第166話 雑事

 ネピアのトップパーティー『アバランチ』と行動を共にしている俺たちは、破竹の勢いで迷宮を爆走中だ。

車両に乗れる人は荷台に座り、乗り切れない人はワイヤーフックで空を駆けている。

「イッペイ、スチュクス川の畔で休憩にしよう。また何か作ってくれ! お前の飯はうまいからな」

豪快に笑うロットさんに『アバランチ』の面々も頷いている。

「俺は肉がいいな」

「寒いから汁物がいいだろう。シチューとかさ」

「スチュクス川だぞ。とれたてのネピアマスを調理してもらおうぜ!」

ここ最近、毎回料理を作ってきた結果『アバランチ』は俺に餌付けされていた。

昼飯はラーサ砂漠で仕入れておいた香辛料を使った炙り肉に、パスタの入った野菜スープ(ミネストローネ)、ネピアマスのレモンバターソテーだな。

「イッペイちゃん、デザートには昨日のクレームブリュリュンがもう一回食べたいぜ!」

「クレームブリュレですね。あれはもう生クリームがないから作れないんですよ」

「そ、そんな……」

身長2メートルの筋肉ダルマがクレームブリュレを食べられなくて落ち込んでいる。

この人がスプーンを持つと耳かきでブリュレを食べてるように見えるんだよね。

スキンヘッドが哀愁をたたえて光ってるよ……。

「こ、今度バケツでブリュレを作ってあげますから落ち込まないでください」

「男と男の約束だぞ!」

スキンヘッドは照れたように空中へ飛んでいった。

「ひゃっほう!」と叫んでいたから余程嬉しかったのだろう。

「イッペイ、クレームブリュレもいいが車両の作成も忘れんでくれよ」

「大丈夫ですよ。前金で1000万リムもらってますからね」

俺はロットさんにT-MUTTを5台作成するように依頼された。

次回の探索から運用したいそうだ。

元々の実力はネピアで一番なのだ。

車両を使った探索なら確実に『アバランチ』も第八階層に来るだろう。

「それで物は相談なんだが、車両に大きなワイヤーフックのようなものは取り付けられないか? それがあればかなりの急斜面も登れると思うんだ」

ウィンチか! 

さすがはベテラン冒険者だ。

いいところに目をつける。

俺はもちろん提案を受け入れた。

ついでに滑車も作っておけば重い荷物の搬入などにも役立ちそうだ。

自分たちの車両にも後でつけることにしよう。



 長い迷宮の階段を上りきると、そこは冬のネピアだった。

第八階層にいたせいかそれほど寒さを感じない。

疲労はしていないつもりだったが、肩の荷がおろされたような解放感がある。

明かりの灯る店や人並みといった当たり前の風景が安心感を与えてくれるようだ。

買取カウンターで魔石を提出して換金する。

素材はカウンターに預けて受取証だけ貰っておいた。

査定額が出るのは明日以降だ。

「明日の昼にミーティングを開こう。それまでは一時解散ということでいいかな?」

「おっさんはどこか行くのか?」

「ギルド本部に報告書を出してくる。面倒なことは先に終わらせておきたいからな」

「わかった。先に帰ってるぜ」

皆と別れて久しぶりのギルドにやってきた。

相変わらずここは人が少ない。

七層より下の階層に到達した冒険者は冒険記録の提出を求められる。

この記録を基にギルドは地図を作り、魔物の情報を提供し、安全かつ効率の良い魔石回収の方法を提示するのだ。

七層と八層の記録は既にレポートとしてまとめてある。

地図も更新済みだ。

さっさと提出して帰りたかった。


 報告書の提出先が分からなかったのでとりあえず受付カウンターへ行く。

「すみません、冒険記録の提出はどこへ持って行けばいいんですか?」

出来ればこの受付嬢に書類を渡して帰りたい。

「それではギルドカードをご提示願いますか?」

俺が自分のギルドカードを見せると、受付嬢はすぐに応接室へ案内してくれた。

「こちらで少々お待ちください。すぐに担当職員を呼んでまいります」

書類を渡しておしまいというわけにはいかなそうだ。

ある程度覚悟していたので大人しく椅子に座って待っていた。

ノックと共に入ってきたのは二人の男だ。

一人の中年は知らない人物だったが、もう一人の初老の男は面識がある。

このギルドのギルドマスターであるリチャード・ダウンズだった。

ダウンズ氏とはヴァンパイアの資産を押収した時の件で会ったことがある。

「久しぶりですねイッペイさん」

「ご無沙汰しております」

ギルドマスターなんて言うと元冒険者でとても強そうなイメージだが、この人は上品な紳士だ。

ギルド自体がボトルズ王国エネルギー省直轄の出先機関だからギルドマスターは冒険者ではなく国の上級文官がなる。

ダウンズ氏も貴族階級に連なる人なのだろう。

「まずはおめでとうを言わせてください。第八階層への到達、本当によくやってくれました」

柔らかな物腰でダウンズ氏が握手を求めてくる。

「先日、パティー・チェリコーク嬢から報告書とBランクの魔石を預かりました。あの魔石を見たときは私も震えましたよ。Bランクをこの手に取ってみるなんて初めての経験でしたからね」

「私もあれが出た時は驚きましたよ」

 軽い雑談の後に今回作成したレポートと地図を提出した。

内心では早く帰りたかったのだが、ギルドマスターが直々にやってきて興味深げに話を聞いているのだ。

適当に切り上げるわけにもいかなかった。

ようやく話の区切りがついて、後は雑談でもして帰ろうとしたときに、ダウンズ氏がとんでもないことを言い出す。

「それにしても間に合ってよかったです。実は来週、王宮で第八階層到達祝賀パーティーが開かれることになっておりましてね、イッペイさんが帰還されたら是非ともこちらに寄こすようにと申しつかっておりました」

「えーと……どなたにでしょう?」

「もちろん陛下にですよ」

陛下って国王のことだよな……。

行きたくない! 

だって王宮って怖いじゃん!

 礼儀作法とか知らないよ俺。

「あの、俺のような冒険者が王宮なんて……」

「大丈夫ですよ。拝謁する前に一通りの礼儀作法は教えてもらえます。それにパーティーは無礼講です。それほど気にすることはありません」

断るという選択肢はどこにもないのだろう。

せめて帰還を一週間遅らせればよかったと思うが後の祭りだ。

ニコニコと善意の塊のような顔で笑うダウンズ氏にヘラヘラとした笑顔を返すしかなかった。



 その日、王都の人事院にパティー・チェリコークの貴族籍からの除籍願いが届けられた。

貴族の除籍というのは全くないわけではない。

素行不良や、正室の変更によるお家騒動など理由は様々だが、数年に一件くらいは届け出があるものだ。

メンツを重んじる貴族たちにとって、除籍者を出すことは恥ずべき事態である。

降爵や領地の一部没収などの対象になるため滅多なことでは除籍者は出さないようにするものだが、どこの家にもそれぞれの事情というものがあるようだ。

チェリコーク家の除籍願いを受け取ったのは今年56歳になる下級官吏だった。

この男は人事院で38年間働いてきたが、貴族籍を抜けるのに「冒険業に専念するため」という理由を初めて見た。

「どうしました?」

声をかけてきた同僚にチェリコーク家からの書状を回してやる。

「へえ、こりゃ驚きだ! あの緋色スカーレットの・パティーがねぇ……。だけどなんで貴族籍を抜ける必要があるんでしょう? そのまんま冒険者を続ければいいのに。今までだってそうしてきたんでしょう?」

「まあ婚姻関係だろうな」

下級官吏は38年の経験から除籍願いの裏を読み解く。

深層の令嬢が使用人と恋に落ちて貴族籍を抜けるなどということは稀にだがあることだ。

特に娘に甘い父親がいる家庭に多い。

チェリコーク子爵も子どもたちには甘い父親と聞いている。

「どうなるんでしょうねこれ?」

「さて……チェリコーク家はお抱え冒険者が第八階層到達で栄誉を受けるし、何と言ってもBランク魔石を持ち帰ってきたのが大きい。お咎めなしってところで落ち着くんじゃないか?」

「そんなところでしょうなあ。……しかし何があったのやら」

「まあ貴族のお家事情なんて首を突っ込むものじゃないさ。お前だってよく知ってるだろう?」

人事院に努めて38年。

その間に突然消息を絶った職員も数人いた。

おそらく知ってはいけないことを知った結果、どこかに行ってしまったのだろう。

ここで下っ端が長生きをするには、余計な詮索をせずに与えらた仕事だけを淡々とこなせばよいのだ。

二人は興味を断ち切るように書状を上司宛のフォルダに放り込んだ。

そして長年の習慣に従い、職人芸とも言える器用さで、5分後にはチェリコーク家の書状のことなど綺麗に忘れるのであった。

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