第163話 吹雪が止んだら
第八階層に戻った俺たちはジローさんを使って航空写真を撮り、大まかな地図を作ることを始めていた。
真上から撮影した写真を次々につなぎ合わせて地形図を作っていく。
極寒の第八階層で一つずつ測量をしていたら寒くてかなわなかっただろう。
ただしこの方法はある程度視界が良好でないと何もできない。
最初の三日間は順調だったが、折からのブリザードで今は調査が
吹雪は視界を奪い、二メートル先の景色さえ霞ませてしまう。
あまりの強風にジローさんを発進させることも儘ならない。
こうなるとじっと吹雪をやり過ごすしか選択肢がないのだ。
ブリザードはもう一週間も続いている。
まるでハイジャックされた飛行機に軟禁状態にされた感覚だ。
いくら極上のシートとはいえ、狭い船室内に一週間も閉じ込められれば誰でも窮屈な気分になるだろう。
ファーストクラスであっても飛行機の中で168時間を過ごしたいと思う人は少ない。
足止めをくらって最初の頃は、記憶の石板で一ノ瀬さんの研究資料を閲覧したり、普段より凝った料理を作ったりして時間を潰した。
ジャンに乞われて遊具も作った。
トランプやリバーシなどだ。
今日はボードゲームの『冒険人生ゲーム』で時間を潰している。
「えーと、ビシャスウルフとの戦闘で負傷した。一回休み。オッサンじゃねえんだから負傷する分けねえだろうが……」
「次は私の番ですね。6か……。1,2,3,4,5,6。……スチュクス川で砂金を採取した。10万リムもらう。イッペイさん10万リムです」
「私……ね……。ビッグチャンス……到来。ケナガとの対決!ルーレットを回そう、1,3,5が出れば勝利でCランク魔石が貰える。2,4,6なら第七階層のワルザドまで戻る」
「ボニーさん! ゲームなんだから腰の刀に手をかけないでください!」
このように何とか愉快にやっているのだが、ずっと誰かと一緒にいる状態はとても気疲れしてしまう。
プライベートが全くないのはきついのだ。
せめてカプセルホテルみたいなベッドルームを作る必要があると感じている。
船室の後部スペースを犠牲にしてでも作るべきだろう。
「個室を作ろうと思うんだがどうだろう?」
俺は自分の中にあるプランを皆に説明する。
「それは、ありがたいですね」
真っ先にマリアが賛同してくれた。
「個室で……ナニするの?」
「
ボニーさんとマリアがじゃれ合っているな。
ボニーさんは個室に関してはどうでもいいらしい。
最近では俺たちの前でも平気で着替えたりするから、あまり関係ないようだ。
戦士は下着姿を見られたくらいでは動揺しないと言っていた。
動揺するのは俺たちの方だ。
一応背中を向けるようにはしている。
みんなで採寸をしながら間取りを考えていくが、どうにもスペースが取れない。
シートは8席あるのでこれを減らして6席にするか……。
4席あれば足りるのだが、メグとクロのシートを取り払うのは抵抗があった。
「おっさん、ジローさんをもう少し大きくすることはできないのか?」
「浮力は問題ないんだけど、素材集めが面倒だったからなあ……」
Cランク魔石を使った浮遊装置は今の倍の重量でも機体を持ち上げることができる。
だが、船体を大きくすれば、正比例して必要素材と資金がかかってしまうのだ。
手持ちの金も少なくなってきている。
食料を買うくらいなら余裕はあるが、ラーサ砂漠では金属の値段が高い。
ゾンビナイトのような魔物もいないので、フルプレートを引っぺがして素材にするという手も使えない。
機銃に使う弾は消耗品であっという間になくなる。
資金的にも精神的にも少し行き詰まりを感じ出したな。
「……いったん、戻るか」
「戻るって、ワルザドか? それとも地上までか?」
「地上に帰還だ」
悔しいが、こんな天候が続くようではまともな調査などできない。
今は12月だからこれから冬に向けて気温はますます下がるとシャムニクは言っていた。
越冬して気候をモニタリングするのもいいのだが、それをするにはあまりに準備不足だ。
第八階層には息抜きができるような街などないというのも不利な点だ。
「焦ることはない……いったん戻って……準備」
「そうですね。船の構造も含めてきっちり計画を練りなおそう。それから改めて第八階層に挑戦しようよ」
余裕があるうちに撤退するのは冒険者の基本だ。
次にこの嵐が止んだら精霊の祠まで戻ることに決めた。
だけど、精霊の祠も雪の中だろうな。
外ではFP部隊のイエローとタッ君が除雪作業中だ。
定期的に雪をどけておかないとジローさんの船体はすぐに埋もれてしまうのだ。
除雪車としてT-MUTTにブレード(排土板みたいなもの)を取り付けたが、このアイデアは大成功だった。
イエローがこれを運用している。
タッ君は半自立型のゴーレムなので自分で判断して、ロボット掃除機みたいに頑張って雪をどかしているぞ。
彼らがいれば身動きが取れなくなることもないだろう。
吹雪が止んだのは十日目の朝だった。
すぐにジローさんを起動させてシャムニクたちがいるアラートアへと飛んだ。
しばらく地上に戻るので別れの挨拶と頼みごとをするためだ。
「おう、イッペイじゃないか!」
シャムニクは狩りに出かけていなかったが、爺ちゃんとイヌーティが出迎えてくれた。
「シャムニクたちは?」
「久しぶりに風と雪が止んだから狩りへ行ったよ」
行き違いになってしまったか。
俺は天候を観測するための魔道具の管理を頼もうと思っていたのだ。
その日の気温や風速などを記録しておくための装置だ。
これがあれば俺たちがいない間のデータもとることができる。
ただし、雪に埋もれると正しいデータが取れなくなるので定期的に掘り出して欲しかったのだ。
「そうか、こいつの世話を頼もうと思ってたんだが……」
「それだったらアタシにまかせて」
そう言ってくれたのはイヌーティだった。
「男たちは狩りやらなんやらでしょっちゅう家を空けるんだよ。私ならいつでもここにいるからね」
言われてみればその通りだ。
シャムニクよりイヌーティの方が適任だろう。
「だったら頼めるかい?」
「任せておいて」
「お礼に何か欲しいものを言ってくれれば用意するよ」
俺がそう言うとイヌーティは顔を赤らめた。
「イッペイに3番目の旦那になって欲しいんだけど……」
リボンをつけて差し上げたいけど、それはダメだ。
「イヌーティを妻にしたら、俺は気がかりで冒険ができなくなってしまうだろう? だからダメだ」
「そうなのね……だったら手斧が欲しいな。この前使っていたら壊れてしまったから」
俺との結婚の変わりが手斧だなんて、いっそ清々しいぞ。
これがイヌーティの良さだな。
流木と石で作られた手斧の代わりに、金属と魔物の骨で出来たアイスアックスをプレゼントした。
基本的に雪に埋もれなければよく、観測装置は特別なメンテナンスなど必要ない。
球形の装置をシャムニクの家のてっぺんに設置させてもらった。
帰りがけに爺ちゃんが凍った鮭をこちらに寄こした。
「イッペイのくれた釣竿で釣ったんだ。ありゃあいい竿だ」
「貰えないよ。10日もブリザードが続いたんだ。食料も少なくなってきているだろう?」
「お前に食べて欲しくて釣ったんだ」
俺は血の繋がった祖父を知らない。
父方も母方も俺が物心つく前に亡くなっている。
生きていたらこんな感じの人だったかもしれない。
「太陽が昇る頃にまた会いに来るよ。その時は一緒に釣りへ行こう」
「ああ、待ってるよ」
爺ちゃんの神経痛を全部回復魔法で治してからジローさんに乗り込んだ。
『エンジェル・ウィング』に遅れること半月。
『不死鳥の団』も地上への帰還を開始した。
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