばれてしまうので素直に謝っておく。
「イッペイは褒美や栄誉に興味はないのだな。それに私を普通の子どもの様に扱っているようだ。私にはそれが嬉しい」
結構失礼なことを考えているのだが、王子の顔は晴れやかだ。
もうこの王子の前では自然体でいくことにした。
「殿下、お言葉ですがご褒美に興味がないわけではありません」
「正直だな」
「殿下の前で嘘をついてもしょうがないじゃないですか」
「それもそうだ」
俺と王子が談笑していると、武器を片付けに行っていたパティーが戻ってくる。
「殿下、お車の用意ができました」
そういって頭を下げるパティーの所作はとても優雅だ。
今日は普段と違ってドレス姿なので一段とそう見えるのかもしれない。
それにしてもどこにナイフを隠しているのやら。
スキャンでもかけてみようかな。
「イッペイ、それはルール違反じゃないのか?」
やだなぁ殿下ったら、冗談に決まってるじゃないですか。
フェニックスⅥのドアを王子のために開く。
王子は後部座席に乗り込む瞬間、俺だけに聞こえるように囁いた。
「左太ももの内側だ」
「(エロ王子)」
俺の心の声を聞いて殿下は満足そうな笑顔を見せていた。
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