第165話 その男、究極のポーター
チェリコーク子爵の執務室ではパティー・チェリコークが不貞腐れながらソファーに腰かけている。
いつもの鎧姿ではなく女性用の乗馬服のようないでたちだ。
「またパーティーですか?」
うんざりしたパティーの様子にチェリコーク子爵は苦笑するしかない。
「そんなに嫌がることもあるまい。みんな緋色の《スカーレット》・パティーに会いたいのだよ」
地上への帰還を果たした五日後から、連日のようにパーティーへのお誘いが続いている。
最初のパーティーは領主のコーク侯爵が主催するもので、父親の立場を考えると断るわけにはいかなかった。
続いてはチェリコーク子爵自身が催す『エンジェル・ウィング』のお披露目パーティー。
これも『エンジェル・ウィング』は子爵家のお抱え冒険者という体裁をとっている立場上、拒否権はない。
更にユージェニーの実家のアンバサ伯爵家のパーティーと続き、その後も毎日のようにあちらこちらから招待状が束になって届くのだ。
そもそも第八階層に到達したのもカイジンを倒してBランク魔石を入手したのも『不死鳥の団』なのだ。
けれども世間はその事実を誤解して『エンジェル・ウィング』の功績だけを囃し立てる。
最近でこそようやく『不死鳥の団』の名前も認知されてきたが、未だに誤解している人が多い。
「ご機嫌斜めのところ悪いがまた招待状だよ」
子爵が一通の書状を手に優しく語りかけてくる。
「今度はどなたからですか?」
「国王陛下だ」
さすがにこれは断れない。
パティーは大きなため息をついた。
迷宮ゲート前の酒場はいつも冒険者たちで賑わっている。
探索を終えて日銭を稼いだ冒険者のほとんどはここで一杯ひっかけていくのが通常だ。
ボトルズ王国で一番ポピュラーな酒と言えばワインよりエールだろう。
寒い時期はホットエールもよく飲まれる。
少し多めに稼いだ冒険者はウィスキーを飲み、稼ぎの少ない冒険者は安いジンで明日の不安を紛らわす。
今夜も世間話とピーナッツをつまみに冒険者たちは杯を重ねていく。
最近の話題はもっぱら第八階層到達パーティーについてだ。
今もカウンター席で二人の男がこの話に花を咲かせている。
「しかし『エンジェル・ウィング』が一番乗りってのは意外だったな。俺はてっきり『アバランチ』がくると思ってたもんなぁ」
「お前、まだそんなこと言ってるのか? 第八階層一番乗りは『エンジェル・ウィング』じゃねえぞ」
「そうなのか?」
「おう。八層一番乗りは『不死鳥の団』だってよ」
言われた男は首をひねる。
『不死鳥の団』なんてパーティー名は聞いたことがない。
「聞かない名前だな。ルーキーか?」
「まあ、全然知られていないパーティーだからな。でも影鬼のボニーなら知ってるだろう?」
「影鬼……ああ! 00小隊の生き残りか!!」
00小隊とはかつてボトルズ王国に存在した国王軍における迷宮調査特務部隊のことだ。
一般の冒険者とは一線を画すそのパーティーは王室お抱えの迷宮調査隊であり、王国軍2万5千人から選ばれた最精鋭部隊でもあった。
詳細は伝わってはいないが、第六階層で亡者たち4000人を相手に10人で壮絶な相打ちを果たすという伝説を残している。
当時ボニーはまだ見習いで、後方部隊として第五階層に残っていたために死を免れていた。
実際のところ何が00小隊に起こったかは未だに不明のままだ。
「そうよ。その影鬼のボニーが所属するのが『不死鳥の団』だそうだ」
「アイツの強さは尋常じゃないって聞いてるからなぁ。第八階層到達もおかしくないってことか。他にはどんな奴がいるんだ?」
聞かれた男は、口の滑りをよくするためにエールで唇を湿らせる。
知らないやつに話を聞かせながら飲むエールは最高に美味い。
「まずは切り込み隊長のジャンだな。若干十七歳。こいつはあの影鬼の愛弟子だそうだ」
「十七歳で八層入りとはすごいな。そんで他には?」
「二人目はマリア・ミスティア。二つ名はシスター・マリアだ」
「なんだか神殿の尼さんみたいな二つ名じゃねえか」
「
「祓魔師部隊と言ったら神殿の武闘派集団じゃないか」
アンデッドや魔族を狩る祓魔師部隊の噂なら男も聞いたことがあった。
対魔族戦の特別な訓練を受けたスペシャリストとして恐れられてもいる。
「神聖魔法の使い手だってよ。しかも聖女様のように美しくて……」
「……美しくて、なんだよ?」
「……かなりエロい体つきをしているらしい」
冒険者の酔眼がいやらしく垂れさがる。
「おいおいシスターをそんな目で見たらバチが当たるんじゃないか?」
「いやあシスターと言っても元シスターだよ。実際その姿を拝んだ奴はたまらない気持ちになるそうだぜ。ただし手を出せば鉄をも切り裂く双剣の餌食にされるそうだがな……」
グラマラスな尼さんが双剣を持ってるだって?
最高じゃないか!
男は生唾と一緒にエールを飲み込む。
「俺も一度拝んでみてえな。それで、他にはどんな奴がいるんだ」
男は話の間を取るように、ゆっくりとエールを飲み干していく。
「――それがよう驚くじゃねえか。なんと『不死鳥の団』のメンバーはあと一人きりよ」
「あと一人って、たった四人で第八階層へたどり着いたというのか?」
「そういうことだ。そして最後の一人がイッペイと呼ばれる『不死鳥の団』のリーダーだ」
不思議な響きの名前だ。
少なくともボトルズ王国の人名ではないだろう。
「外国人か?」
「東方からの移民らしいが、詳しいことはわかっていない」
「正体不明のリーダーってやつか。まあ化け物みたいな強者を率いてるんだ。そいつもさぞ強いやつなんだろうな」
「そう思うだろう? ところがそうじゃないんだ」
語り手の男の言葉に聞き手の男が驚く。
「どういうことだよ? そんだけのパーティーのリーダーだろう、強いやつに決まってるじゃないか」
「俺も噂を聞いただけだがな、そいつの戦闘力は大したことはないそうだ」
「じゃあ、どうしてそんな奴がリーダーなんてやってるんだよ?」
男の疑問はもっともだ。
一癖も二癖もあるような冒険者たちを束ねられるのは圧倒的な強さやカリスマのある人間というのが相場だ。
強いパーティーのリーダーは強い冒険者であることが求められていた。
「イッペイというのはリーダーでポーターなんだと」
「なんだそりゃ?」
ポーターがリーダー?
そんなことがあるのだろうか。
貴族のボンボンが金で冒険者たちを雇い、パーティーリーダに収まるなどというケースも稀ではあるが存在する。
そういう奴は大抵無能だ。
「金で影鬼たちを雇ったってことか?」
「いや、そういうことじゃない。本当に奴はポーターなのさ。その代わりただのポーターじゃない」
「どう違うんだよ」
ポーターに求められる資質は多くない。
大量の荷物を運ぶ体力と解体の技能、装備の手入れ、付加価値として料理が上手ければ喜ばれるくらいだ。
「やることは他のポーターと同じさ。荷車を使って大量の荷物を運び、狩った獲物を解体して、武器を整備し、野営の準備をする。ただしその全てをかなり高度なレベルでこなすそうだ」
「ふーん……」
実は語る男も聞く男も今一つ実感できていない。
「まあ、俺もよくわからんが凄い男ということさ」
「すごい男ねえ……。だけどポーターなんだろう?」
「だから、ついた二つ名が『究極のポーター』なんだとよ」
「究極ねえ……。――あ、エールのお代わりをくれ!」
凄いような凄くないような、やっぱり二人には実感がわかなかった。
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