第170話 許してあげる
不動産管理会社によって定期的に清掃と空気の入れ替えが行われていたため、家の内部は塵一つ落ちていなかった。
ただし内装の美術品はほとんど処分してしまっていてかなり殺風景だ。
人を呼ぶのなら花くらい用意した方がいいだろう。
それ以上に重要なのは食料だ。
この家にもワインセラーがあり、各種ヴィンテージワインのコレクションやウィスキー、ブランデーの逸品はそろっているのだが、食料は何もない。
外食をするにしても朝食などは店が開いてないので困ってしまう。
「マスター、倉庫を確認しましたが薪と石炭は充分にストックがございます」
「ありがとうゴブ。聞いての通りだ。とりあえず皆で食料を調達しにいこう」
暖房や調理に欠かせない燃料がたっぷりあるのはありがたかった。
エリモアはネピアよりも少しだけ寒い。
今日は晴れているがいつ雪が降ってもおかしくない季節だ。
「エリモアの名物って何だろうね」
誰にともなく聞いたのだが、答えてくれたのはボニーさんだった。
「特にない……敢えていうなら……チキン。どんな料理も……大盛」
「ボニーさんは王都にいたことがあるんですか?」
「むかし……住んでた」
そうだったのか。
考えてみれば俺はボニーさんの過去をあんまり知らないな。
機会があったら聞いてみるか。
俺が本当はどこから来たかを話しておくのもいいだろう。
今なら異世界転移も信じてもらえると思う。
部屋割りをして、買い物がてら皆で近所を散歩した。
治安もよさそうなところだ。
総菜屋で簡単につまめるハムやチーズを見繕ったり、クロとメグへのお土産を物色して時間を過ごした。
クロとメグには王都に来る前に会っている。
残念ながら冬休みが終わり試験期間だったので一緒に王都へ来ることはできなかったが、クロもメグもしっかりと学んでいるようだ。
だけど勉強だけじゃなくて青春を謳歌おうかしてもらいたいなんて思うのは、俺が本当におっさんになってきたからかな?
そ、そんなことはないはずだ。
「なあおっさん、移動手段が徒歩だけっていうのはどうかと思うぜ」
両手に大量の荷物を抱えたジャンが言う。
「いざとなったら馬車を頼めばいいが……確かに面倒だな」
「でも、馬を飼うわけにはいきませんよ。自動車だって注文してから納車までに数カ月はかかるのでしょう?」
マリアのいうことももっともだ。
エリモアに滞在する僅かな期間の為だけに馬車を確保するのも大変だ。
食事や排泄物の清掃といった具合に、生き物は手がかかる。
共に暮らせば情が移り別れも辛くなってしまう。
だけど、移動手段を整えないと街中でワイヤーフックを使いそうな人間が二人もいるので心配でもある。いっそ自動車を自分で作ってしまうか。
祝賀会があるのは4日後だから時間は充分にあった。
「つくるか?」
「よしっ!」
ジャンがガッツポーズを決めている。
こいつは最初からこれを狙っていたな。
俺も嫌いではないからいいんだけどね。
どうせやるなら気合を入れて王都用の車両を作ることにしよう。
「今晩どんな感じにするか決めて、明日から素材集めだな。ボニーさん、素材屋がある地区ってどこですか?」
「ロングブリッジ……地区」
ロングブリッジ地区といえばギルドの本部もそこにあったな。
顔を出す用事もあるから丁度いい。
明日の計画を話し合いながら家路についた。
夕飯は近所のレストランに入った。
店のお勧めメニューであるチキンのマーマレード焼きを選択する。
大量のマッシュポテトが添えられたボリューム満点の品だ。
肉も胸肉ともも肉が半身ずつに、首肉までついてくる。
ボニーさんが言っていた通りどの料理も量が多い。
量が多いのはこのレストランに限ったことではなく、エリモアではどの店でもこうらしい。
そもそもエリモアは鉱山によって発展した街だ。
食事の量がどこでも多いのは、財産を得た労働者階級が食文化の担い手だったことによる。
工業が富の偏在をごく僅かに是正した結果、腹を減らした労働者たちによって大盛文化がここに形成されたわけだ。
「おっさん、俺たちが作る自動車だがどんな形にしようか?」
「そうだな、せっかく作るんだからウォード社と同じようなモデルじゃつまらんよな」
ジャンは明日から制作する自動車に夢中だ。
いささか飽きてきたチキンを口に詰め込みながら、俺も思案を巡らす。
元の世界で乗られていたスポーツカーやセダンタイプの自動車は目立ちすぎてよくないだろう。
せめてあちらの世界でクラシックカーと呼ばれたタイプの見た目くらいにしておかなければならないと思う。
でもクラシックカーなんて詳しくないんだよな。どんなのがあったっけ?
そして俺は一台の自動車を思い出す。
ベンツssk。
過去に俺が好きだったアニメーションの中で、とある大泥棒が愛用していた自動車だ。
あの形ならこの世界でもそれほど奇抜なものではないと思う。
だけどあれはツーシーターだったはず。
『不死鳥の団』で利用するなら6人乗りにしないとダメだな。
フロントとリアの両方をベンチシートにするか……。
sskよりも車幅が必要そうだ。
冒険者としてはいっそ装甲ハンヴィーのような車両がいいんだけど、とんでもなく目立っちゃうよな。
「マリアはどんな車がいいと思う?」
女性陣の意見も取り入れるべきだろう。
「そうですねえ…………空を飛べる自動車があったら素敵ですよね!」
装甲ハンヴィーどころじゃないな。
空なんか飛んだら街中の話題になってしまう。
「それはちょっと……人目に付きすぎるのはまずいよ」
「そうでしたね。ごめんなさい」
無自覚のままにマリアがフェロモンを振りまく。
なんて可愛いんだろう。
もちろん許します!
「ボニーさんも何か要望はありますか?」
マリアに聞いてボニーさんに聞かないわけにはいかない。
「機銃台座」
「……却下です。下手をしたら捕まります」
王都で乗る普通の自動車に機銃はつけられない。
「フロント部分が開いて……パンツァーブリーフ発射」
「武器から離れませんか?」
「煙幕……スリップオイル……まきびし」
どこのスパイ映画の特殊車両だよ!
昔、深夜のテレビで見た〇07シリーズの映画の中でそんな車両があったのを思い出した。
心の中で突っ込みながらも、古いタイプのアストンマーティンとかならギリギリ目立たないかな? なんて一瞬考えた。
「もう少し普通の自動車にしないと、バレた時がヤバすぎます!」
「ふん……悪かった」
無自覚のままにボニーさんが殺気を振りまく。
なんて恐ろしいんだろう。
もちろん許します!
「差別……よくない」
「差別なんてしてませんよ」
「マリアの時と……態度が違う」
しまった。
ちょっと悪ふざけが過ぎたかもしれない。
だが、ボニーさんは挑むような目つきで俺に微笑みかける。
「イッペイ……胸に手をあてて……よく考えて」
「はあ……」
「車体に仕込まれた機銃……追跡者の視界を奪う煙幕……スリップオイルにまきびし……どう? ……胸が躍らないか?」
「クッ!」
ちくしょう!
なんて胸が熱くなるんだ!
「こんな自動車……好きだろ?」
「好きです……」
「私のことも……好きだろ?」
「好きです……」
「差別したら……ダメだろう?」
「ごめんなさい!」
「許して……あげる」
こんな風にいつものノリで楽しく夕飯を食べた。
ところでボニーさんは本気で隠れた装備を搭載するつもりなのだろうか。
「俺はせり出し式の装甲版をつけた方がいいと思うぜ」
「対人でしたら非殺傷の催涙ガス噴射装置が有効だと思います」
ジャンもマリアも本気で隠れ装備を取り付ける気だ。
やっぱり『不死鳥の団』は『不死鳥の団』ということなのだろう。
まあ、俺も嫌いじゃないからやりますけどね!
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