第162話 未来からの呼び声

 午後三時を少し回ったばかりのネピア迷宮ゲートはまだまだすいている。

季節は12月に入り日が沈むのが早くなったとはいえ、この時間に仕事を切り上げる冒険者は少ない。

みんなもう少し稼いでから家路につくものだ。

それでも、負傷した者や、思いがけず稼げたパーティーなどがちらほらと帰還してきて、買取カウンターに並んでいる。

「どうだった今日の稼ぎは?」

「ぼちぼちだな。Iランク魔石が5個とHランクが2個、それからコボルトの剣が3本だ」

早めに探索を切り上げた冒険者同士があちらこちらで会話をするいつもの光景が繰り広げられていた。


 低いモーター音が響き3台の車両が地上に姿を現す。

最近では上位ランクのパーティーがテーラーという車両を荷車の代わりに使うことが一般的になってきている。

だが、今姿を現した車両は普通のテーラーとは形状が違った。

車輪ではなくクローラーがついた迷宮でも珍しいタイプの車両だ。

初めて目にするものも多く、冒険者たちがざわついている。

「見かけないタイプの車だな」

「ああ。どこぞの上位パーティーだろう? 乗ってるのは別嬪べっぴんの姉ちゃんばかりだが……」

「お、おい。あれは『エンジェル・ウィング』だぞ!」

『エンジェル・ウィング』の一言にその場にいた冒険者たちの注目が集まる。

「あのパーティーがどうしたんだよ?」

「お前しらないのか? 緋色スカーレットの・パティーが率いる『エンジェル・ウィング』が帰ってきたんだよ!」

「だから、それがどうしたっていうんだよ?」

「アイツらは第七階層へと旅立ったんだ。ひょっとしたら……」

その場にいた冒険者たちが固唾をのんで見守る中、パティーたちはゲートをくぐるために自分のギルドカードを取り出す。

チェックするギルド職員の視線がカードを確認して驚きの表情のまま固定されてしまった。

「ま、ま、ま……」

二の句を継げない職員を見てパティーがクスリと笑う。

「おめでとうくらい言って欲しいな」

「あ、お、お……おめ、おめ、でとうございます」

「ありがとう」

ゲートを通り過ぎていく『エンジェル・ウィング』を職員は口を開けたままで見送っていた。

「なあ、何がおめでとうなんだよ?」

冒険者が職員に質問する。

「第3位階だ……」

「第3位階? どういう……なんだと! 第八階層に到達したっていうのか!!」

どよめきが迷宮前ゲートに広がる。

そしてそのどよめきは1時間後には街中に広がることになるのだ。

『エンジェル・ウィング』第八階層到達の報は瞬く間にネピアに広まっていった。



 ネピア・イーストブリッジ学院は庶民の子弟が通う学院である。

神学、商学、工学、生物学、化学などの各分野が学べる学院で学生数は2600名強。

ボトルズ王国西部で二番目の規模を誇る学び舎だ。

今、このキャンパスの中庭を一人の獣人の少年が走っていく。

獣人差別は根強く社会に残ってはいるが、ほとんどの女学生が思わず目を向けるほどの美少年だ。

少年は探していた人物を見つけると大急ぎで駆け寄り声をかけた。

「メグさん! 聞きましたか?」

「おはようクロ。パティーさんが第八階層に到達したっていうニュースでしょう。そりゃあ耳に入ってくるわよ。街中で噂してるもん」

学校が始まってはや三か月目。

利発そうな顔は少し大人びてきてもいる。

十七歳という歳は魔法のように短期間で少女を成長させるのかもしれない。

「昨日セシリーさんが僕を訪ねてきてくれまして、いろいろお話をして下さったんです」

「あらあら、セシリーさんたら帰ってきたその日にクロの家に来たの? よっぽど会いたかったのね」

ちなみにセシリーは迷宮装備そのままの姿でクロの家を訪ねている。

家にも帰らず直接クロのところへ行ったそうだ。

「メグさん。……世間はまだ勘違いしています」

「どういうこと?」

「第八階層に一番乗りしたのは『エンジェル・ウィング』じゃありません。……『不死鳥の団』です!」

メグが溢れ出す感情を内に閉じ込めるように両腕でガッツポーズを決めた。

「どうしようクロ」

「え?」

「ものすごく嬉しいけど、ものすごく悔しいよ!! もう気持ちがぐちゃぐちゃ!」

「僕も昨日そうなりました。自分だってイッペイさんと一緒に歴史の証人になりたかったですよ」

クロはポケットからハンカチを出してメグに差し出す。

「あ、私泣いてたんだ。気が付かなかった」

メグははにかんだようにハンカチを受け取って、ゴシゴシと涙を拭いた。

「クロはもう落ち着いてるんだね」

「まあ、一晩経ちましたから」

「そっか。私、学院なんて行ってる場合じゃなかったかな。一緒に迷宮を探索していた方がよかったかもしれない」

そこには若者らしい焦りをみせるメグの正直な心情の吐露があった。

「僕も最初はそんな風に思いました。でもね、セシリーさんが教えてくれたんですよ。イッペイさんはどうやって広大なラーサ砂漠を渡ったと思います?」

「そりゃあタッ君やT-MUTTを使って……違うの?」

「空を飛んだそうです!」

「なにそれ!?」

クロはセシリーから聞いた飛空船の話をメグに聞かせた。

「それを聞いて思ったんです。イッペイさんの、『不死鳥の団』の冒険はネピア迷宮だけじゃないって」

「うん! 私も前に聞いたことがあるんだ。イッペイさんは迷宮の探索が終わったら南大陸へ行きたいって言ってた」

「南大陸かぁ……どんなところで、どんな生き物がいるんだろう」

クロは博物学と生物学を専攻している。

地平の果てから自分たちを呼ぶ声が聞こえた様な気がして、二人は雲の彼方を見遣った。

そうすれば、まだ見ぬ大陸の姿がぼんやりと浮かぶような気がしたのだ。

「飛空船かぁ……すごいなあ」

「前方の操縦席はジャンさん、各種モニタリングができる席はマリアさんの席になってるそうですよ。それでイッペイさんの席にはマジックシールドにMPを送り込むための装置がついてるんです」

「もう想像もできない程ね。私もジローさんだっけ? みてみたいなあ。というよりも乗ってみたい!」

「そうですね。それで、セシリーさんが教えてくれました……僕らの専用シートもちゃんとあったって……」

せっかくふき取ったはずの涙がまた零れていた。

「セシリーさんがイッペイさんに聞いたそうです。なんでボクとメグさんのシートがあるのかって」

「イッペイさんはなんて答えたの?」

「僕らに危険な迷宮探索はしてほしくはないんだけど、無心で作っていたら知らない内にメグとクロの分のシートを作ってしまったって」

「……そうなんだ」

「メグさん、僕ははっきり決めました」

「何を?」

「僕は学院を卒業したら冒険家になります!」

「冒険家? 冒険者じゃなくて?」

「はい。魔石のために迷宮へ潜る冒険者ではなく、世界の未知の領域を明らかにする冒険家です」

トクン、とメグの心臓が鳴った。

「いつか、イッペイさんに僕が立案した冒険旅行のプレゼンテーションをしたいんですよ。魅力的な案ならきっと採用してくれると思うんです」

それはとても素敵なアイデアだ。

メグだって未知なる領域を調査する冒険旅行には心惹かれるものがある。

純粋な知的好奇心の充足の他にも、科学的・社会的意義、それに伴う名声と富など、自分の心を埋めてくれるものがたくさんありそうだ。

だけど実を言えばメグの望みはもっとシンプルだ。

頑張って、成長して、役に立って、自分のことを自分が大好きな人達に認めてもらいたい、ただそれだけ。

初恋は終わってしまったけど、『不死鳥の団』はメグにとって何にも代えがたい存在になっていた。


「一生懸命勉強しなさいよ! イッペイさんが飛びついてきそうな計画書を書くんだからね!」

「メグさんこそ!」


 未来の冒険家たちは凛とした笑顔でそれぞれの教室へ向かった。

数年後、メグとクロは世界の何処の空を飛んでいるのだろう? 

計画書は未だ空想の中だが、空想は意思に力を与え、意思は肉体に力を与える。

二人には運命の囁きが聞こえる気がした。


知識を身につけ自らが欲するところを明確にしなさい。

貴方達が夢に向かって踏み出せば、彼の者は必ず貴方たちの前に現れます。

貴方達を未来へといざなう究極のポーターが。

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